始まりの聖獣と、選ぶ未来
始まりの聖獣の力を得て、私は冥府の王との最終決戦に挑む! シルヴァン、リオ、セレスティア、仲間たちの絆を力に変え、世界の運命を賭けた戦いが始まる。戦いの果てに、私が選ぶ未来とは。愛する人と、モフモフたちと共に。
始まりの聖獣たちの「遺産」を巡る、私の試練の旅は、熾烈を極めた。火山の火口で炎の聖獣サラマンダーの力を、大渦の中心で水の聖獣ウンディーネの力を。その度に、私の魂は、その膨大な力に飲み込まれそうになりながらも、シルヴァンや仲間たちの想いを支えに、耐え抜いた。
そして、ついに、最後の聖獣、風を司るシルフの力を得て、私は、決戦の地へと舞い戻った。
私が戻った時、王都前の戦場は、絶望的な状況だった。冥府の王アスタロトの圧倒的な力の前に、騎士団は壊滅寸前。リオは深手を負い、セレスティアの聖なる光も、尽きかけている。そして、シルヴァンは、満身創痍になりながらも、ただ一人、アスタロトの前に立ちはだかり、私たちが逃げるための時間を、必死で稼いでいた。
「シルヴァン!」
「……主か……! 間に合った、ようだな……!」
彼は、血塗れの体で、それでも、嬉しそうに、笑った。
「――そこまでです、冥府の王」
私は、アスタロトの前に、静かに降り立った。私の体からは、生命の緑、炎の赤、水の青、大地の黄、そして風の白、五色のオーラが、穏やかに、しかし力強く、溢れ出していた。
「……ほう。僅かな間に、随分と、神々の匂いを身に纏ったな、小娘。だが、所詮は、借り物の力。この我を、止められると思うか」
「ええ。わたくし一人では、無理でしょう。ですが……」
私は、後ろを振り返った。そこには、傷つきながらも、私を信じる瞳で、立ち上がった仲間たちがいた。
「わたくしは、一人ではありません!」
私の言葉に呼応するように、シルヴァンが、雄叫びを上げた。彼の体から、銀色の光が迸り、その傷が、癒えていく。それは、私の生命の力が、彼と共鳴し、その力を増幅させている証拠だった。
リオもまた、剣を杖代わりに、立ち上がる。セレスティアは、最後の力を振り絞り、聖なる祈りを捧げ始めた。
「――いざ、尋常に、勝負!」
世界の運命を賭けた、最後の戦いの火蓋が、切られた。
アスタロトの振るう、魂を刈る鎌を、私は、大地の力で作り出した岩の盾で防ぐ。彼が放つ、闇の波動は、風の力で受け流し、炎の鞭で反撃する。水の力で、仲間たちの傷を癒し、生命の力で、皆の気力を奮い立たせる。
シルヴァンが、その俊敏さでアスタロトを撹乱し、リオが、その隙を突いて、渾身の剣撃を叩き込む。そして、セレスティアの祈りが、私たちの体に、聖なる加護を与えてくれる。
私たちは、完璧な連携で、冥府の王を、じりじりと追い詰めていった。
「おのれ……! 寄せ集めの光が、この我を、ここまで追い詰めるとは……!」
追い詰められたアスタロトは、最後の手段に出た。彼は、自らの魂を喰らい、その体を、何倍にも巨大な、異形の怪物へと変貌させたのだ。その口から、世界そのものを、無に還すほどの、強大な闇のブレスが、放たれようとしていた。
もう、防ぎきることはできない。誰もが、絶望に顔を曇らせた、その時。
私は、覚悟を決めた。
「セレスティア!」
「はい、姉様!」
私たちは、互いの手を、固く握りしめた。始まりの聖獣の五つの力と、セレスティアの聖なる力。そして、二人の聖女の魂。その全てを、一つに束ねる。
『双子の魂、一つになりて、神々の門を開くべし』
母のペンダントの言葉は、天の使徒を呼ぶためのものではなかった。それは、この星そのものの、始まりの力――創造の力を、呼び覚ますための、最後の鍵だったのだ。
