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案の定村は魔物に襲われていた。
ゴブリンとフォレストウルフの編成軍と見える。この辺りで見ないわけではないが、縄張りからはあまり出てこない、人里には寄りたがらないモンスターたちだ。やはりイベント的なにかがあるのだろうか?
まだ村の中まで侵入はされておらず、周りに張り巡らされた防壁の外にいた人たちを自警団が保護しつつ、避難している最中だった。
ちなみにこの壁、私がふんだくった治療費からも出資している。アルカ竹から作った魔よけの結界も施されている砦のような村の中に入れば、とりあえず安心だろう。村炎上ルートが避けられるといいけど・・・この世界に火災保険はないし。
「セリゼ、下がってろ!」
「兄さん無理はしないで!丸腰よ!」
兄はゴブリンに駆け寄ると蹴り倒し、顎を踏み砕いてから剣を奪うと振り向きざまにウルフを切りつけ、即死させた。この様子じゃ心配はなさそうだ。
周りの村人にも死人はいない。たいしたことない怪我もさっさと直し、私たちは後退して無事村にたどり着いて、門を閉めた。
「二人とも、無事だったか」
義父がほっとした顔で声をかけてきた。村のメンツでは私たちが避難したのが最後だったらしい。
子どもたちが残されて助けに行かなければならないパターンでもないようだ。よかった。
一度この中にこもってしまえば、あとは中から矢を射かけつつしばらく籠城していれば、連中もしばらくすれば引いていくだろう。この村も近くの町とは行き来があるし、あまり敵が引かなければ増援もあると思う。
しかし、突然魔物が襲ってきた理由はなんだろうか?いままでにない行動が気になる。やっぱり魔王が復活するという噂は本当なんだろうか?いや、予想はしていたが。こうなればやはり兄には旅立ってもらおう。そして魔王を倒してお姫様あたりとくっついてもらって私は左うちわでウハウハくらそう。
と妄想にばかり浸っていられない。私は怪我を負った人たちの治療をする。義父は村長の家に向かっていった。今後の防衛の相談をするそうだ。
一通り治療の済んだあと、休憩しようとしている私の目に、兄の姿が目に入った。なにやら思い悩んでいるようだ。
「どうしたの、兄さん?」
「いや、嫌な予感がするんだが・・・気にかかることがあって」
うん、たぶんその予感当たってるよ。
「なにが気になるの?」
「俺たちは爆発音を聞いただろ?でも村の周りにはゴブリンとフォレストウルフしかいなかった。あいつらにそんな真似は出来ない。いったいどんな奴が爆発を起こしたんだ?」
その時、再び何かが弾ける音がした。今度は村の中から!
駆けだした私と兄の目に入ったのは、火を吐く怪鳥と、その背に乗った黒い鎧の男、そして血まみれの義父だった。
「父さん!」
「お前たち!来るな!」
義父は私たちに向けて叫んだが、その隙を突かれ怪鳥の振り回した長い首に弾き飛ばされて、こちらまで弾き飛ばされた。
「いやぁぁ!」
「父さん、しっかりしろ!」
義父は体中傷だらけで、焼け焦げ、体も動かせない状態だった。あの短い時間でこれだけの怪我を負ったのだろうか。義父はけして弱くない。むしろ村で一番、近隣の町の兵士からも一目置かれている手練れだったはずだ。その義父をこのように・・・あいつはそれほど強いのだろうか。私たちは・・・ここで死ぬのか?
敵は優美なくらいにゆっくりとこちらを向いた。焦らなくても私たちに反撃の手段なんてないことを知っているから。兄は私と義父をかばうように前に出たが、連中を倒すどころか、はたして盾になれるかも怪しい。
私は義父の体に手を当て、回復術を施した。だが、力が彼の体をすり抜けるようにして流れていき、効果が発揮されない。魔物に攻撃をされると、時々こうなることがある。ケガレの核で形成された魔物は、人や野獣と違い、生き物の魂を傷つけることができる。そうなった人は精霊術では治療できず、死んでも輪廻の輪に戻れずに幽鬼となってさまようのだ。
「逃げろ・・・!」
意識が朦朧とした様子で義父が言う。自分の状態を、もう助からないと分かっているのだ。
「なにを言ってるんだ!父さん!」
兄が魔物を気にしつつ叫ぶ。その兄に向って義父が言う。あのセリフを。
「いいから逃げろ、お前にはお前にしかなせない使命があるのだ・・・」
「俺にしか?いったい何のことだよ?!」
「お前には、生まれながらにしてさだめが・・・ぐふっ」
血を吐いて意識を失う義父。こんな、こんなことって・・・
「絶対に許さないんだから・・・!」
「セリゼ?」
私の中から力がわき出る。光が奔流となって迸る!
そう、許すわけにはいかない!なにがあっても!
そんな、一番気になるところで言い逃げして死ぬなんて、絶対に許さないんだから・・・!
それは幻想的な光景だった。
私たちの周りをぐるりと光の円が取り巻いたかと思うと、青白い魔力が立ち上った。
義父の怪我がみるみるうちに治っていく。
「これは・・・」
黒い鎧の男がつぶやいたが、余裕を持っていたのもそこまでだ。
突然怪鳥が暴れだした。全身から白い煙を立ち上らせ、見開いた目や舌を出した嘴からドロドロとした汚液が流れ出ている。はっきりいってグロい。
このままだと振り落とされて死ぬか、村を滅ぼしても帰りは徒歩というとんでもなくダサい状況になると分かったのだろう。鎧の男は
「退くぞ!」
と、怪鳥の背を蹴り、飛び立って逃げていったのだった。
「行ったか・・・」
呟く兄。驚きのあまり逆に落ち着いているのか妙に冷静である。
「兄さん、父さんは・・・」
「ああ、傷は治っている。呼吸も正常だし。だけど、お前は大丈夫なのか?」
「うん・・・」
別に痛いところとかはない。へたれこんでいた私を兄は助け起こそうとするが、
「まって、眩暈がする!吐きそう!超吐きそう!」
立ち上がろうとすると急に眩暈と吐き気に襲われる。
「セリゼ、しっかりしろ!」
「無理・・・吐く、寝ゲロする・・・」
そうして私は失神した。もしこれでもう目覚めることがなかったなら、最悪の遺言だな。寝ゲロて!