姫様、最強の魔王は、自分以外を「NPC」だと思い込むことにしたようです
魔法陣から放たれる漆黒の雷光が、宮殿の空気をバチバチと震わせる。
「……っ、このプレッシャーは!」
私が叫ぶのと同時に、魔法陣の中心から、光さえも吸い込むような深い「闇」が噴き出した。
同時に私から絶望の波動が溢れ出し、純白のドレスが波動を吸い込み漆黒へと染まる。
黒き瞳が赤く変色し、二本のツノが生えたのがわかった。
床に刻まれた石材が、その重圧に耐えかねて悲鳴を上げ、蜘蛛の巣状にひび割れていく。
立ち上る黒煙。その中から、鈍い光沢を放つフルプレートの鎧に身を包んだ、巨大な影がゆっくりとせり上がってきた。
一歩。
その足が地を踏みしめるたび、心臓を直接掴まれるような衝撃波が部屋中に広がる。背負った漆黒のマントは、まるで行き場を失った亡霊たちの怨嗟が形を成したかのように、風もないのに禍々しくうねっていた。
やがて煙が晴れ、その全貌が露わになろうとしている。
深紅に燃え上がる瞳。それは生物としての慈悲を一切排除し、ただひたすらに「支配」と「混沌」を体現しているかのようだった。
手にした大剣からは青白い魔力の炎が滴り落ち、触れる床をドロドロと溶かしていく。
かつて世界を絶望の淵へと叩き落とした、唯一無二の絶対者。
その存在感だけで、宮殿の温度は一気に氷点下まで下がり、酸素さえも凍りつくような錯覚に陥る。
「間違いありません……」
聖香の声が震える。
「かつて世界を混沌へ導こうとした、魔王です。しかし、あの時確かに勇者が滅ぼしたはずなのに......」
「ふん。たいそうなお出ましじゃな。そのツラ拝ませてもらおうか」
漆黒のドレスを纏い、威厳に満ちた声で言い放つ私。
ついに煙幕が完全に消え去り、その全貌が露わになった。
そこに立っていたのは。
漆黒のフルプレートに身を包み、なぜかその上から度の強そうなメガネをかけ、使い古したデスクワーク用のクッションのような哀愁を漂わせた、髪の毛が残念な部類のオッサンだった。
私はその顔を見て凍りついたように一瞬固まってしまったが、
「部長、何やってるんですか?」
咄嗟につい言ってしまうと、
「部長? 私は部長ではない」
オッサンはそう言うと、漆黒の籠手で不器用にメガネのズレを直し、鼻をすすった。
「私はオレンジサーバー一位のギルドマスター、逆千鳥の佐吉だ!」
『は?』
その場にいた皆が同時に言ってしまった。
「フッ、それにしてもまるでアニメに出てきそうなVRゲームだ。まるで今この世界を体験しているような感覚だ」
「部長。これゲームじゃなくて現実です。死んで転生したんですよ。多分」
「何! そういえば死神が三つ願いを言えとか言っていたな。キャラ設定かと思い、攻略サイトを見ることを頼んだが断られ、とりあえず強ければ何でもいい。パワー極振り、スピード極振り、魔力極振りを頼んだな」
「それでかどうかはわかりませんが、この世界では部長は魔王みたいです」
「だから私は部長でもなく魔王でもない。逆千鳥の佐吉だと言っている。なんたって私は大型MMORPGプルーンムーン、オレンジサーバー一位に君臨していた『我が青春のアルカディア』ギルドのギルドマスターなんだからな。そうかわかったぞ。これはオフ会だな? しかしキャラメイクと違うから誰が誰かわからん。自己紹介してくれんか? まず、さっきから私を部長とか現実世界にちょいちょい戻そうとする空気の読めない君からだ」
「ミナエです。古の悪魔姫やってます」
「なんか見た目がレア感半端ないな。重課金者か? しかしすまない。お初だな」
そうか。今の私の見た目は高校生。部長が私をわかるわけがない。
「私はオカリナ・ベルゼ=シンフォニア。悪魔大元帥になる予定の姫様の従者です」
私が敬語を使ったせいか、魔王覇気があるせいか、オカリナも敬語を使った。
「オカリナ。君は幼女キャラか。しかしそのゴスロリドレスと大鎌のセンスは素晴らしいキャラメイクだ」
なぜか拍手をする部長、いや、佐吉。
「新屋敷聖香。元聖女にして今は外交官です」
もしかして転生者? でも数百年前からいるみたいだしいいか。
と、私は触れないことにした。
しかし、佐吉は彼女に激怒した。
「本名はいかん! 悪質なゲーマーや匿名掲示板に存在するアンチから個人情報を特定されるぞ! いいか! 今からでもキャラネームを変えるんだ! 課金が必要なら言ってくれ! 良い消費者金融を教えてやる!」
そこは俺が払うじゃないのか。と、呆れる私。
「ヴィオラと申します。トランペット村の村長とスターフィールド国の内政を管理しております」
「そんな仕事量を君一人でやっているのか? いいか、ゲームはストレスフリーが一番だ。君は社会人か? 外でもここでも仕事はほどほどにしなければ嫌になって引退が早まるぞ。まあ、私は現実社会の仕事なんか全部部下に押し付けて、今じゃ皆何をしているかわからないがな!」
うん。知ってる。だから皆大変だったんだよ。
ゲームで仕事しろとは思わないが、会社では仕事してほしかった。一日一時間でもいいから。
「さて、みんな名前を聞いたことはないがギルドには所属しているのかね?」
「人間が立ち上げた冒険者ギルドとは違い、姫様が立ち上げた|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》に属しております。私たちだけでなく、今はもう国民は属する義務がございます。もちろん種族は問いません」
「聞いたことがないギルド名だ。しかし、国民全てギルドに加入しているとは? 何人くらいかな?」
「今、二十万人くらいかと」
「二十万人だと! せいぜい五十人が枠だろ!」
「今後平均寿命が伸び、出産率も向上しますのでもっと増え続けます」
「どのギルドも合併に苦悩しているというのに。あ、わかった。もしかしてこれってオフ会だろうか?」
「そもそもオフ会がわかりません」
「わかったわかった。おまえらNPCか。どうやら私は違うゲームに取り込まれた今流行りの異世界への転生者ってやつみたいだ」
自己解釈を始めるが、合っているようで間違っている。
「そして、私は魔王キャラとしてこの地にいる。合っているか?」
私の顔を見て聞いてきたので、
「だいたいあってますかね」
適当に答えておいた。
「なるほど。そうなるとテンプレは配下を集め、世界を支配するって感じか。一つ質問したいが、プレイヤーキルをした場合、デスペナ有りでもかまわないからどこかで復活とかあるのかね?」
「死んだら死んだで終わりですよ。多分」
「それはきついな。現実と同じクソゲーではないか」
「異世界という名の現実世界と思っていただければ」
「まぁ良い。ところで腹が減った。食いもんあるか?」
「勘違いしていると思いますが、この宮殿、自分の物と勘違いしてません? あと、私たちも部下かなんかと思ってません?」
「これから運命を共にするギルメンだと思っている。ま、私がこの仕様を理解するまで君が副ギルドマスターの権利をやろう」
偉そうに私にそんなことを言ってきたので、
「何言ってるんです? 国外追放に決まってるでしょ」
「え?」




