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消えた温もり

作者: 秋兎

御蔭(みかげ)様、大好きです! 結婚しましょう」


朝から公衆の面前で、青年にプロポーズを繰り広げた少女に周りにいた者達が冷やかしの声を上げる。

少女はその冷やかしに恥ずかしそうに微笑んでから青年を見上げた。青年の顔は少女の頭二個分くらい上に有り、少女は熱い視線を送る。

逆に見下ろす形になる少年は頬を引き攣らせ、後退りをした。


「香蘭……、前も言ったが、俺は流れ者だ。一緒にはなれない」


実を言うとこの告白、今日までに50回はしている。それにも関わらず青年がそれ程邪険に扱わないのは誠実さからなのか、はたまた嫌と言いながらモテるのが嬉しいだけなのか。

香蘭は目の前で後退りをやめない青年、御蔭に少し眉を下げた。


「だから! ついて行きますどこまでも」


懇願する香蘭に御蔭は眉を寄せる。


「香蘭、その口調やめてくれ……」


 御蔭の腕には鳥肌が立っており、香蘭を見下ろす瞳には困惑の色が窺える。

香蘭は鳥肌が立っている御蔭を確認すると肩を落とした。


女子(おなご)はこう言った口調なのだろう? 御蔭も女子らしいほうが好きなのだろう」

いつもの口調に戻った香蘭はうらめしそうに御蔭を見てから、御蔭の腕を掴みズルズルと人のいないほうへと引っ張っていく。


「ちょッ、香蘭! そう引っ張るな」


「服が伸びてしまうだろう」と香蘭をたしなめ、隣を歩く。

香蘭は御蔭が離れてしまい淋しくなった手をそっと、握り締めた。


「御蔭……、(じん)兄に聞いたんだがここを立つのは本当なのか」


御蔭はこの地に3ヶ月ほど滞在している。それは、この地に来る前の御蔭ならありえない長さだった。


「ああ、ここには居すぎたよ」


笑いながら応える御蔭に香蘭は3ヶ月前に出会ったときのことを思い出していた。

香蘭は男しかいない家庭で育ち、喧嘩にも負けない自信を持っており、そのときも数人の男に囲まれ、戦いのゴングを鳴らそうとしていたときであった。

 颯爽と現れた御蔭が目の前にいる男達を糸も簡単に蹴散らせてしまったのだ。

 守られることに慣れてない香蘭は目の前の光景にうろたえていると、御蔭が頭を骨張った堅い手の平で撫でた。

 そのときから香蘭は御蔭に初めての恋をした。


「ついていっては、駄目……なのか」


 服を握り締めながら勇気を出して御蔭に聞く。

 先ほどの返事もまだなことから淡い期待をのせ、返事を待った。


「はあ、お前は……」


 御蔭の溜め息に香蘭は肩を跳ね上げ、身を固める。

 その様子を御蔭は苦笑しながら手の平を香蘭の頭へのせた。


 ――暖かい。これだ、私は御蔭のその優しいところが好きなのだ。


 決して突き放そうとはしない優しさはときに酷だが、それでも縋ってしまう。

 目尻に溜まる涙を堪えながら香蘭は笑った。


「俺は、流れ者だと言っただろ。どこで死ぬかもわからない……そんなところに連れていきたくはない」

「うん、御蔭は優しいからな……でも、それでもついて行きたいんだ」


 ――好き、だ。離れたくない。


 二人の距離は近いが、僅かな空間がある。

 香蘭はその空間を埋めたかった。御蔭に近づきたかった。

 だが、御蔭はそれをやんわりとだが避けていた。

 危険でも傍に居たい香蘭、安全な場所で幸せに暮らして欲しい御蔭。

 心の奥底、二人は通じ合っているはずなのに御蔭はそれを拒んだ。

 そして、薄く色付いた唇を噛み、微笑む。


「香蘭には幸せになって欲しいんだ」


 香蘭の頭にのせられた手はゆっくりと離れ、香蘭は堪えていた涙を堪え方も忘れたかのようにボロボロと零した。

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