偽りの聖女とモフモフ聖獣団
「偽りの聖女」と蔑まれ、神殿から追放された私。魔の森に捨てられ死を覚悟した時、私を救ったのは伝説の聖獣フェンリルだった。モフモフたちに過剰に懐かれ、私の第二の人生が始まる!
私の名前は、エリアーナ。この国の安寧を守る聖女の、双子の姉。けれど、私をそう呼ぶ者は誰もいない。皆、私のことを「偽りの聖女」と蔑み、石を投げるように冷たい視線を向ける。
妹のセレスティアには、国を覆うほどの強大な聖なる力が宿っていた。彼女が祈れば花が咲き、病は癒える。一方、私に与えられた聖なる力は、萎れた花を少しだけ元気にする程度の、微々たるものだった。同じ日に生まれたというのに、神はあまりに不公平だ。私は神殿の薄暗い一室に押し込められ、妹の輝かしい存在の「影」として、ただ息を潜めて生きてきた。
そんな日々が、今日、終わった。
「エリアーナ。お前はもはや、この神殿に必要ない。聖女様の御名に傷がつくだけだ」
神官長は、感情のない瞳で私にそう告げた。そして私は、一頭の馬に乗せられ、王都のはずれにある「魔の森」の入り口へと連れてこられた。ここは、凶暴な魔獣がうろつき、一度入れば二度と生きては戻れないと恐れられている禁断の場所だ。
「ここがお前の新たな家だ。せいぜい、魔獣の餌にでもなるがいい」
神官長は私を突き飛ばし、嘲笑を残して去っていった。森の入り口に、一人残される。不気味な木々が、まるで私を飲み込もうと腕を伸ばしているように見えた。遠くから、魔獣のものらしき咆哮が聞こえ、私の体は恐怖に震えた。
もう、おしまいだ。結局、私の人生は、誰にも必要とされないまま、こんな場所で終わるんだ。涙が溢れ、その場に崩れ落ちる。諦めが心を支配した、その時だった。
ガサリ、と背後の茂みが大きく揺れた。振り返ると、そこにいたのは、私の背丈を遥かに超える、巨大な銀色の狼だった。月光を浴びて輝く毛並み、鋭い爪と牙、そして知性を感じさせる黄金の瞳。その姿は、幼い頃に絵本で見た、伝説の聖獣「フェンリル」そのものだった。
「ああ……、最後に、こんなに美しい獣に会えるなんて」
恐怖よりも先に、そんな場違いな感想が浮かんだ。どうせ死ぬなら、この美しい獣に食べられるのも悪くないかもしれない。私は全ての力を抜き、静かに目を閉じた。
しかし、予想していた衝撃は、いつまで経ってもやってこなかった。恐る恐る目を開けると、巨大なフェンリルは、私を襲うどころか、その大きな体を折り曲げ、私の目の前に恭しく傅いていたのだ。そして、その湿った鼻先を、私の頬に優しくすり寄せた。温かくて、柔らかい。モフモフの毛並みが、私の冷え切った体を包み込むようだった。
『――主よ』
その声は、耳で聞いたのではない。直接、頭の中に、優しく、そして力強く響き渡った。
『ようやく、お会いすることができました。我ら聖獣の、唯一無二の主よ』
主? 私が? 何かの間違いだ。私は、聖なる力もほとんどない、偽りの聖女なのに。
私が戸惑っていると、フェンリルは再び、慈しむように私に鼻先を寄せた。
『貴女様が持つのは、国を縛る窮屈な「聖なる力」などではございません。万物と心を通わせ、魂を導く、気高き「魂の力」。我らは、この時をずっと、ずっと待っておりました』
フェンリルの黄金の瞳から、過剰なまでの喜びと忠誠が伝わってくる。神殿から追放され、全てを失ったはずの私。けれど、この瞬間、私の新たな物語が始まろうとしていた。モフモフで最強の聖獣たちに過剰に愛され、守られる、自由で、そして波乱に満ちた第二の人生が。