私たちの体から、虹色の、全てを包み込むような、優しい光が溢れ出した。
「――還りなさい。あなたが生まれた、静かな闇の中へ」
虹色の光は、闇のブレスを、飲み込み、そして、異形の怪物となったアスタロトの体を、優しく、包み込んでいった。それは、破壊の光ではない。全ての存在を、そのあるべき場所へと還す、調和の光だった。
「……馬鹿な……。この我が、こんな、温かい光に……。これが……愛、か……」
断末魔の叫びではなく、どこか、安らかな響きを残して、冥府の王は、光の中に、溶けて消えていった。空に開いていた、冥府の門もまた、静かに、閉じていった。
戦いは、終わった。
私たちは、勝ったのだ。歓喜に沸く、仲間たち。しかし、私は、その場に、崩れ落ちていた。全ての力を使い果たし、私の体は、もう、限界だった。
薄れゆく意識の中、シルヴァンと、リオが、私の名を、必死で呼んでいるのが聞こえる。
『――よく、やり遂げた、我が同胞よ』
始まりの聖獣たちの、優しい声が、頭の中に響く。
『褒美として、汝に、選択肢を与えよう』
『一つは、我らと共に、この星の理そのものとなり、永遠の時を生きること。汝は、もはや、人間を超えた、神に近い存在となったのだから』
『もう一つは、その全ての力を、この地に還し、ただの、一人の人間の娘として、残りの生涯を、生きること』
神となるか、人として生きるか。
私の脳裏に、浮かんだのは、森の、穏やかな日差しだった。モフモフの聖獣たちに囲まれ、土をいじり、薬草を育てる、ささやかな日常。
そして、私の不器用な優しさに、呆れながらも、嬉しそうに笑う、銀色の狼と、実直な騎士の顔。
私の答えは、決まっていた。
「……わたくしは、人として、生きたい」
私の選択に、始まりの聖獣たちは、満足したように、頷いた気がした。
私が、次に目を覚ました時。そこは、見慣れた、森の小さな家の、ベッドの上だった。
私の体からは、あの、神々しいほどの力は、綺麗さっぱり消え失せ、神殿で「偽り」と呼ばれていた頃の、微かな力だけが、残っていた。
ベッドの脇では、シルヴァンが、銀狼の姿で、心配そうに、私の顔を、舐めていた。そして、その向こうでは、リオが、安堵の涙を、流していた。
「……主……!」
「エリアーナ様……!」
二人が、同時に、私の名を呼ぶ。
数年後。
王国は、聖女セレスティアの下で、平和な時代を築いていた。
そして、私は、森で、聖獣たちと共に、穏やかに暮らしていた。私は、もう、聖女ではない。ただの、森の、薬草師だ。
私の隣には、いつも、二人の、かけがえのない存在がいた。
一人は、人型になる力も、かなり弱まってしまったけれど、相変わらず、私の番犬気取りで、過保護を焼いてくる、銀色の狼。
そして、もう一人は、騎士の地位を捨て、森の守護者として、私の隣で、畑を耕すことを選んだ、実直な、元・騎士。
「おい、エリアーナ! 今日の昼飯は、俺の作った鹿肉のシチューだぞ!」
「あら、リオ。楽しみね。……こら、シルヴァン! 鍋の肉を、盗み食いしないの!」
そんな、他愛のない、けれど、かけがえのない日常。
私は、神になることよりも、ずっと、価値のあるものを、手に入れたのだ。
愛する者たちと、手を取り合って、笑い合って生きていく、この、温かい、未来を。
私の物語は、世界を救う、壮大な英雄譚ではないのかもしれない。
これは、偽りの聖女と呼ばれた少女が、自分の本当の居場所と、幸せを見つけるまでの、小さな、けれど、とても、温かい物語なのだ。