囚われの騎士と、シルヴァンの覚悟
リオが敵の罠に! 闇の呪いに蝕まれる彼を救うため、私とシルヴァンは、敵の屋敷へと乗り込む。シルヴァンは、私を守るため、そして、恋敵であるリオを救うため、聖獣の王としての、真の力を解放する!
約束の三日目の朝になっても、リオは、戻ってこなかった。連絡も、完全に、途絶えている。
「……何か、あったんだわ」
私の胸騒ぎは、どんどん、大きくなっていく。
居ても立ってもいられず、私は、王宮を、飛び出した。
「主、どこへ行く!」
シルヴァンが、慌てて、後を追ってくる。
「リオ様を、探しに行くの! きっと、何か、罠に、かかっているんだわ!」
「無謀だ! 一人で行って、どうする!」
「でも!」
私たちが、言い争っていると、空から、一羽の、伝書鳩が、舞い降りてきた。それは、リオが、万が一のためにと、放っていた、騎士団の、緊急連絡用の鳩だった。
その足に、結び付けられていたのは、血に染まった、布切れ。そして、そこには、震える文字で、ただ一言、「ヴァルモン」とだけ、書かれていた。
「……やはり、公爵の、屋敷か」
シルヴァンが、低い声で、唸る。
「行くぞ、主。あの、朴念仁を、助け出す」
彼の瞳には、いつになく、真剣な光が、宿っていた。
私とシルヴァンは、麒麟の背に乗り、ヴァルモン公爵の、別邸へと、急いだ。
屋敷の周囲は、公爵の、私兵によって、固められていたが、そんなものは、シルヴァンの、敵ではなかった。彼は、風のように、警備を、駆け抜け、私たちは、音もなく、屋敷への、潜入に、成功した。
屋敷の中は、不気味なほど、静まり返っていた。私たちは、リオの、僅かな気配を頼りに、地下へと、続く、隠し階段を、見つけ出した。
地下の儀式場。そこに、リオはいた。
彼は、冷たい、石の床に、倒れていた。その肩には、おぞましい、呪いの紋様が、浮かび上がり、顔色は、死人のように、青白い。意識は、ないようだった。
そして、その傍らには、ヴァルモン公爵と、黒いローブの魔術師たちが、満足げな笑みを浮かべて、立っていた。
「――ようこそ、おいでくださいましたな、エリアーナ様」
ヴァルモン公爵が、芝居がかった、口調で、言った。
「この、愚かな騎士は、我々の、大切な儀式を、邪魔してくれましてな。おかげで、少々、手荒な、真似を、せねばなりませんでしたわい」
「……リオ様に、何をしたのですか!」
「何、少しばかり、闇の呪いを、注ぎ込んだだけですじゃ。このまま、放っておけば、半日も、もたずに、魂ごと、闇に、喰われてしまうでしょうな。……もっとも、貴女が、我々の、要求を、飲んでくだされば、話は別ですが」
彼は、卑劣な笑みを、浮かべた。
「要求……?」
「ええ。貴女の、その、聖獣と、心を通わせる、テイマーの力を、我々に、差し出していただく。さすれば、この騎士の命だけは、助けてやっても、よろしい」
彼らは、私の力を、奪うつもりなのだ。そして、その力で、聖獣を、意のままに操る、最強の軍団を、作り上げるつもりなのだ。
「……ふざけないで」
私の体から、静かな、怒りのオーラが、立ち上る。
しかし、私には、どうすることもできない。下手に動けば、リオの命が、危ない。
その、私の前に、シルヴァンが、ゆっくりと、進み出た。
「……下衆どもが」
その声は、地を這うように、低く、そして、絶対零度の、冷たさを、帯びていた。
「我が主の、力を、狙うとは。万死に、値する」
「ふん。たかが、一匹の、獣に、何ができる」
魔術師が、嘲笑う。
その瞬間、シルヴァンの体から、凄まじい、神気が、迸った。
それは、普段、彼が、私に見せている、穏やかなものではなかった。万物の、王として、君臨する、聖獣の王、フェンリルとしての、荒々しく、そして、神々しい、本来の力。
彼の体が、みるみる、巨大化していく。銀色の毛皮は、白銀の、鎧のように、輝き、その口からは、灼熱の、炎が、漏れ出している。
「――我が、真の姿を見ることを、許す。そして、その、愚かさを、後悔しながら、死ぬがいい」
ヴァルモン公爵と、魔術師たちの顔から、血の気が引いていく。彼らは、目の前にいる存在が、ただの、珍しい聖獣などではなく、神話の時代に、魔王さえも、屠ったという、伝説の、生き神そのものであることに、ようやく、気づいたのだ。
「ひ……ひいいいっ!」
魔術師たちが、一斉に、闇の魔法を、放つ。しかし、そんなものは、シルヴァンの、神気の前に、触れることさえできずに、霧散した。
シルヴァンは、ただ、一瞥しただけで、魔術師たちの、精神を、焼き切った。彼らは、白目を剥き、泡を吹いて、その場に、崩れ落ちる。
残るは、腰を抜かした、ヴァルモン公爵、ただ一人。
シルヴァンは、その巨大な前足で、公爵を、虫けらのように、床に、押さえつけた。
「さて。……どう、してくれる」
その金の瞳には、一切の、慈悲はなかった。
私は、その間に、リオの元へと、駆け寄っていた。
彼の体は、氷のように、冷たい。呪いが、どんどん、彼の命を、蝕んでいる。
「……シルヴァン! お願い! 彼を、助けて!」
私の、悲痛な叫びに、シルヴァンは、一瞬だけ、動きを止めた。
彼は、憎々しげに、床のリオを、一瞥した。恋敵。いなくなれば、主は、自分だけのものになる。そんな、黒い感情が、彼の心を、よぎった。
しかし、彼は、私の、涙に濡れた、瞳を見て、大きく、ため息をついた。
「……仕方ない。主が、悲しむ顔は、見たくないからな」
彼は、公爵を、気絶させると、その巨大な姿のまま、リオの元へと、やってきた。
そして、その、傷口に、自らの、額を、押し当てた。
彼の額から、温かい、金色の光が、放たれ、リオの体の中へと、流れ込んでいく。それは、聖獣の王だけが持つ、あらゆる、呪いを、浄化するという、神聖な、癒しの力だった。
リオの肩の、呪いの紋様が、少しずつ、薄れていく。
シルヴァンは、私を守るため、そして、皮肉にも、恋敵である、リオを救うため、その、真の力を、解放したのだ。
しかし、その強大すぎる力は、この、狭い地下室では、制御しきれるものではなかった。屋敷全体が、彼の、神気に、耐えきれず、激しく、揺れ始めていた。