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兄弟

 高校一年生の二学期、私の元に弟が帰ってきた。名前を倉掛絶花くらかけぜっかという。


 なんて言うと、微笑ましい姿を想像する人が多いと思うのだが、私はこの一連の行動に苛立ちしか覚えなかった。そもそも私には弟なんかいなかったはずだし、その肝心の弟は極めて憎たらしく可愛くない。


 極度の甘党、いやそんな言葉では生ぬるい。奴の甘いもの好きは、常人のそれを遥かに凌駕する。カ〇ピスは当然の如く原液。朝昼晩と用意した料理には手をつけず、チョコレートケーキを食べている。無理矢理にご飯を食べさせようとした時に、ご飯の上に練乳をかけて食べた時は、言葉が出なかった。傍で食事を一緒にしていた私は、食欲を失ったのは言うまでもないだろう。


 極力、会話もしない。話しかけて、それが重要事項であった場合にだけ、事務的に受け答えするだけである。無駄話には絶対に耳を傾けない。あまりに腹が立ったので、奴が大切に保存していおいた菓子パンを横取りした事がある。さすがに怒り狂うかと思いきや、文句など言わず、奴が自分に与えられた部屋から、同じ菓子パンを20個くらい持ってきた時には絶句した。


 発端を思い出してみる。あれは夏休みの終盤であった。母親がいない私は父親と二人暮らしであった。父は私に食事を与える為に、必死に働き、必死に家事をした。そんな姿を見て生きてきた私は、いつからか父親に迷惑をかけない事をスローガンに生活をするようになった。


 家事、炊事を父に代行し、学校でも問題行動など起こした事がない。父に心配を与えないように、学力もつけた。元々そんなに優秀じゃなかった私だが、それなりの進学校に合格し、順風満帆と言っていい高校生を演じている。母がいない苦しみを感じた事がない事はある。でも私はそれよりも、他人と違うハンデを抱えている自分を律する事のできる人間になりたかった。


 そんな波乱の人生を歩んできた私に……死んだと聞かされた母親が帰ってきた。存在すら知らなかった弟を連れて。父親は自動車事故にあって死んだと言っていた。それが、私の人生において初めて、目の前に母親が姿を現したのである。離婚、別居、単身赴任。考えられるドラマのような辻褄を模索して見たが、真実は私を嘲笑う結果であった。


 私の母親と弟は陰陽師だったのである。一般男性の父親と結婚して私を授かった母親は、私を産んだ後にすぐに陰陽師機関なる場所に引き戻されたらしい。彼女との記憶を全て消され、いつの間にか離婚されていた父には、陰陽師としての才覚が無かった私だけが残った形となった。そして、母は別の男性と結婚し、父親の違う弟が生まれたという顛末てんまつである。


 帰ってきた理由だが、どうも陰陽師機関とやらが、無様に空中分解したらしい。陰陽師の最高責任者が暗殺されたらしく、それが原因で地方の機関は舵を失い難破船となった。自分勝手な真似をする奴が急増し、また一人と機関を見捨てて自由行動をする。船員が責務を果たさない船は、大氷山に突き当たって見事に大破。あとは典型的な終末だ、沈没したのである。


 拠り所を失った母は、私の家に来るしか選択肢が無かった。今まで陰陽師として密かに国から金を貰っていた陰陽師は、全て解雇されたも同然なのだから。給料が無くなった母と弟は住まう場所も無かった。母の再婚相手も陰陽師だった為に、役に立たなかったらしい。金の切れ目が縁の切れ目である。


 最後に逃げ込んだ場所がこの家だった。父親の記憶が解かれ、父親には母親がまだ生きている事を思い出す。茶の間で呑気にお茶を飲んでいた父は、急に頭痛を訴えた。慌てて駆け寄ると、父は涙を流し始める。救急車でも呼ぼうと携帯に手をつけた私を、父が止めた。全てを思い出したのだと。


 オカルトなど微塵も信じない私に取って、この理屈を説明された時は、半狂乱になった。泣きながら頭を下げる母親を怒鳴りつけ、あっさりと母親の記憶を消された父親までも罵倒した。そして自分には関係ないという顔をして、家族会議に参加しない弟が、なお恨めしかった。


 こんな最低最悪の家族環境が我が家である。母親は今から仕事を探している。それなりに貯金を持っていると言っていたが、今更私には金なんてどうでもよかった。この虚しさを、怒りを、誰かにぶつけたかったのである。入学式、卒業式、授業参観日、体育祭、文化祭。今までの我慢していた寂しさが溢れ出たのだ。まるで自分が負け犬な気がして。皆がたどり着いた足場に、自分だけが滑り落ちた気分だ。今まで感じなかった劣等感が私を襲った。


 そんな私と弟の奇妙な共同生活が始まった。私は血の繋がっている弟さえも気に入らなかった。自由奔放に好き勝手、気儘に遠慮なく私の家を徘徊する奴が本気で嫌いだった。奴もきっと私の事が嫌いなのだろう。会話をしないのはそれが理由だ。奴はきっと私のことをヒステリックな女だと思っているだろう。


 こうして私の家族の人数は倍になったのだが、私はここでもっと警戒すべきだった。弟が陰陽師だということに。今回は、そんな私、倉掛百花くらかけひゃっかと弟の倉掛絶花くらかけぜっかとの、出会ったばかりの話をしたいと思う。

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