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百足

鍵をせずに家を出たのは無用心だった。だが、そんなに長い時間家を空けた訳ではないのに、こんなにタイミングぴったりで盗人や空き巣に入られるなんて考えづらい。だから、おそらく相手は妖力を持った生き物だ。さて、陰陽師か妖怪か、はたまた悪霊か。緊張感が私の肌に現れる。全身を通り抜ける寒気が鳥肌を立たせた。


 「で? 相手は何者なの?」


 「妖怪だと思いますが……特定し辛いですね。どうやら相手は家の中を荒らしているのではなく、ただ息を潜めて潜伏しているようですね。あいては気配を消して、上手く隠れています。正直、どこに隠れているのか分かりません」


 窃盗が目的ではないらしい。確かに家の中に荒らした形跡や何かを調べたような跡はない。窃盗犯は普通、玄関で靴を脱がずに靴のまま家に入るらしいが、靴跡もないとなると本当に侵入者は人間じゃないのかもしれない。でも、何が目的なのだろう。この家には今、私一人しかいない。妖怪が私に会いに来る意味が分からない。蒲牢のように傍迷惑な理由でなければ幸いだが。


 「ねぇ、妖怪さん。ちょっと隠れていないで出てきてよ。私の弟が帰ってきたら、タダじゃ済まないと思うよ」


 それとなく挑発してみるが反応はない。もし敵だった場合のことを考えて大声を出す準備をしておく。民家に助けを求めるという意味ではなく、私の蒲牢は咆哮を司る妖怪であり、その影響から私の大声は衝撃波として武器になる。体の動作が少ないので速攻性があるのが強みだ。もし何かの手違いで迷い込んだというのであれば、優しく丁寧に追い返すまで。


 「あのムカデを相手にするよりよっぽど気分が楽だわ」


 取り敢えず片っ端から箪笥を開けたり、押し入れを開けたり、ふすまを開けたり、トイレを確認したりする。しかし、どうにもそれらしき妖怪は見つからない。いつもと変わらない我が家しかない。そもそも私は妖力がないので感知できないのだが、本当に妖怪はいるのだろうか。


 「見当たらないわね」


 目的が分からない。どうして私のような人間に会いに来る。それともお母さんや絶花がお目当てなのだろうか。私がターゲットではないから姿を現さないのか。それとも私を暗殺しようと絶好の機会を狙って待ち伏せているとか。私は妖怪から殺されるほど、日頃の行いが悪いとは思えないのだが。


 「お母さんや絶花なら家にいないわよ。私に用事がないなら帰ってくれない? もし私に用事があるなら出てきなさいよ。私は陰陽師じゃないから、あんたをどうすることも出来ないわよ」


 まあ、反撃の手段を持っているので、本当に何も出来ないわけではないが。どれだけ待っても返事も来ないし現れない。何の反応も感じられない。まるで一人で芝居をしているようで恥ずかしくなってくる。このまま放置しては気分が悪くてふて寝も出来ない。


 「用事があるならとっとと出て来なさいよ。……というか、本当にいるの? 妖怪なんて」


 そろそろバカらしくなってきた。そう思い、絶花に電話して事情を説明し家に帰ってきて貰おうと、スマホの置いてある寝転がっていたリビングへと戻ってきた。その時だ……。ベランダの先から何やら物音が聞こえた。スマホを手にする作業を中断し、勢いよくカーテンを開ける。すると…………目があった。捜索していた妖怪をようやく発見することができた。一瞬でソイツが妖怪だと認識できた。だって、大き過ぎるもの、サイズが。


 ソイツはベランダの先の庭にいたのだ。侵入経路も大胆なことに庭先らしい。地面に大穴ができている。まさか地下から土を掘り返して私の家まで到着したのか。奴の全身が見えているわけではない。見えているのは、恐らく全体の三割ほどだろう。真っ赤な鮮血の色合いの顔。強靭そうな上顎と下顎。それに私の身長ほどありそうな長い触角がある。目玉は真っ白で私の手のひらほどある。それ以外は神々しく黒光りした甲殻だ。それが何重にも重なり合っている。その両側から気色の悪い脚が、何本もウネウネと生えていて体毛が真っ白な羽のようだ。


 紛れもなく化け物。先ほどのムカデとは比べ物にならないくらい巨大な…………。


 ムカデだった。


 「嫌アァァァァァァァァァ!!」


 ムカデの目玉の黒ポチがグルんと半回転したのを覚えている。


 ★


 百足が窓を叩き割った。だが、私の頭の中には弁償代のことなどない。それよりもこの状況に唖然としていた。気がつかずに大粒の涙を流す。恐怖で足が動かない。なのに意味もなく手が小刻みに震えている。心臓が飛び出そうなくらい怖い。


 その強大な顎から気色悪い体液が地面へと溢れた。即座に襲ってくることはないが、私の様子を伺うその姿は、まるでもてあそんでいるようにも見える。奴の無限のあるようにも見える足がグニャグニャに動く。至極、気持ち悪い。


 「姉君、応戦です。声が出ないのであれば、防犯ブザーを投げつけましょう!!」


 唐傘の呼びかけにようやく正気を取り戻した。懐に忍ばせていた防犯ブザーを取り出して勢いよく投げつける。これには、蒲牢の咆哮お録音している為に、十分に武器と成りうる。この衝撃波はひとたまりもあるまい。表面積が大きい分効果も絶大だ。仮にダメージにならなくても、近所の人が助けに来てくれればそれでいい。驚いて退散してくれるかもしれない。

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