癒しの光と、明かされる想い
シルヴァンの浄化の力でも、リオの呪いは、完全には解けない。残された方法は、私のテイマーの力で、彼の魂に、直接、働きかけること。彼の心の中に見たのは、私への、あまりに、切なく、一途な想いだった。
シルヴァンの、神聖な、浄化の力。それは、確かに、リオの体を蝕む、闇の呪いを、和らげていた。しかし、呪いの根は、彼の魂の、奥深くにまで、達しており、完全に取り除くことは、できなかった。
「……くそっ……。思った以上に、厄介な、呪いだ」
シルヴァンが、苦々しげに、吐き捨てる。彼の額からは、玉のような汗が、流れ落ちていた。聖獣の王の力をもってしても、これ以上は、難しいようだった。
リオの呼吸は、依然として、浅く、その顔色は、青白いまま。
このままでは、彼は、助からない。
「……わたくしが、やるわ」
私は、覚悟を、決めた。
「主? 何を……」
「わたくしの、テイマーの力は、魂と、共鳴する力。ならば、彼の、魂に、直接、働きかければ、この呪いを、断ち切れるかもしれない」
それは、あまりに、危険な、賭けだった。下手をすれば、私の魂も、彼の、呪いに、引きずり込まれ、共に、闇に、堕ちてしまう可能性がある。
「駄目だ! それだけは、許さん!」
シルヴァンが、激しく、反対する。
「もし、お前の身に、何かあれば、俺は……!」
「それでも、やるの!」
私は、彼の、金の瞳を、まっすぐに見つめ返した。
「シルヴァン。あなたは、わたくしが、悲しむ顔を、見たくない、と言ってくれたわね。……わたくしも、同じよ。リオ様が、死んで、あなたが、自分を責める。そんな、悲しい顔、絶対に見たくない。だから、お願い。わたくしを、信じて」
私の、揺るぎない決意に、シルヴァンは、ぐっと、言葉を詰まらせた。そして、しばらくの後、悔しそうに、しかし、力強く、頷いた。
「……わかった。だが、約束しろ。必ず、戻ってくると」
「ええ。約束するわ」
私は、倒れている、リオの隣に、膝をついた。そして、彼の、冷たい額に、自分の額を、そっと、合わせた。
目を閉じ、意識を、集中させる。私の魂の力を、細い、光の糸のように、彼の、魂の、内側へと、送り込んでいく。
私の意識は、彼の、精神世界へと、ダイブしていった。
そこは、冷たく、暗い、嵐が吹き荒れる、荒野だった。空には、紫色の、不気味な月が浮かび、大地は、黒い、茨で、覆い尽くされている。闇の呪いが、作り出した、彼の、心の、風景。
その、荒野の中心に、リオは、一人、立っていた。
彼の体は、黒い茨に、雁字搦めに、縛り付けられ、その表情は、苦痛に、歪んでいる。
「リオ様!」
私が、声をかけても、彼には、届いていないようだった。
私は、彼の元へと、駆け寄った。そして、彼の心を縛る、黒い茨を、引きちぎろうとした。しかし、茨は、私の手にも、絡みつき、私の、魂の力を、吸い取ろうとする。
「くっ……!」
やはり、無謀だったのか。諦めかけた、その時。
彼の、心の中から、声が、聞こえてきた。
それは、彼の、心の、叫びだった。
『――エリアーナ様……』
彼の脳裏に、浮かんでいるのは、私の、姿。
神殿で、虐げられていた、か弱い、私の姿。
森で、聖獣たちと、笑い合う、たくましい、私の姿。
そして、今、自分のために、危険を冒してくれている、私の姿。
『……俺は、ずっと、無力だった。あなた様が、苦しんでいる時も、何も、できなかった。あなた様が、追放される時も、ただ、見ていることしか、できなかった。……騎士失格だ』
彼の、深い、後悔と、自責の念。
『……だから、今度こそ、お守りしたかった。あなたの、笑顔を、あなたの、その、優しさを。この、命に、代えても』
『……あなた様が、シルヴァン殿と、共にいる時の、あの、幸せそうな顔を見るのは、正直、辛い。だが、それでも、いい。あなたが、笑っていてくれるなら。俺は、あなたの、影を守る、一本の、剣であれば、それで……』
彼の、あまりに、切なく、そして、一途な、想い。
それは、私が、今まで、気づいていなかった、彼の、本当の、心。
その、純粋な、愛情の、なんと、温かく、そして、強いことか。
涙が、溢れた。
「……馬鹿ね。リオ様は」
私は、涙を、拭った。
「あなたは、無力なんかじゃない。あなたの、その、まっすぐな想いが、どれだけ、わたくしを、支えてくれたか、あなたは、知らないでしょう」
私は、絡みつく、茨の、痛みも、構わず、彼の体を、強く、抱きしめた。
「だから、戻ってきて。そして、これからも、わたくしの、一番の騎士として、わたくしを、守ってちょうだい」
私の、魂からの、言葉。
それが、届いたのだろうか。
彼の、苦しげだった表情が、少しだけ、和らいだ。そして、彼の、心の中から、温かい、光が、溢れ出し始めた。
それは、私への、愛情が生み出した、彼自身の、魂の光。
その光が、彼を縛っていた、黒い茨を、内側から、焼き切っていく。
嵐が、止み、空の、紫色の月が、消えていく。荒野に、朝日が、差し込み始めた。
私が、意識を、現実世界に、戻した時。
目の前で、リオの瞼が、ゆっくりと、開かれた。
その瞳には、もう、呪いの闇は、なかった。
「……エリアーナ……様……?」
「リオ様!」
私は、彼の胸に、顔をうずめ、ただ、泣いた。
彼の手が、私の髪を、優しく、撫でてくれた。
その様子を、シルヴァンが、少しだけ、不機嫌そうに、しかし、どこか、安堵したような、複雑な表情で、見つめていた。
私たちは、最悪の危機を、乗り越えた。
しかし、この事件は、私たちの関係に、新たな、そして、少し、甘くて、切ない、変化を、もたらすことになる。
そして、ヴァルモン公爵の背後にいた、さらなる、黒幕の存在も、まだ、闇の中に、隠されたままだった。