第三話 街の片隅に
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それでは3話目になります。
「お客さん」
男は声を掛ける。
「……お客さん」
男はもう一度声を掛ける。しかし、彼の掛けた言葉に返ってくるものはない。代わりに静かな寝息が返事をするようにすう、すうと聞こえてくるだけだ。
「……はぁ。困ったな、これじゃあ店の片付けができねぇじゃねぇか」
男ーー酒場の店主は店の中をぐるりと見渡した。
目に入るもの全てが暖かに灯った照明に照らされて、店内の各所に置かれたテーブルの上に散らかった物がよく見えていた。
飲み残しと一緒になって傾いたままのグラス、料理は全て食べられてはいるがまるで獣にでも食い散らかされたかのような汚い皿、スプーンやフォークといった食器類も卓上にあるならまだよかったのだが生憎、倒れた状態の椅子と同じようにほとんどが寝っ転がっている。
付け加えると、酒瓶やそのこぼれた物らしき液体も床の所々に見えていた。
「……たくよぉ、もう少しマナーてモノを弁えろよな。汚いにも程があんだろ」
目の前の惨状をして店主はやれやれと息を吐く。
生きのいい客人が勢いで酒を頬張りどんちゃん騒いだ後に散らかることは稀にあるが、流石にここまで店が荒れることは今までになかった。
店主が営むこの酒場は独り身の彼が手ずから経てた小さな店で、店自体そこまで大きくはない。街によく知られた店でもなく、お客も店主の友人や店をひいきにしてくれる少数ばかりであるため知る人ぞ知る店といえる。
だから普段の営業は特段忙しい日が多い訳でもなく、緩やかな営業をしていた。
だが今回、今までにない事態が発生した。火が沈んで少しした頃に突然、雪崩のように店内に客が押し寄せてきたのである。
店主も始めは驚きつつも店側としては喜ばしい事なので、腕を振るって意気込んでいたのだが、舞い込んできた客人たちは食べ方が汚いわ、物を投げるわ、話し声が五月蠅いわとマナーが凄まじく悪かった。 おまけに身なりは小汚く、まるで野党の如く様相であった。
そして、居座りも長かった。今頃の夜更けになってようやくして、そのほとんどが帰って行った次第である。
「……はぁ、唯一おとなしく飲んでてくれた野郎もこんな有様だしな……全く、今日は散々だぜ」
店主は横目でちらりと隣を見返す。そこにはカウンター席の上で顔を真っ赤にして、幸せそうな笑みで涎を垂らす男が延びている。
(早く店を閉めてしまいたいんだがな……守があるから俺が引いていくわけにも行かないし……)
さきほどからこの男を起こそうと何度も試みているが、男は眠っているままだった。
「……」
じっと見つめた後、店主は男の肩をもう一度揺らしてみる。
二、三回少し強く引いてみるが、やはり男が起きることはない。しばらく男が静かに寝息をたてて寝に耽っている姿を見ていると、煩わしい気持ちと苛立ちがちりちりと胸の内を掠めた。
いっそ顔を引っ叩いてでも起こしてやろうか、そんな乱暴な発想が何度も閃いてそれを押しとどめていると、不意に酒場のドアチャイムが店の中を鳴り響く。
「ジャマすんよぉー旦那ー……うわっ何これ。何があったの?」
「なんだ、また貪りに来やがったのかお前……」
店主が視線を移した先に入り口の扉からひょっこり顔を出して店内を見回す赤茶色の髪の少女がいた。
「なんだよその言い方~っ。残飯なんだからいいじゃねぇかよ。むしろ残して捨てるぐらいなら食べた方が勿体なくないじゃんか」
そう言いながら少女は入り口から体を出して、店主が居るバーカウンターの方へと歩み寄る。
「今日はおめぇに出してやれる残飯すらのこっちゃいねぇよ。それに夜更けにガキが彷徨くもんじゃねぇ、さぁ帰った帰った」
「ちょっと冷たっ! せっかく来たのに……ていうか今ガキつった? アタシもう十五なんだけど!」
「まだ十五だろ。とっとと帰れ」
今のこの店の状態を明日の開店までには整えておかないといけない。だから、出来ることからやってしまわなければ。今日は彼女に構っていられる暇もないのだ。
しっしっと少女に手を払うと店主はせかせかと店の玄関の方へと歩いていく。
「あーっ! ちょっとまだ話しは終わってないよ!」
