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そして何事もなく町に着きました・・・
とはいかなかった。ここも、魔物の襲撃を受けていました。
町の人が兵士に誘導されながら避難している。
隣町は人口が多いために、防壁の周りでバザーが開かれているのがいつもの風景である。そのため、逃げ遅れた人が多かったようだ。
不用心といえばそれまでだが、逆を言うと、今までこのように魔物が人里を襲うことは稀だったのだ。
噂通り、魔王の復活が近いのだろうか?
この辺りでは見ない魔物も混ざっていて、いつもの町の警備員では対処できなかっただろうが、前線に出て食い止めているのは、銀の鎧に青い鷲の紋章がついた国軍である。いつもは税金を取る以外に用がないようなド田舎にその姿を見るのは稀で、きな臭い感じだ。まぁ、この場合は喜ぶべきなんだろうけど。
兄はため息をついて、私たちに話しかけた。
「新手が街道から来て挟まれると面倒だ。警戒しながら荷馬で門に入る。
門まで着いたら非戦闘員は中へ、俺たちは引き返して加勢する。それでいいか?」
同意した私たちは、馬を急がせて門に向かった。
避難民に紛れて、門への列に並ぶ。
このまま何事もなく中に入れればいいんだけど・・・
そうはいかない、絶対!絶対!絶対!
案の定、後方で悲鳴が聞こえてきた。
「ちょっと様子を見てくる!」
兄はそう言って後ろに駈け出そうとする。
その時、私たちの上を影が横切って流れた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
影は私たちの乗っていた馬車を横倒しにし、傍にいた兵士をわしづかみにして、門の上に止まる。避難しようと並んでいた人は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
それは三メートルほどもある、捻じ曲がった角に肉食獣の牙が生えた巨大な牛が、翼と鉤爪を持った化け物。明らかに中ボスクラスの化け物。
前足にひっかけた兵士を振り回して、こちらへと投げつける。彼は手足を不自然に折り曲げたまま動かなくなった。私も逃げようとするが、今から動けば逆に襲われるかもしれない。倒れた馬車を遮蔽物にして隠れる。女剣士と兄が放り出された兵士を引きずってきて寝かせた。私が術をかける。幸いにも、致命的な傷は追っていないようだ。精霊術を使えば元通り動けるようにもなるだろう。
とはいってもこの状況では今後のことを考えている余裕はないが。いくら馬車の後ろに隠れていても、上から襲われたら意味がない。
「セリゼを頼む」
兄は女剣士に言うと、割れるように人が去っていく中に歩み出て、腰に差した剣を抜きはらって構える。いくら勇者といったて、この世界にコンティニューもリセットもない。一度死んだら終わりなんだから命は大事にしないといけない。
逃げてと叫ぶのと、化け物が降下して兄に襲いかかるのと同時だった。私は悲鳴を上げた。
「兄さん!」
兄は飛んでくる化け物の爪を上体を捩じって躱し、足に切り付けた。魔物は絶叫し、大きく羽ばたいて上空に飛び上がる。兄の剣は弾き飛ばされ、風圧に兄自身ももんどりうって転げた。
うめき声を上げる兄。必死に剣に手を伸ばすが、その隙を化け物が見逃すはずがない。旋回し、鷹のように勢いをつけて攻撃しようとした、その時。
「弩砲、撃てぇ!」
後方から一メートル程の矢が撃たれ、化け物を貫いた!
化け物は降下しようとしていた勢いのまま地面にぶつかり、頭蓋を砕いて動きを止めた。
「に、兄さん大丈夫?」
私は腰が抜けて立てなかったため、這いずるように兄に近寄っていった。
兄はゆっくり上体を起こすと、こちらを見て大丈夫だというように微笑みかけた。細かい傷はあるが、おおむね無事のようだ。よかった・・・。
私が安心していると、矢の撃たれた方から一人の男が寄ってきた。
「たいしたものだ、その若さであの魔物に立ち向かうとは」
他の連中より明らかにゴージャスな鎧兜の騎士は、そう言って私たちを助け起こした。
「貴殿が囮になってくれたおかげで、我々の新兵器を試すことができた。いやぁ結果は上々だ。感謝する」
さりげに失礼な騎士は面頬を上げ、兄に笑いかける。なんだか高慢そうなイケメンだ。個人的にはお近づきになりたくないが、もしもこれがゲームやマンガだったら、兄との薄くて高い本がさぞかし売れるだろう。ひょっとしたら、こいつも『勇者の仲間たち』の一員ではないだろうか?だとしたら仲良くしなければならないものだが、もし、兄と彼との間に愛が生まれたらどうしようというか、うーん・・・
なんてアホな考えに浸っていた罰があたったのか、騎士は私が治した兵士に近寄って様子を見ると、感心したように言った。
「なんと、あなたは精霊術の使い手なのか。この街にはかなりの使い手がいると、うわさでは聞いていたが・・・」
噂って、ここらの噂で私が有名なのって金の汚さについてなんだけど・・・
「この度の襲撃でわが軍には負傷者が大勢いる。力を貸していただけないか。
なに、払いのことなら心配するな。言い値でいい。君が見たこともないような大金をお支払しよう」
うわぁ、セレブ発言!いいでしょう見せてもらおうセレブの底力というものを!
「分かりました。精いっぱい頑張らせていただきます」
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