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鬱憤

私は心が真っ白になった。今までの緊張感や危機感が消えてなくなり、頭の中のあらゆる悪い可能性が消えた。


弟は紳士のような顔をして、こっちを眺めている。偉業を成し遂げたつもりだろうか、私としてはひたすら不愉快なだけだったのだが、この鬱憤をどこに晴らせばいいかも分からずに、ただボッーと前を見ていた。


悪霊がこの会場にいるのではなかったのか。それも複数匹。それを安全に仕留める為に、この空間を作り出したはずだった。それがこの緊張感の無さである。本業を疎かにして、ファンサービスに徹してどうするのだ。


そんな間の抜けた気持ちだった。



結果から言おう。敵はすぐそこにいた。


次の瞬間に会場の全てのガラスがコナゴナに割れた。心霊現象の定番のような光景。会場にいた結婚出来ない男達は、ようやくこの場所が本当にパワースポットだということに気がついたらしい。その後に残ったのは狂気だけである。


会場が騒然とした。それは歓喜ではなく、ただの恐怖からなる絶叫である。一枚の鏡の破片先から、陰陽師がお目当ての化け物が姿を表した。


悪霊、私としては初めて見る代物である。白い服、白くて長い爪、黒くて長い髪、それも前髪が上手く見えない。たがその隙間から深紅に光る眼光が、人間とは違う生物だということを彷彿とさせる。


倒れ込んだ格好をして、なにをすることもなく地面を引っ掻いている。観客はその化け物から離れるように、その場から立ち去った。更に大広間じたいから逃げだそうとする者もいたが、出口はしっかりと閉じられている。つまり閉じ込められた。


弟よ、これがお前の思い描いた作戦なのか。そう不信感に苛まれつつも、安全を確保する為に護身用の武器である折り畳み傘を握った。私は他の連中よりかは冷静だったので、さぞかし違和感あるように見えただろう。


「「「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」


悲鳴の大合唱と表現するのは不謹慎だろうか。でも辺りには轟音とも呼ぶべき囀ずりをする。自分の位置を特定されるから、黙っていたほうが身のためだと思う。更に言うなら、この会場にはもう一匹のあんな奴がいるから、下手に逃げ回るのも得策じゃない。


「おい、弟よ。どうにかしろよ」


私が冷静な声を出せば、この非現実を知っている関係者だとバレルのだが、この緊急事態にはそんな悠長なことは言えない。


「やっと仕事の時間だね。お姉ちゃんは一般の方々の護衛を頼むよ!!」


「頼むな!! 私は陰陽師じゃないし、見とくだけでいいんじゃないのかよ。いいから早く消せってば。危ないから」


弟は私ににっこりと笑った。お前が狙っていた舞台は出来上がったぞ。


 「さぁ、全力で排除しようか。来い!! 『唐笠』、『化鯨』!!」


 陰陽師の専門用語で式神と呼ぶ奴なのだろうか。奴の周囲には日本舞踊で使いそうな白い目玉の付いた赤い傘が現れた。もうひとつは煙の中から登場した。大きさはこの会場を覆い尽くす程の面積である。だが、肉や内臓は存在しない、その姿はただの骨の集合体。まさに博物館にある鯨を標本にして飾った姿である。


 「皆さま~、ご安心ください。そこの幽霊は実際の人物とは全く関係のない、この屋敷に封印されていた物です。問題なく始末するので」


 おい……またも嘘八百かよ。こいつ天性の嘘つきだな。そんな説得力のない理由で、この場にいる恐怖にかられた連中の怯えが収まるとは思えないのだが。全員が壁に張り付くようにして、怯え震えている。こいつは……そんな彼ら、彼女らの恐怖心などどうでもいいと言うのか?


 「さぁ、立ち上がれよ。悪霊退散の時間だ」


 奴は悪霊の正面に立った。そして傘を閉じて居合をするかのようなポーズを取り、悪霊の頭上を化鯨が舞う。包囲したのはいいが、素人の私からしても弟が不利だと分かる。悪霊は今、会場の中心にいる。会場全域の周囲に無関係者が散らばっては戦いにくいだろう。


 もっとも弟が守るべき対象と思っているかどうかが問題だが。


 「グガ、グガ、グガ」


 遂に悪霊が物を喋り始めた。鏡から墜落した後の、初めてのアクションだ。怖い、心から恐怖心を感じた。だが、私はまだ身を守るすべを持っている。しかし、それ以外の連中は耐え難い絶望だ。


 「さて、景気よく名乗らせて貰おうか。俺の名前は倉掛絶花。元苫鞠陰陽師機関所属の陰陽師だ。お前を消滅させて貰う」


 鯨には爪も牙も無い。いくら図体が大きくても、動きが鈍ければ意味がない。


 「これで勝てるのかよ……」


 遂に痺れを切らし、悪霊が弟の方を目掛けて突進した。そのスピードは人間の目で追える物ではない。弾丸のような、疾風怒涛の引っ掻き攻撃は……弟の目の前で見事に静止した。弟が特に対抗策をしたようには見えない、ただ不自然に、ビデオを一時停止したように、奴の動きが止まったのである。


 「これは……」


 「化鯨の能力です。日本は古来より捕鯨文化が盛んでした。その怨霊として誕生したのが、化鯨です。日本の各地にも鯨を祭る伝統は今も根強いのです。その妖怪鯨の特徴は『災いをもたらす』。相手を厄災に追い込む能力です」


 メカニズムは知ったことではないが、どうやらあの骨だけ鯨は、戦闘兵として戦うのではなく、援護用だったらしい。


 「人間であの技を喰らえばひとたまりもないですよ。恐らく一年間は不運に見舞われるでしょう。悪霊もそれは同じ。動けないのは、術のせいとかではなく、体調が悪いのです。きっと身体が思うように動かせないのでしょう」

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