第3話:汚れた雛壇
幕張での圧倒的な優勝から、実に10年以上の月日が流れていた。
2023年、春。東京・港区のテレビ局。
煌々と照らされたスタジオのセットには、ひな壇と呼ばれる階段状の席が組まれ、十数人の中堅・若手芸人がひしめき合っていた。
その中段に、トレードマークの緑色のスーツを着た遠藤たち「えんどう豆」の姿があった。
「いや、それ豆鉄砲食らったか!」
司会の大物芸人のフリに合わせ、今年37歳になる遠藤が立ち上がってカメラに向かって叫ぶ。ひな壇の芸人たちが一斉に大仰な身振りでズッコケ、スタジオには「ドッ」という作り物めいた笑い声と、観覧客の歓声が響き渡った。
20代の頃、遠藤は鳴かず飛ばずだった。
しかし、泥水すするような下積みを経て、プライドを捨てて臨んだオーディションを機に、彼らは遅咲きのブレイクを果たした。
現代のテレビが求めるのは「芸術」ではない。
ショート動画のように15秒で消費される分かりやすさと、話を振られたら0.5秒で打ち返す瞬発力だ。他人のトークには大げさに手を叩いて笑い、スベった奴がいれば全員で立ち上がって野次を飛ばす。
遠藤はその「ひな壇」という巨大な生き物のルールに、己を最適化させた。
心の中にある「本当はもっと構成のしっかりした漫才がやりたい」という微かな未練には、とうの昔に蓋をしている。
ここは戦場であり、生き残るためには犬(製作のいいなり)になるしかなかった。
一方、栗原智の才能は、この15年間で完全に時代から取り残されていた。
同じ頃、テレビ局の薄暗い会議室。
長机の向こうでスマートフォンをいじる若いプロデューサーを前に、白髪の混じり始めた栗原はネタを披露していた。
「……つまり、我々が認識している『悲しみ』という感情の底には——」
「あー、ごめん。そこまででいいや」
開始からわずか一分。プロデューサーの気怠そうな声が、栗原の言葉を遮った。
「栗原さん、昔は凄かったらしいですね、学生の大会とかで。でも、今の視聴者はそういう小難しい理屈、求めてないんですよ。もっとこう、パーン!と明るいギャグとかないんですか? TikTokでバズるようなやつ」
栗原の表情から、すっと温度が消えた。
「……ギャグ、ですか」
「そう。それと、ネタの尺。五分は長すぎ。一分に縮めて、最後に『クリチョウです!』みたいなキャッチーなポーズ作れます?」
沈黙が降りた。
栗原はゆっくりと顔を上げ、氷のような視線で年下のプロデューサーを射抜いた。
「俺のネタは、一言一句、すべての間に意味があります。それを一分に切り刻めと言うのは、芸術作品をミキサーにかけて飲みやすくしろと言っているのと同じだ。そんなものは『笑い』ではなく、ただの『音』です」
「はぁ?」
「思考停止した大衆に餌を与えるような真似はしない。俺は芸人です。あなたの手駒じゃない」
プロデューサーが鼻で笑うのを見届ける前に、栗原は背を向け、乱暴にドアを開けて部屋を出た。
その日の夜、遠藤は渋谷の居酒屋で栗原と向かい合っていた。
オーディションでの一件は、マネージャーを通じてすぐに遠藤の耳にも入っていた。30代後半にもなってスタッフに盾突くなど、業界では致命的だ。
栗原のテレビ出演の目は、これで完全に絶たれたと言ってよかった。
「栗原、お前……いい加減、現実を見ろよ。俺たちもうすぐ四十だぞ。まずはテレビに出て顔を売ってから、自分のやりたいネタをやればいいじゃないか」
ビールグラスを手にした遠藤の説得に、栗原は烏龍茶のグラスをじっと見つめたまま、冷たく吐き捨てた。
「妥協? お前みたいに、あんな汚れたひな壇で、誰かが書いた台本通りに猿芝居を打つのがか?」
「なんだと?」
「俺はお前らの番組を見たよ。あんな中身のない大声とリアクションだけで、一体何を表現しているんだ。お前はもう芸人じゃない。視聴率という得体の知れない神に媚びを売る、ただの老けた制作の犬だ」
「犬で結構だ!」
遠藤は思わずテーブルを叩いていた。
「犬だって、必死に客を笑わせようとしてるんだよ! 15年前の栄光にしがみついて、自分の殻に閉じこもって、誰も理解できない高尚な理屈を並べてるだけの奴より、よっぽどマシだ!」
栗原はゆっくりと視線を上げ、遠藤を見た。その目には、怒りよりも深い、底なしの軽蔑と哀れみが浮かんでいた。
「……お前も、完全にそっち側に堕ちたんだな、遠藤」
それが、二人がまともに言葉を交わした最後だった。
その後、遠藤は番組のMCを務めるまでのスターダムを駆け上がり、栗原智はまるで光の当たらない深海へと沈んでいくように、表舞台から姿を消した。
才能を安売りすることを「羞恥」とし、大衆に迎合することを激しく拒絶し続けた15年。
その高潔すぎるプライドは、やがて彼自身を社会から完全に孤立させる、冷たい牢獄へと変わっていったのだ。