「知るか。こっちは店を閉じないといけねぇんだよ。さっさと帰って寝ろ」
「むー……なんだよもぉー」
不満そうに顔を膨らます少女を無視して、店主は玄関扉の外に掛けられた”開店”の文字をひっくり返す。
だがそんな時、少女も思い出したような声を上げて話を続ける。
「そーいやさ、旦那。政府からのお知らせ聞いたよね? 朝に放送された魔女から国を守るため~ってヤツ。ソレが出てからさ、他の町からこっちに人が流れ込んでるみたいだよ? なんかさっきも私らみたいな野郎が街の中たくさんうろついてたし」
「なんだって、他の町から?」
話をこれ以上聞く気がなかった店主も、その内容を聞いて思わず少女に聞き返した。
「うん。聞いた話だと、”魔女の樹”に近いところで国から逃れてた無法者なんかも入ってきてるんだってさ」
落ちている酒瓶の一つを足の爪先でちょんちょんとつつきながら少女は言う。それを聞いた店主もううんと声を唸らせて納得する。
言われてみれば、確かに今日店に来たあの客たちは見慣れない風貌をした輩ばかりだった。明らか、この街の人間ではないことが窺い知れる。
「……なるほどなぁ、合点がいった。それで今日はあんな御一行様がウチに押しかけてきたわけだな」
「なに? なんかお偉い人でもやってきたの??」
「違う。店をこんなんにしてった迷惑人どもの事だ。明日も店を回さにゃならんのに全く」
「ああ〜……それでこんな荒れてた訳だ。だいぶ薄汚い連中だったんじゃない?」
「薄汚いどころかめっぽう汚い連中だったわ! もう二度と来てたまるかあんな客!」
「はいはい落ち着いて旦那。もう過ぎた事なんだから。思い出してもしょーがないよ。むしろ思い出さないほうが気が済むんじゃない?」
「けっ、言ってろ! こっちはムカついて仕方ないんだよ!!」
「はいはい」
だが、少女の言う通り思い出したらキリがない。内心ではそう分かっていたがそれでも気持ちに我慢がならず、声を荒げて店主はカウンターへと急ぐのだった。
カランッーーーー。
すると、その時。またドアチャイムの音が店の中に響き渡る。
こんな時間に来客があるなど思いもしれない。その音を聞いて驚いた店主と少女は咄嗟に玄関の方へと顔を向ける。
「……もし、少しいいだろうか」
扉を開けて入ってきたその人物は、しわがれた声を発する背の低い小さな老婆だった。声を聞いていなければ、一見すると子供だと勘違いしていただろう。
体全体を土埃で汚れた黒い外套で覆っており、その顔は頭布に隠れてよく見えない。
「あちゃあ、言ってたら」
「はぁー……おい、婆さん。店の前の文字が見えなかったか? 閉店だよ」
苛ついた声をなんとかなだめながら、店主は玄関の前で立ち尽くす老婆に向かって言った。
老婆は店主の言葉に頭を少し俯けると、しわがれた声をまた響かせる。
「すまない、暗くてよく見えなかったんだ。そこの子が先ほど入って行くのが見えたもので。つい店が開いているものだと誤解した」
細い指を外套の裾から見せてそう言うと、老婆は少女の姿を指さす。
店主が少女をムッと睨みつけて、つられて少女もえへへ、と笑った。
「だろうな。ああもう、すまないがそんな訳で閉店なんだ。来てもらって早々に悪いが帰ってくれ」
早く帰って欲しい、と言わんばかりに声を低くして店主は老婆をあしらった。
だが、老婆は入り口に振り返ることなくその場に居座り続ける。
「……よければ水一杯だけでも頂けないだろうか。この街にはつい先ほど着いたばかりで何も口にできていないんだ。一杯だけでいい、それだけ飲んだら私もすぐに帰ろう」
「……婆さんも政府の勧告でやってきた他の町のもんだろ? 自分の家を置いてこんな所までやって来て気の毒だが、生憎こっちも他の人間を助けていられるほど今は余裕がないんだ。悪いが帰ってくれ」
「旦那それはないよ! 水一杯くらい助けてやりなよケチくさい!」
そこで店主と老婆のやり取りに見過ごせなくなった少女が口を挟んだ。
「お前はだまってろ! てかさっさと帰れ! 」
「むぅ、もう分からずや! そんなんだから旦那は独身なんだよ! 何でそう強情なのかな!」
「誰が強情だ! あと他人の独身事情を知ったように言うな! 早く帰れ!」
剣幕になった店主に怯んで少女は一瞬身を縮ませる。だが、そんな店主に負けじと声を大きくして言い返す。
