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 浦島太郎のストーリーを聞いて、あまり楽しい気持ちになる人はいないだろう。虐められている亀を守ってあげた心優しき少年を、ろくな説明もせずに騙し討ちの感覚で年老いさせてしまったのだから。龍宮城で浮かれて楽しく生活していた浦島太郎自身の自業自得による報いと考える人もいる。しかし、最初にデメリットを説明されてもいないので、玉手箱を渡すことが免罪符にはならないだろう。


 「乙姫様か……」


 確か竜宮城って外界の世界よりも時間の流れが極端に長いと聞く。それを考えるならば、私はいったい何歳だって話にもなってくる。龍宮城で無限に得た時間を、全て奪われたのならば……。それ以前に竜宮城の乙姫から記憶を奪う理由はなんだろうか。有名人というくらいだから、地元民からは大切にされているはず。待機名分が無いまま、そんな無礼な真似が出来るとは思えない。


 というか、本物の倉掛百花はどこにいる。まさか入れ替わりになっていて、あの柵野眼こそが倉掛百花とでも言うのだろうか。でも本格派の陰陽師である倉掛絶花と倉掛一輪がそれに気がつかないだろうか。そもそも私には妖力そのものが無かった。悪霊の妖力も陰陽師の妖力も。あぁ、混乱してきた。


 「駄目だ、何も分からない。私はいったい……なにがどうなったの?」


 「あんたは何者かに誘拐された。遊園地で行方不明になった。家から一歩も出ないあなたを不憫に思った母親が、時々外の空気を吸わせる為に、外界へと出していたのさ。秘密裏にね。そこを何者かに狙われて誘拐された。俺はそう教わったよ」


 誘拐されたか……どうやら母親と遊園地に行っていたというのは辻褄があう。確かに私は母親との記憶が復活している。でも、記憶喪失に変わりはない。具体的にどこで別れたとか、どこで攫われたとか、少しも分からない。もう情けないくらいに。


 「きっと卑しい敵に記憶を奪われたのだろう。それで君と同棲している陰陽師の二人が最有力候補なのだけど」


 「あの二人が私を誘拐なんて、その可能性は絶対にない。だって、一か月前くらいに知り合ったのだもの。彼らの行動が彼らの有益になることが1つもない。というか、私に家族のように接してくれたふたりだから。それよりも……もっと重要な人物がいるのよ。というか、そいつが犯人。柵野真名子……じゃなかった、倉掛百花という人物よ」


 自分の名前を口にすることは抵抗があった。このことで絶花やお母さんに迷惑をかけるかもしれない。軽率だったと言ったあとに後悔した。でも他に何とも言い様がない。


 「その人って一般人? それとも陰陽師?」


 「悪霊だよ。私はその悪霊の生元の人生として生きていた」


 私が考えた入れ替わり説が正しければの話だが。


 「悪霊が誘拐ってことはちまたで噂のレベル3の悪霊かな。あの自我を持って社会を築いたっていう、新しい悪霊の。ただの悪霊が誘拐なんて、そんな複雑な真似が出来ないだろうから」


 悪霊が女の子をさらっていくというシチュエーションは、私としてはしっくりくるのだが。


 「でも私は今まで記憶がないまま、自分が倉掛百花だと思って生きてきた。でも最近になって、夢を見る時に過去の思い出が蘇って、多くの事実を知った。目の前には柵野眼と名乗る悪霊も現れた。その悪霊の正体は私の誘拐犯だった。ソイツの暴走で死人も出た。そしてソイツが本当の倉掛百花だと知った」


 頭が混乱している。大まかな筋は何となく理解しているのだ。しかし、どうも分からないこともある。なんで柵野眼は私と入れ替わった? 私に自分が死んだ後の代行をさせることで、そんなことをしてなんになる? そもそも私の父親は、倉掛花束くらかけはなたばはどうして自分の娘が入れ替わっていることに気がつかないのだ? 生前の倉掛百花は変身能力など持っていなかったはず、私と同じ容姿では無かっただろう。


 「辻褄が合わない…………」


 やはり問い詰めて全てを白状させるしかない。柵野眼に、倉掛百花に。過去に何があったのか。


 ★


 「お戻りになりました!!!」


 甲高い声が響く。私は琵琶湖に到着するなり、いきなり御札の力によって『霊界』へと移動した。ここは前回、京都へと行った時にも入ったことがある。私たちの住んでいる世界の反対側にある世界だ。竜宮城が琵琶湖の中にあるものか、そんなことを考えていたが、存在したのは裏側の世界の琵琶湖だったのだ。


 夕暮れどきのように赤く澄み渡った世界であり、湖全体を覆うように上空に城が建っているのだ。しかし、天守閣のように縦に高いのではなく、平安京のように横に広い造形だ。湖の色は薄暗い光に反射して白っぽい緑色に発光している。城は全体的に赤みがかった色合いで、瓦で出来た屋根である。しゃちほこはないが。てっきり湖の中に城があると勘違いしていた。窒息死とは危惧していたが、全く問題なかった。


 「ここが私の生まれ育った家。いや……もう家じゃないし……」


 不吉な風が私の髪を撫でた。

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