聖獣たちの楽園
伝説の聖獣フェンリルに導かれ、私は聖獣たちが暮らす楽園へと足を踏み入れた。初めて知る、誰かに必要とされる喜び。モフモフたちに癒される日々の中、私を追放した王国では不穏な影が…。
伝説の聖獣フェンリル――彼がシルヴァンと名乗った銀狼に導かれ、私は魔の森の奥深くへと歩を進めていた。恐ろしい魔獣がうろついているはずの森は、シルヴァンがそばにいるだけで、どんな獣も道を譲るかのように静まり返っていた。
やがて、私たちは巨大な滝の裏側に隠された洞窟を抜けた。その先に広がっていたのは、信じられないほど美しい光景だった。陽光が降り注ぐ広大な谷間には、色とりどりの花が咲き乱れ、クリスタルのように澄んだ湖が輝いている。そこは、外界から完全に隔絶された、聖獣たちのための楽園だった。
「すごい……」
私が感嘆の声を漏らすと、谷のあちこちから、様々な生き物が姿を現した。純白の体毛に、額に螺旋状の角を持つユニコーン。宝石のような瞳をした、小さなカーバンクルたち。そして、空からは鷲の上半身とライオンの下半身を持つ、雄々しいグリフォンが舞い降りてきた。
彼らは皆、私を恐れるどころか、喜びと好奇心に満ちた瞳で私を取り囲んだ。
『主様だ! 本当にいらっしゃったんだ!』
『なんて優しい魂の光なんだろう』
聖獣たちの喜びの声が、次々と私の心の中に流れ込んでくる。神殿では「偽り」と蔑まれ、誰からも疎まれてきた私。こんな風に、純粋な好意と歓迎を一身に受けるなんて、生まれて初めての経験だった。
ユニコーンがそっと私の手に鼻先をすり寄せ、カーバンクルたちが私の足元にじゃれついてくる。そして、グリフォンは恭しく頭を下げた。その全ての行動に、温かい愛情が満ちていた。私はたまらなくなって、一番近くにいた子羊のような聖獣をそっと抱きしめた。柔らかくて、温かい。生きている温もり。涙が自然と頬を伝った。
この聖域での生活は、驚きと喜びに満ちていた。私は、神殿では役立たずだった自分の力が、ここでは大きな意味を持つことを知った。木の実の蔓が魔獣に傷つけられているのを見つければ、私の力で蔓を癒し、再び豊かな実りをもたらすことができる。怪我をした聖獣がいれば、その傷に手を当てることで、治癒を早めることができるのだ。
「ありがとう、主様!」
聖獣たちからの感謝の言葉を聞くたびに、私の胸の奥がじんわりと温かくなった。誰かの役に立てる。必要とされる。その喜びが、神殿で受けた心の傷を、少しずつ癒していくようだった。
一方、その頃。私を追放した王国では、深刻な異変が起きていた。
聖女セレスティアの力が、原因不明のまま、日を追うごとに衰え始めていたのだ。彼女の祈りでも、以前のように国の聖結界を維持することが難しくなり、各地で結界の綻びが報告されるようになっていた。
「なぜだ……。なぜ聖女様の力がこれほどまでに……」
神官長は原因がわからず、焦りを募らせていた。そんな中、王宮騎士の一人、リオ・オーブライトは、一連の異変と、エリアーナの追放との間に何か関係があるのではないかと、密かに疑念を抱き始めていた。
「エリアーナ様が追放されてから、全てがおかしくなった。あの追放は、本当に正しかったのだろうか……」
彼は、真実を確かめるため、禁断の場所である「魔の森」への単独調査を決意する。
追放された少女が、自らの本当の居場所と使命を見つけ、輝き始める。その光が、やがて国全体の運命をも左右することになるとは、まだ誰も知らなかった。