「じゃあわかった! このお婆ちゃんに旦那が水あげたらアタシも帰る!」
「はぁ? なんでお前が関わってくるんだ。お前は全く関係ねぇじゃねぇか」
「関係大有りだよ! 旦那は孤児のアタシだって助けてくれたでしょ! その思いやりを捨てないでお婆ちゃんを助けてあげてよ! 遠路はるばる故郷を追われて、大変な思いしてんだよ! そこは思いやってあげてよ旦那!」
少女の必死の説得に、店主も肩をすくめて一歩下がった。
店主は老婆と少女を交互に見ると、目を逸らしてしばし考えるそぶりを見せる。二人にじっと見つめられながら、少しの時間が経つとしばらくして店主は大きなため息を吐いた。
「分かった。水一杯だけだぞ? 水を飲んだらすぐに店を出てってくれ。そうじゃないとこっちも困るんだ」
「ありがとう旦那……! 飲んだらすぐに帰るって! 早く水出してあげて!」
「偉そーにお前が言うな」
はぁぁーーとまた大きく息を吐いて店主はカウンターの奥へと入っていった。
その後、老婆は水をもらうとすぐにそれを飲み切って、店に居座っていた少女と共に程なく退店した。
ついでに延びていた男を店主が引っ張って外に放り出すと、店主も慌ただしく店の中へと戻るのだった。
二人が店の前でその様子を最後に見届けて立ち尽くしていると、店主が中に戻るのと同時に少女が老婆に声をかける。
「ところでさーお婆ちゃん。行く当てって、あったりする?」
「まだ無いが、寝床はすぐに見つけるつもりだ」
「見つけるつもりって、これから探すの? 今から?」
「そうだ」
平然と、まるで先の心配をすることのないように老婆は答える。老婆のその様子に、少女は口元に指を当て眉をひそめる。
「でも、この時間から泊めてくれるお家なんて無いんじゃないかな……」
「そうだな、だから今日は露宿になるだろう」
「えっ、それってまさか野宿すんの?! 結構寒いよこの街!」
「寒さには慣れている。それに、多少なりの野営にも要領を得ているから問題はない」
老婆はやはり平然と、なんてこともないとでも言うかのように言ってみせる。
どことないその不思議を思わせる様子に奇妙を感じながら、少女は老婆に向かって切り出す。
「……ねぇ、お婆ちゃんがよかったらさアタシ達んとこに来ない?」
「お前たちの?」
「うん。アタシってさ、孤児だから。他の孤児のみんなと一緒に暮らしてなんとかやってんの。ご立派な住まいとはいかないけどさ、夜の寒さを凌ぐ分には丈夫な家だから。よかったら泊まって行かない?」
「家の中も意外と広いしさー」と付け加えて少女は気軽げに言う。
だが、少女のそんな提案に老婆は少しの間を考え込むと、少女に向かって投げかける。
「だが……私が邪魔をして、お前たちは困らないのか?」
心配そうに老婆がそう聞くと少女は笑う。
「あははっ! 困るなんてこたぁないよ! 確かに食べ物はあんまり無いし、お金もないからいっぱいいっぱいだけどさ。でも、他に困ってる人がいたらお互い様でしょ。助け合わないと」
少女もなんてことない、と元気に胸を張ると老婆に向かって手を差し伸べる。
老婆も彼女の顔を一瞬見つめると、やがて微笑みを返すようにしわがれた声を優しく震わせた。
「……ありがとう。お前のような子が、この街にはいるのだな。本当に優しい子だ。ならば、ぜひお願いしたい」
「うん、わかった! じゃあ着いてきて! 案内するから!」
少女はそう言って得意げに返事をすると、足並み軽く道の先を扇動した。
夜の肌寒い街の中、朧げに光る街灯が通りの先を急ぐ二人の影を捉えて道の上を柔らかく揺ぐ。
心優しい少女の図らいに老婆は深く感謝をすると、一礼を返して彼女に連れられて街の中を歩いて行くのだったーー。
毎回、文章を書いていると注力しすぎてふらふらになりながら取り組んでしまうんですよね。
だから、そうなると文章も次第に適当になってしまって面白くない文に私はなりがちです(汗笑)
定期的に見返して誤字や表現を直してはいるのですが……。
はぁ、もっとうまく書けるようになりたい。今回もそんなこんなで手がけたお話になりました。
お読みいただきありがとうございます。
また次回もぜひ閲覧ください。それではまた次回にて。




