姫様、女神が「平和の象徴(伝書鳩)」を撃墜しました
ヴィオラを村長に任命してから三日後。
私が在宅ワークに苦しんでいる中、オカリナが声をかけてきた。
「姫様。バスクが医師を連れて訪問して来ました。追い返しますか?」
「なんで待っていた相手を追い返さないといけないのよ。通してちょうだい」
「かしこまりました」
オカリナは一礼すると、入り口で
「姫様が会ってくれるそうだ。貴様ら一生分の運を使ったな」
と、言っているのが聞こえる。
多分、これっぽっちの運も使っていない気がするが、膨大なる書類に追われていたので出て行くのを躊躇ってしまった。
「姫様。医師を連れて来たぞ」
バスクの後ろにいるのは、彼よりもデカいオッサンだった。
多分二メートルはある。
「俺様はユリエル。人間たちからは救命の使徒とか四聖とか呼ばれている」
え? かわいい女の子じゃないの?
私はガッカリすると、
「プリンセスよ。だいぶ疲れているようだな。寝不足と栄養不足、あとストレスが原因だ。バスクよ。アレを頼む」
「ほい。松茸の匂いが漂う毒キノコだ」
「いや、それ結局毒キノコだから」
私が受け取りを拒否するが、
「これを朝昼晩、食後三分以内で食べたら改善するぞ」
「なんで毒キノコを薬みたいに言うのよ。しかも三分って、食後のデザートみたいに言わないで」
多分、私には毒耐性があるのだろうが、あえて食べようとは思わない。
かといって自信満々に胸を張る男を前に、どうしたらいいもんか悩んでいると、
「貴様ら、姫様を毒殺しようとするとは万死に値するぞ」
オカリナが鎌を手に取る。
「なら、俺様が毒味してやろう」
ユリエルが毒キノコを一口食べると、
「あ、これヤバいやつだ。バスクよ。毒消し草をくれ」
「ほい。毒消し草だ」
「見ての通りなんともないだろう?」
「貴様も耐性ガバガバじゃないか」
不安しか見えないこのやり取りが騒がしかったのか、
「朝からうるさいのぅ」
リィナが起きて来た。
「リィナ様。こちらにおられましたか!」
すかさずリィナの前に両膝をついて頭を下げる。
「ユリエルか。久しいな」
「リィナ様。相変わらずお美しゅうおられますな!」
「ユリエルよ。ちょっと待て」
「は?」
リィナは私とオカリナを引き寄せてから、
「ユリエルよ。もう一度頼む」
「は?」
「女神よ。お世辞だということに気づけ」
オカリナがため息をついて言う。
「お世辞じゃったのか。妾、悲しみ。散歩をしてくる」
「リィナ様! めげないで下さい!」
そう言われたが、
「腹も減ったしなんか探してくる」
リィナは肩を落としてリビングを出て行った。
かなり話がずれてしまったので、私は話を軌道修正する。
「とりあえず、村に診療所を建ててもらうから、二人はそこで困った人たちを治してもらえるかしら? もちろん報酬は払うわ」
「わかった。リィナ様がおられる限り、古の悪魔姫といえども悪事は働けんだろうしな」
「逆に村人たちに毒キノコを食べさせないか心配なくらいよ」
「プリンセスは毒というか全デバフ無効ではないか。だから食えと言ったんだ」
「わかってても、わざわざ食べたくないわ!」
私が全力で答えると、
「ユリエルとやら。貴様は怪我は治せんのか?」
オカリナが効いて欲しいことを聞いてくれた。
「例えば骨折とか怪我の度合いとかならわかるが、俺様でも治すことはできんな。やはり治癒師が必要だ」
「ならクラリを呼んだほうがいいな。伝書鳩を飛ばそう」
バスクがどこからか鳩を取り出して、手紙を足に巻いて窓から羽ばたかせた。
「二、三日もしたら着くと思う。もうしばらく待ってほしい」
「かまわないわ。医療チームができたならこっちも安心だからね。で、診療所だけどまさかこんなデカい人が来ると思わなかったから、体育館並みの診療所が必要ね。新しく建てるか、改築するか考え直す必要があるわ」
「身体のサイズなら変更可能だが」
「あ、そうなの? ご都合主義は大歓迎よ」
「あと三段階に分けてデカくすることが可能だ」
「いや、それだとかえって迷惑だから」
「しばらくはこの村で一番大きな家を借り、そこで村人のために働こう」
具合が悪くなって訪ねたら大男二人が部屋狭しと現れたら、むしろ悪化するのではないかと不安を覚えながらも承諾した。
二人が帰った後、書類にハンコを押すことに飽きた私はオカリナに言った。
「私の予想だと、クラリって人もデカいオッサンだね」
「三人もあの家に住めるんでしょうか? あの家ワンルームですよね?」
「急ピッチで診療所を体育館クラスに建て替えてもらえるよう、ヴィオラが来たらお願いするわ」
「その方が良いかと。それにしても女神は食べ物にありつけたのでしょうか?」
「食べ物に困って毒キノコでも食べてそうね」
「ははは。まさか」
笑いが飛び交うリビング。
そして沈黙の後、私は不安に思っていることを素直に聞いた。
「まさかとは思うけど、伝書鳩捕まえて食べてないよね?」
「鳩は人間たちには平和の象徴と呼ばれております。女神といえどさすがに致しませんよ」
オカリナが答えると、ズタボロなリィナが帰って来た。
「湖で釣りをしていたら、いきなり伝書鳩が襲って来たのじゃ。食べられるかと思ったぞ」
ため息をついたオカリナが、
「そのまま食べられてしまえば良かったのに」
「鳩に食べられる女神がどこの世界におるのじゃ。必死に抵抗し、残された神の力を使い激闘の末、なんとか追い払ったぞ。これでまた世界がまた一歩平和に近づいたといったもんじゃ」
「ただ鳩を追い払うために神の力を使う女神も、どこの世界を探してもいないと思うがな」
こんなやり取りを聞きながら、とりあえず鳩が無事なことに安心した私だったが、
「ところで女神よ。薬師が治癒師を呼ぶために伝書鳩を放ったのだ。くれぐれも焼き鳥にしようとするなよ?」
「なにっ!?」
妙に驚くリィナ。
「いや、そんなに驚くことでもなかろう」
「そ、そうじゃな。妾は用事を思い出した。しばし修行のために家を離れよう。留守は任せたぞ」
私は再度ハンコを押すのをやめて、
「リィナ。留守は任されてあげるから、どこにいるかわからない治癒師をちゃんと連れて来なさいよ?」
「そ、そうじゃな。修行ついでに寄ってみようかの」
「ついでに、旅立つ前にバスクとユリエルに謝罪して来なさいよ。あなたの鳥を食べましたって
「ミナエよ。女神の名においてそなたをこの森の守護者として認めるゆえ、一緒に謝りに行ってはくれんかのぅ?」
「嫌よ。あんなむさ苦しいところに行きたくないし」
リィナが一人でトボトボと出て行ったのち、なんかものすごい悲鳴が聞こえた気がしたが、無視して私は再びハンコを押し始めるのであった。




