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薄情

 意味不明、理解不能、こいつは何を言っているのだろうか。自分が何者なのか私は迷っていた、探していた、わからなかった。その答えをようやく知ることが出来た。だが、それはとても気持ちの良い正答ではない。自分で調べようと思っていた重要案件を、途中経過を無視してネタバレされた気分だ。それはもう心がモヤモヤして気分が悪くなった。


 「はぁ?」


 「あんたのお父さんとお母さんに、お前を連れて帰るように交渉されているんだけど」


 「嫌だ、アタシの父親と母親はこの家の住人だ。私はあの二人の娘だ。私はその竜宮真名子なんかじゃない。あなたはきっと、別の誰か勘違いしている。だから……もう帰って。明日から学校なの。これ以上、私を苦しめないで」


 「お前さんのご両親がどれだけ心配しているか知っているか? それはあまりに薄情ってものだろ。顔を見せてやってくれないか? 記憶を無くして混乱しているだけだよ。きっと幸せな記憶や優しい気持ちも思い出す。自分が背負っていた使命も」


 私は大きく手を振った。今更、細かい設定など聞きたくもない。もう考えることもウンザリだ。


 「私は平和に平凡に暮らしたいの。戦いたくないし、目立ちたくもない。あなたが思っているような人間じゃないの」


 その言葉は彼の耳には入らなかった。御札の中にムカデを仕舞うと、あっさりとした声でささやいた。


 「そんなこと、俺には関係ない」


 ★


 誘拐された。まあ奴は私のことを保護したと思っているだろうが、私からすれば十分に刑事事件だ。と、本人に訴えても伝わらないのである。あのムカデに掴まれるのだけは御免だったので、大人しく奴の誘導に従った。大胆にも私の家の前に逃走用の車を用意していたらしく、その車に乗せられた。庭から侵入した理由は、家に本格な陰陽師が控えていることを想定して十分な用心していたらしい。まあ、完全に取り越し苦労だったがな、と聞いてもいないのに車の中で自慢気に語られた。


 あのチャラい格好の男が運転しているのだが、車の中には子分的な存在の女が二人も乗車していた。こいつらは比較的変な格好をしてはいない。どこかは見当がつかないが、一般的な制服を着用している。どうやらそんなに使命感を持ってきたわけではなく、面白半分というか怖いもの見たさに付いてきたらしい。事情をある程度知っているという事は陰陽師ではあるのだろうが。


 「すいません。巫女姫様。本来であれば巫女服でくるべきところを。先輩に無理やり連れられて、学校の部活の練習を抜け出したので」


 「この人が、五行の『水』を司る乙姫様なのですね~。わぁ、有名人だ!!」


 いつから私は陰陽師の世界で有名人になったのだろう。高速道路に入って車の勢いが上がった。別に拘束されている訳でもないので、自分でシートベルトをつける。唐傘も大人しくして耐えるべきだと、さっき打ち合わせした。具体的に逃げ出せる筋道が出来ていない。ここで暴れても良い結果は出ないだろう。


 「ねぇ、私は記憶を失って自分が何者なのか良くわかっていないのだけど……。その……」


 「七巻龍雅ななまきりゅうがだ。職業は今年の春から陰陽師。三上山みかみやま陰陽師機関の所属で陰陽師をやっている。今は大阪に住んでいるけど地元出身じゃないから言葉はなまっていないだろ。大阪弁は勉強中。よろしゅうお願いしますがな」


 そんな取ってつけたような大阪弁で自己紹介をされても困る。自己主張の強さなら一人前だ。車の中ではテレビのCMでサビだけは聞いたことがあるような、お馴染みの曲をかけている。車に乗った瞬間にサングラスを掛けるなど、やっぱりどこか気取っているイメージがある。本当に由緒正しい歴史を重んじる陰陽師なのだろうか。


 「いや、あなたがどういう人間かなんて知らなくていいの。今から私はどこに連れて行かれるの」


 「「琵琶湖だよ、琵琶湖!!」」


 女子席の女の子と後部座席で隣に座っている女の子がほぼ同時に返答した。滋賀県に向かっているのか、昨日に京都へ旅行をしたことを考えると、どこか気に病む部分がある。


 「竜宮城へ向かっているのさ。アンタを送り届けるためにな」


 「え? 浦島太郎では竜宮城って海の底にある所じゃなかった? なんで琵琶湖なのよ」


 私のこの発言に隣の女の子は、心の底から驚いたように目を見開いた。女子席の女の子を見ると、こっちを覗いて同じような顔をしている。どうやら私が記憶喪失で陰陽師の知識など欠片も知らないという事実を、どこかマイルドに受け止めていたらしい。


 と、いうことは記憶を失う前の私は、陰陽師の知識をそれなりに知っていた、ということだろうか。



「はっはっは。どうやら思っていた以上に記憶喪失は深刻らしいな。竜宮りゅうぐうは日本各地の伝説・昔話に登場する。湖沼や川、洞窟が龍宮への通路となっているものも存在していて、伝承地は必ずしも臨海部であるとは限らない。あと浦島太郎は……あれは子供向けに文学者が勝手にオリジナルの解釈を加えたお陰でバリエーションが様々あるんだ。もう陰陽師でもどれが本当の話なのか分からないくらいだし」


 そ、そうなんだ。このまえの桃太郎と同様に、色々と事実に基づいているものなのだな。


 「じゃあ琵琶湖にも……竜宮がある。そこが私の出身地……」

ちなみに絶花と百花の出身は島根県って設定です。

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