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ハルシャの叙事詩 ー The 747th Epic ー  作者: 夜雨やおか
第一章 戦禍の幕開け
3/5

第二話 大きなお家の中で

2話目になります。ご閲覧いただきありがとうござます。

それではどうぞ。



「……はい……はい、わかりました。お忙しい中、折り返しいただきありがとうございました。坊ちゃまにお伝えさせていただきます」



 そう言って、メイドは壁に備え付けられた電話の筒を元の位置に掛けると、早足にその場を離れて目的の場所へとすぐに急いだーー。


絨毯の敷かれた長い廊下を抜けてロビーから二階へと通ずる階段を一気に駆け上がり、一階の廊下と同じように敷かれた見事な絨毯の上を、靴の先のどこかを引っ掛けてしまいそうになりながらメイドは目的の部屋の前へと到着する。


扉の前で一度立ち止まって一呼吸を置くと、心に強く決心をして部屋の中に向かって声をかける。



「坊ちゃま、失礼致します。お伝えしたい事があります。中に入ってもよろしいですか?」



そうして声をかけると、部屋の中からも小さな声が返事をする。



「いいよ、入ってきて」



入る前にもう一度決心を固めて、メイドは取手に手をかけて中へと入った。

木製の厳かなアンティーク造りをした部屋の中。

その場所に似つかわしくない"彼"の後ろ姿を見つけると、メイドは彼に声をかける。



「アーサー坊ちゃま。失礼致します」


「ううん、大丈夫だよ! 入って!」



 初心なひと声がまた一度返事をする。

見ればメイドの見つめる先で、書き物机に面と向かって必死に何かを書き上げる少年の姿があった。

見た目は10代にいく手前で、お日様のように照った金髪にくるりと巻いた毛がどことなく愛おしさを感じる。



「できた! 見て!」



書き上げていた何かがちょうど出来たらしい。


"それ"を手にしながら少年ーーアーサーは元気よくメイドに駆け寄った。

幼いせいかまだ字体が整ってはいない文章だったが、それは誰かへと宛てられたらしい紛れもない"手紙"だった。


アーサーは書き上がった紙片を自慢げに振って、部屋に入ってきたメイドに向かって嬉しそうに話す。



「お父様に手紙を書いたの! お仕事が上手くいくように、おまじないを書いたんだよ! 天の神さまにもお願いして……」



 だがそこで、部屋に入ってきた彼女が浮かない顔で自分の事を見つめている事に気がついた。

その様子に見慣れていた彼は、すぐにメイドの伝えたい事に察しがついて手紙を振り上げていた手を弱々しく下ろす。



「……今日も帰らないの?」



本当は聞いても仕方がないと分かっていたけれど、それでも確認がしたくてその事を聞いてみる。


メイドもその言葉に口元をきゅっと締めて、どう返事を返そうか考えているようだった。

目を逸らして、言葉が一向に出てこない。


その内に重たい口をようやくと開けて、先ほど電話で受けた知らせをメイドは幼い彼へと告げる。



「政務が大変お忙しいとの事で、本日も旦那さまは……お父様はお帰りになれないそうです……」


「そっ、か……」



やっぱり、今日も帰らないのかーー。



そうだと分かっていた。

それでも、どうしてもそうじゃない時もあると信じたくて、心の底から期待してしまった。


自分の視界が揺れるのを感じて、アーサーは顔を咄嗟に背けた。



「坊ちゃま……!」


「ううん! やっぱりそうだよね、お父様のお仕事は大変だから……今は我慢しないと」



背中を向けるそんな少年の肩は小さく震えている。



「……坊ちゃま。旦那さまはきっとお戻りになられますよ。どうかご辛抱ください。私たちもお側におりますから。また何かあったら遠慮せず呼んでください」


「うん、ありがとう!」



そう言うとアーサーはメイドに向かって振り向いて、にこっとした笑顔を見せる。



「あ、お仕事があるのにごめんなさい! もう戻って! ボクもお勉強をしないといけないから!」


「……わかりました。もしよろしければ、この後にホットミルクをお持ちいたしますね。お砂糖もたっぷり入れてお持ちします。勉学には甘いものが良いですから」


「ありがとう! ホットミルク大好き!」



言いながらメイドの体にひしと抱きついて、甘えたようにアーサーは頰をすりつけた。

その姿を見てメイドも安心したのか驚きつつも微笑みを浮かべて、くるくるとした彼の頭を優しく触れて撫でおろす。



