王都のざわめきと、二つの光
私の活躍と、妹セレスティアの告白は、王都に大きな波紋を広げた。人々は、私を「真の聖女」と称え、神殿の権威は揺らぎ始める。姉妹の絆が深まる一方、私たちの存在は、王国の古い体制を脅かす、新たな火種となる。
天の使徒たちとの戦いを終え、私とセレスティアは、王都へと帰還した。私たちの帰還を、民衆は、熱狂的に迎えた。かつて、私に石を投げた者たちが、今や、私の名を呼び、涙ながらに、感謝の言葉を捧げている。
「エリアーナ様こそ、我らを救ってくださった、真の聖女様だ!」
「セレスティア様と、エリアーナ様。お二人の聖女様がおられれば、この国は、永遠に安泰だ!」
その光景に、私は、戸惑いながらも、胸が温かくなるのを感じていた。
しかし、その熱狂は、王宮と神殿に、新たな緊張をもたらしていた。
セレスティアは、父である国王と、神官長の前で、全てを告白した。これまで、姉である私を、偽りの聖女としてきたのは、神殿の、そして、自分自身の、嫉妬と、欺瞞であったと。そして、今回の危機を救ったのは、姉エリアーナの、テイマーとしての力と、二人の絆であったと。
彼女の、勇気ある告白は、神殿の権威を、根底から、揺るがした。神官長は、蒼白な顔で、ただ、うなだれるしかなかった。
国王は、複雑な表情で、私とセレスティアを、見つめていた。彼は、父親として、娘たちの和解を、喜びながらも、王として、この状況を、どう収拾すべきか、測りかねているようだった。
一人は、神殿の権威の象徴である、聖女。
もう一人は、民衆の、圧倒的な支持と、聖獣という、未知の力を、背景に持つ、新たな、聖女。
二つの、太陽が、同時に、空に、昇ってしまったのだ。
「姉様、これからは、二人で、この国を、支えていきましょう」
セレスティアは、純粋な笑顔で、私の手を、握った。彼女には、何の、政治的な思惑もない。ただ、姉と、共に、歩みたい。その、一心だった。
私も、もちろん、そのつもりだった。
しかし、周囲が、それを、許さなかった。
貴族たちは、二つの派閥に、分かれ始めた。
旧来の、神殿の権威を、重んじる、保守派の貴族たちは、セレスティアを、支持した。
一方で、今回の危機で、神殿の無力さを、目の当たりにした、改革派の貴族たちは、私を、新たな、力の象徴として、担ぎ上げようとし始めたのだ。
「エリアーナ様こそ、次代の、国の柱となるべき御方だ」
「聖獣の力は、我が国の、軍事力としても、計り知れない価値がある」
彼らの言葉は、私の意志とは、関係なく、私を、権力争いの、渦中へと、引きずり込んでいく。
そんな、きな臭い、王宮の空気から、私を守ってくれたのは、シルヴァンと、リオだった。
シルヴァンは、人型の姿で、常に、私の影のように、付き従い、私に、甘言を弄しようとする、貴族たちを、その鋭い眼光だけで、威圧し、追い払った。
「主は、貴様らの、権力争いの、道具ではない。失せろ」
その、過剰なまでの、守護は、貴族たちから、反感を買いながらも、同時に、彼の、人知を超えた存在感を、際立たせていた。
リオは、騎士団の、隊長として、王宮内の、情報の流れを、管理し、私に、不利な噂が、流れないように、奔走してくれた。
「エリアーナ様。どうか、お気になさらないでください。彼らは、ただ、あなたの、その偉大な力を、恐れているだけなのです」
彼は、いつも、私の心の、負担を、和らげようと、優しい言葉を、かけてくれた。
私は、彼らと、セレスティアに、支えられながらも、この、歪んだ状況に、息が詰まりそうだった。
私は、権力が、欲しいわけじゃない。ただ、愛する、モフモフたちと、穏やかに、暮らしたいだけなのに。
その夜、私は、一人、王宮のバルコニーで、故郷である、森の方角の空を、見つめていた。
「……帰りたいな……」
ぽつりと、漏れた、本音。
「――ならば、帰ればよい」
背後から、聞こえたのは、シルヴァンの、低い声だった。
「主が、望むなら、我は、今すぐにでも、主を、あの森へ、連れ帰る。王宮も、貴族も、人間の、しがらみなど、全て、捨ててしまえばよい」
「……でも、そしたら、セレスティアが、また、一人になってしまうわ」
「……お優しいことだ」
彼は、ため息をつくと、私の隣に、立った。
「ならば、俺も、ここに、残ろう。主が、この、息苦しい鳥籠の中で、心を、病んでしまわぬよう、俺が、ずっと、そばにいる」
彼の、不器用な、優しさ。
その時、もう一つの、声がした。
「――エリアーナ様」
リオが、そこに、立っていた。
「シルヴァン殿の言う通りです。ですが、逃げるだけが、道ではありません。この国を、変えることも、できるはずです。あなたと、セレスティア様、お二人の力があれば。そして、俺も、そのために、この剣を、捧げます」
彼の、まっすぐな、忠誠。
二人の、対照的な、しかし、どちらも、温かい、想い。
私は、一人じゃない。
私は、決意を、固めた。
逃げるのでもなく、争うのでもなく。
私と、セレスティア、二人の聖女が、共に、手を取り合って、この国に、新しい、風を、吹かせるのだ。
神殿の、権威でもなく、聖獣の、力でもなく。
ただ、人々を、想う、心だけで、国を、導く。
それは、いばらの道かもしれない。
けれど、この、二人の、頼れる騎士がいてくれるなら、きっと、歩いていける。
私は、夜空に、そう、誓った。