姫様、魔族が少なすぎて聖女が「やりがい」を見失いました
「聖女様。お口に合うかわかりませんが」
緊張を隠せないながらも、丸いテーブルに案内された聖女のもとへヴィオラは紅茶を置いた。
「お気になさらずに」
微笑みながら淡く白きドレスに、合わせたような色のカチューシャ。長く透き通った銀髪をおろした彼女はまさに聖女そのものだった。
しかし私にはわかる。この人めっちゃ怒ってる。
わざわざこんな田舎の村まで来てやったんだぞ。しかも世界から崇拝されている聖女だぞ。もっとおもてなしせんかい! と、多分思ってる。
「挨拶がまだでしたね。私の名は聖香。世間では私のことを聖女ともち上げておりますが、ただ毎日世界平和のために結界を維持しているだけの小娘ですわ」
笑顔が怖い。
貴様ら魔族のせいで、毎日忙しい中来てやったんだぞって思ってそう。
「わざわざこんな田舎の村まで大変だったでしょう」
私が行かなかった言い訳なんかしたら面倒なことになると思って触れないことにした。
「いえ、転送魔法があれば一瞬ですので。それよりも、美苗様でしたよね。貴女が遣わしてきた不死鳥と化す伝書鳩が、ご存知の通りメロディ法国の首都を半壊させてしまいました」
「謝罪と賠償ですか」
「はい。私の睡眠時間を妨害した謝罪と、こちらが振動により私の部屋で割れた花瓶の請求書です」
「は?」
「あと、転送魔法の往復代も請求します」
てっきり都市の復興費用を請求してくると覚悟していたのだが、これはこれで聖女としてどうなのだろうと思ってしまう。
私は請求書をヴィオラに渡すと、ヴィオラは
「用意してきます」
と、玉座の間を出て行った。
「さて、邪魔者はいなくなったところで、ここからは本音で聞きたいことがございます」
「なんでしょう?」
「世界征服とか興味あります?」
「ないです。できたら、この村以外手放したいくらいです」
即答する私。
「どんな生き方したいです?」
「まったりスローライフしたいですね」
「人間ならまだしも、悪魔姫でしょう? 百年もしたら飽きますよ?」
「ああ、八千年くらい生きるみたいですからね」
「人間以外、やることなくなって最後は刺激を求めて世界征服したがるみたいですよ」
「世界征服の動機がひどすぎないですか?」
紅茶を一口飲み、「あら、美味しい」と言う聖香だが、
「事実です。かつての魔王もそんなことを言ってました。まあ、私はそんなのどうでもいいんです。今、この世界に魔族ってどれくらいいると思います? スライムとかの魔物は外して下さい」
「絶滅危惧種って呼ばれてるから千人くらいですかね?」
「十人です」
「少なっ!」
この村に半分以上が住んでいるではないか。
「私は本音で言います。正直たかが十人の魔族のために毎日結界を維持するのが馬鹿馬鹿しいんです。維持するのに一日八時間祈るんですよ? あなたが悪魔姫として魔族を抑えてくれるなら八千年は魔族による侵略がないでしょう」
「ようするに働きたくないんですね」
「私、慈愛の女神リィナより加護を授けられております。不老不死です。こう見えて百年以上は毎日休みなく祈らされております。私は魔族による侵略を防ぐために一生懸命祈っているのに、肝心の魔族がやる気なかったら無駄じゃないですか? 祈る意味ありますか? しかも終わりなき永遠にですよ?」
「はあ」
「せめて十人でも、どこかに攻めてくれたら祈った甲斐があったなあと思うんですよ。この前首都の襲撃を知って、喜んで飛び起きたら襲ってきたのが鳩ですよ? どれだけガッカリしたか」
聖香の愚痴が止まらない。だが、話し相手を間違えてないかと思う私。
「勇者そっちに行きませんでした?」
私は以前この村から送り出したエリカの事を思い出したので聞いてみた。
「来ましたよ。でもライブのためとか言って毎日バイトばかりしてますわ」
「あと、一人でよく来ましたね。従者とか護衛に囲まれて来ると思ってました」
「従者三名と来ましたが転送された森の入り口で見つけたキノコを食べて倒れてしまいまして、今、ユリエル様に診てもらっております」
「入り口なら毒キノコに注意って看板あったはずですが」
「まさかそんなわけないと言って食べてましたよ。で、話を戻しますが、侵略する気はない。これは本心ですか?」
「アンダンテ国みたいに攻めて来ない限り戦う意思はありません」
「なら、ここで人と魔族の不可侵条約を締結しませんか? それで私の聖女としての役割もようやく終わりを迎えることができます」
「本来なら相談してからってのがお約束ですが、独断で締結しましょう。他の魔族は知りませんが我が国は専守防衛を誓わせていただきます」
こうして、世界に向けてスターフィールド国による専守防衛が発信された。信じる信じないは受け取り側になるのだが、聖香は結界の放棄を宣言した。
私は今日も朝から、
「なんで学習部屋から九九の暗唱で、うめき声が聞こえるのよ」
と、独り言をつぶやきながら、ボルトが書いた太陽光発電の設計図を確認するが、
「私、普通科出身なんだからこんなのわかるわけないじゃない」
と、文句を言う。
まあこういう文句を言えるのも平和が世界に向けて約束されているからだ。
飽きるかもしれないけど、しばらくはこの生活を楽しもうではないか。
めでたしめでたし。
そう思ったのも束の間、ヴィオラが来て、
「姫様。聖香様がお見えになりました」
と、あの華麗な衣服はどこへいったのやら。ただの布の服を着た聖香が入ってきて、
「無職に食わせる飯はないって屋敷から追い出されたんです! どうか、ここに住まわせてください!」
と、泣きつかれてしまった。
そんな彼女を見て、私の静かなスローライフはまだはじめられなさそうだ、と、ウンザリしたのであった。