「それでは、失礼致します」



最後に彼の姿をそっと見届けると、メイドは部屋から出ていった。

メイドが扉を閉めるまで、アーサーも笑顔を返して見届ける。


そして、その後彼女が立ち去ったのを確認すると、作っていた笑顔をゆっくりと解いた。



「……」



部屋にまた一人だけになった彼は、しばらくの間をその場に立ち尽くして、メイドの出ていった扉を静かに見つめる。


やがて、我慢していた感情が堪えられなくなると、部屋の中で一人寂しく啜り泣くのだった。




アーサーはとても寂しかった。


それは母の温もりを感じなくなったその日から、胸の奥でひっそりと、今も確かに感じている。


黒い服を着たたくさんの人が自分の周りでそれぞれに顔を(うつむ)けて、母が入った長くて大きな箱を見つめていたその日。

次第にどんどんと人はいなくなって、自分と兄、父は一緒に馬車の中へと移って家の帰路へと着いた。


その時にふと、それまで口を開かずにいた父からこう告げられる。



「お前たちは必ず私が守る。もう誰にも手出しはさせない……絶対に……」



そう言って、父はその日からずっと家の帰りが遅くなるようになった。

それは徐々に、毎晩、毎晩、時を重ねるごとに帰宅の時間が遅くなり、やがて父と顔を合わせる事も少なくなってしまった。

ある日に、気になって使用人の一人にどうして父の帰りはいつも遅いのか聞くと使用人はーー。



「お役職に注力されているのですよ。私たちや国の為に、魔女とたくさん戦っておられるんです」



そう返された。

父はいつも魔女と戦っている。自分や国の人のために。



ーー大切なお仕事を全うされているんだ。



そう心に思った。


使用人たちも、時折自宅に訪問するお役人の人たちも、兄のハワードも。


皆、口をそろえて父は偉大だと言う。


幼い頃から、呪文のように何度も聞かされてきた言葉だ。気が付いたら、しきりに聞いていた気がする。

初めてその言葉を意識した時は正直に言うと何を言っているのか分からなかった。

けれども、皆がそれを口にする時、なんだか無視しちゃいけないモノのようなそんな気がして、自分も父は偉大なのだと意味を理解していなくともその言葉を信じることにした。


それから少し成長して、様々な勉強をするようになってからは”偉大”という言葉の意味も次第に理解する。



改めて、父は”偉大”なのだとそう心に思った。だけどーー。



先ほどメイドに見せた時に勢い余って強く握りしめた所為で(しわ)が入ってしまった手紙を、書き物机の上にそっと置いてアーサーは静かに椅子に腰を下ろす。



「……」



目の前に置いた手紙をじっと見つめて数分を過ごすとそのうちに手紙から目を離して、隅の方にある窓の外を見た。


今日の天気は曇りだ。でも、見ているとなんだかとってももやもやする。


いっそ、晴れていてくれたらまだ気持ちが沈むこともないのに。そう思いながらもアーサーはその後も窓の外を見続けた。

先ほどメイドから受けた言葉を頭の中でもう一度浮かべながら、薄暗い雲が広がる空の景色を眺め続ける。



「……お父様」



父は偉大だ。だけど、どうしてだろう。


自分には、父が偉大であることがそんなに重要じゃない事なんだと、そう思えるようになった。


それは父が家に帰ることが遅くなってからでありもっと言うと、母が生きていた頃を思ってより一層、どうでもいい事なんじゃないかと思えた。

母が生きていた時は、家族みんなで団欒室に集まって楽しい話を毎日のようにしていたのに。


とても、心から寂しさを感じたーー。



「……母様(かあさま)



亡くなってしまった母の記憶が蘇り、止まった涙がまた溢れてくる。

本来ならば行儀が悪い行いで叱咤されてしまう事だけれども、構わずアーサーは腕の服に涙を拭って、書き物机に頬をつけるようにして体を伏した。


そしてまた、豪奢(ごうしゃ)に飾られた大きな窓の外の空をじっと眺めると、心の奥から湧きあがる寂しさにもう一度涙を浮かべるのだったーー。

ご読了ありがとうございました。

少年アーサーの家事情を分かってもらえたかな?

そうであったなら幸いです。うまく表現できてたことを祈ります。

よければ気軽に感想をください(><)

お待ちしております。


それではご閲覧くださりありがとうございました。

次回にてまたよろしくお願いします。

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