王宮の審判と、新たな火種
ヴァルモン公爵の罪は暴かれたが、王宮の混乱は収まらない。私を支持する改革派と、神殿を守ろうとする保守派の対立は激化。セレスティアとの間に、見えない溝が生まれる。そんな中、隣国から、不穏な使者が訪れる。
ヴァルモン公爵の屋敷から、無事に、リオを救出した私たちは、公爵の身柄と、彼が悪事を行っていた、動かぬ証拠を、国王の元へと、突き出した。
王宮は、大騒ぎになった。名門貴族の筆頭である、ヴァルモン公爵が、禁断の闇魔術に手を染め、聖獣を操り、王国の騎士を、手にかけようとしたのだ。その罪は、万死に、値する。
公爵は、全ての爵位を剥奪され、幽閉されることが、決定した。神官長も、兄の罪に連座する形で、その地位を、追われた。
保守派貴族たちは、一気に、その力を、失った。
これで、全てが、解決する。そう、思われた。
しかし、事態は、より、複雑な方向へと、進んでいった。
保守派の失脚により、私を、支持する、改革派の貴族たちの声が、日増しに、大きくなっていったのだ。
「今こそ、古き神殿の、権威主義を、改める時だ!」
「エリアーナ様と、その聖獣の力こそが、この国の、新たな、希望の象徴である!」
彼らは、私を、まるで、革命の、旗印のように、祭り上げ始めた。
そして、その矛先は、皮肉にも、私の、最愛の妹、セレスティアへと、向けられ始めたのだ。
「セレスティア聖女様は、これまでの、神殿の、腐敗の、象徴に過ぎない」
「もはや、彼女の、時代は、終わったのだ」
そんな、心ない声が、公然と、囁かれるようになった。
セレスティアは、気丈に、振る舞っていた。
「姉様、お気になさらないで。わたくしは、大丈夫です。これも、国が、新しく、生まれ変わるための、産みの苦しみですわ」
彼女は、そう言って、微笑んだ。
けれど、その笑顔の裏に、深い、悲しみと、孤独が、隠されているのを、私は、見逃さなかった。
彼女は、何も、悪くない。それなのに、時代の、変化の、波に、翻弄され、傷ついている。
私と、彼女の間に、貴族たちの、思惑によって、見えない、溝が、作られようとしていた。
そんな、きな臭い、王宮の空気を、さらに、かき乱す、出来事が、起きた。
隣国の、ガルブレイス帝国から、一人の、特使が、訪れたのだ。
ガルブレイス帝国は、近年、急速に、軍事力を、拡大させている、野心的な、大国だ。私たちの国とは、これまで、不可侵の、条約を、結んでいた。
特使として、やってきたのは、皇帝の、甥にあたるという、若き、公爵、ジェラール。
彼は、銀髪に、氷のような、青い瞳を持つ、傲慢なほどに、美しい、男だった。
「――我が、ガルブレイス帝国は、貴国との、さらなる、友好を、望んでいる」
謁見の間で、ジェラールは、尊大な態度で、言った。
「つきましては、我が国から、貴国へ、一つ、提案がある。――エリアーナ聖女殿を、我が、帝国の、賓客として、お迎えしたい」
「……賓客、ですと?」
国王が、訝しげに、問い返す。
「そうだ。彼女の、その、素晴らしい、聖獣と、心を通わせる力。ぜひ、我が国でも、研究させて、いただきたい。もちろん、それ相応の、対価は、お支払いしよう。例えば、我が国の、最新の、軍事技術の、供与、など、いかがかな?」
その言葉は、友好の、提案などではなかった。
あからさまな、私という存在と、その力を、金と、武力で、買おうという、侮辱的な、申し出だった。
「――ふざけるな」
その場にいた、シルヴァンが、低い声で、唸る。
「我が主を、物のように、言うな。その、汚れた舌を、引き抜かれたいか」
シルヴァンの、剥き出しの、殺気に、ジェラールは、一瞬だけ、怯んだようだったが、すぐに、挑戦的な笑みを、浮かべた。
「ほう。これが、噂の、聖獣の王か。確かに、面白い。ますます、欲しくなった」
「貴様……!」
一触即発の、空気を、リオが、制した。
「ジェラール公。ここは、エルドラント王国の、王宮です。その、無礼な、態度は、慎んでいただきたい」
「これは、失敬。だが、俺は、本気だ。エリアーナ聖女。よく、お考えいただきたい。この、小さく、内輪揉めばかりしている国にいるより、我が、偉大な帝国へ来た方が、貴女の力は、より、輝くことになるだろう」
彼は、私に、ウィンクを、してみせると、その場を、後にした。
彼の、出現は、王宮の、権力争いに、新たな、そして、最も、厄介な、火種を、もたらした。
改革派の貴族たちの中には、帝国の、軍事力を、背景にできるならと、ジェラールの提案に、乗り気な者まで、現れ始めたのだ。
私は、完全に、政争の、道具と、なっていた。
私の意志など、お構いなしに、私の価値が、値踏みされ、私の未来が、決められようとしている。
その夜、私は、一人、部屋で、膝を抱えていた。
もう、何もかも、嫌になってしまった。
森へ、帰りたい。
私の、本当の、居場所へ。
私の心は、限界に、達しようとしていた。