表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

3-2 魔に生きる存在

 狼が口を大きく開けて立ち上がる。震える後ろ足を庇うように、残りの足で無理やり立っているようだ。


(これは間違いない! 『フェンリル』!)


「ガウ!」


「うわっ!」


 フェンリルが吠える。すると連動するように足元に複雑に入り混じった”魔法陣と魔術文字”が現れ、灰色の雲が上空に集まり、ボクの目の前に雷が落ちてきた。


 狙いが外れたのか、牽制の一撃か。当たらずに済んだが、ボクは鋭く息を呑み警戒心を高める。生前、戦ったことがあるから分かる。


 この大きな銀狼は「フェンリル」と呼ばれる魔獣だ。


 元々は神の獣だったのだが、先祖のフェンリルが堕天し、その末裔は邪悪な存在として人間界で嫌われるようになった。子孫のフェンリルは雷を操り、人々の脅威として存在していた。


(しかし変だ。この世界に魔族も魔獣もいないはずでは?)


「グゥ......」


 早速、父の話と矛盾が生じて困惑する。


 ......いないはずの魔族に魔獣。元勇者は思い出す。


 勇者になり始めてすぐの頃。まだ未熟な自分と仲間たちは、不運にもフェンリルに遭遇した。


 当時から悪名高いフェンリルの力は想像以上で、十五歳の自分と、エルフ、ドワーフ、祈祷師の四人ではかなり苦戦した。


 人間とは違う体系の魔術の行使。つまり()()()()で雷を操り、自身は巨大な体格による暴力で喰いかかってくる。いくつかの共通点は、この目の前の狼にも当てはまりそうだった。


 ——つまり、()()()()()()()()()()()()()フェンリルを、今の自分が倒せるのかということだ。このフェンリルが、ボクの知る個体と同じくらい強いならの話だが......。


 だから警戒する。目の前の狼が悪意を持っているなら、不完全な勇者の力を引き出して戦わないければならない。相手の動き全てを逃さまいと、ボクは歴戦の記憶を呼び覚まし、瞬きを抑えて冷静に杖を構える。


 対してフェンリルはボクを見下ろす形で牙を向けたまま、一切の動きを見逃さまいと、強い警戒心を感じる目で睨みつけてくる。


 試しにすり足で後ろに下がろうとすると、ジリッという音に反応して、フェンリルは耳を立てる。ここで闇雲に動くのは危険だ。効果があるか分からないけど......。


「落ち着け。ボクはお前を襲わない。ただ通りすがっただけだよ」


「......」


(敵意は薄い? というより何を警戒している? その怪我は誰にやられて......)


 安心させるように、ダメもとで声をかけてみる。フェンリルが怪我をしていることは、初めて見た時に気づいていた。どうやらその怪我を負わせた相手の仲間だと思っているのか。


 ともかく宥めて様子を見る。そのつもりだったのだが。


「騒がしい犬め。逃げても無駄だと......」


 野太い重低音のある声。加えて何か別の大きな足音が、森の奥から聞こえてきた。


 それがどんどんと近づいてくる。フェンリルはその声の主の方を向き、今にも吠えそうな唸り声を、その方向に飛ばしていた。


「むぅ?」


「お前は......」


 森から姿を現したのは、大きな二つの目と四つの複眼を持つ、四足歩行の焦げた色の肌を持つ魔獣だった。アレは魔界にいる、僅かに知恵を持った個体のはずだ。なぜこんな場所にいるんだ?


「なんだ小僧。邪魔だ!」


「っ......『ゴリアテ』か」


「なぜ我が名を知っている?」


 ゴリアテが巨大な首を小さく捻って傾げる。四つの複眼と大きな二つの目が、ジロリとボクを見下ろす。相変わらず不気味な瞳で、禍々しいヤツだ。眼光は鋭く、二つのツノを持ち、刃を通さない肉体は凶悪。並みの冒険者では相手にならないと言われている。


 そんな魔獣と出会ってしまった。ボクは警戒心を緩めず、武器ですらない羊飼いの杖を握ったまま、ある質問をする。


「ボクも知りたい。なんで滅んだはずの魔獣や魔界の者がいる。ここは平和な人間の世界だぞ」


「何の話、だ? 意味が分からんぞ、小僧!!」


(やはり『魔族』という認識はないのか。しかし、困ったな)


 魔界について、魔族について。知っているのなら聞いておきたかったが、目の前のゴリアテは知らない様子。


 痺れを切らしたのか、フェンリルを避けて、まずは矮小な人間(ボク)を潰そうと突っ込んでくる。


「『アルテム・フランマ』!」


「ぬっ、魔術? しかしなんだ、飛んでくる羽虫以下ではないかァ!」


 口詠唱で”炎の塊”を言葉で呼び出す。

 巨大な火球を投げつける、前世で慣れ親しんだ魔術だ。


 しかしその球は拳ほどの大きさしか無く、威力はお粗末なモノだった。つまり発動に失敗したみたいだ。やっぱりダメだったか!


 失敗したと分かるや否や、すぐにゴリアテの突進を避けることに集中する。木々の間に身を隠し、様子を伺う。


「臭いで分かる。隠れても無駄ヨォ!」


(やっぱり魔力の扱いが上手くいかないか)


 練習が功を成さない。肉体に勇者の技量が追いついていない。希望的観測をするなら、そんな状況だろうか?


(それかボクの力は......)


 だから会得した魔術は、やり方を知っていても頼りにならない。恐らくレベルというものに追いついていないのだろう。


 それが上向き(ポジティブ)の考えなのは、どこか首を縦に振って頷くには違和感のある感覚だった。あるいはボク自身、潜在意識の向こうで何かを悟り、感覚で理解しつつあるのかもしれない。


 初歩的な技術ならどうかと検討して、首を小さく横に振る。以前、杖に魔力を流すだけだと、限度があると修行で思い知ったことがある。


 魔力を集めて作る、両手に実態のない剣こと『魔力の剣』を作っても同じ結果だろう。だったら残された手段は一つ。


(......『女神の剣』! 良かった、これは使える!)


 戦局を判断をして、ボクは「女神の眼」と同系統の力を引き出す。


 生前に女神から授かった力。感謝と寵愛の印であり、友人たちからのささやかな贈り物だ。どうやらこちらの力は引き出せるようで、安堵と共に別の感情を確かに抱く。


 しかしその一瞬の気持ちも消え、代わりに妙な違和感を感じた。まるで力が抜けるような......?


 疑問がそのままボクの首を傾けさせる。だけどこの時は戦闘に集中していて、その正体に辿り着くのが遅くなってしまった。


(今は力を扱うことだけに集中するんだ!)


 女神の力を杖に纏わせる。体を後ろから優しく抱きしめ、包み込むような光が杖を覆う。上手く付与できたのを確認し、隠れていた木から飛び出し、杖をゴリアテの体に向かって振りかざす。


 死角の方から仕掛けたのだが、臭いでばれていたせいか、回避行動を取られてしまった。


 しかしそんな些細な行動に合わせて攻撃し、追従することができてこそ勇者だ。細い足で踏ん張り、地面を蹴って逃げようとしたゴリアテの横腹に向かって、杖の先端に集めた光の刃を突き刺す。


「ぐふぉっ!!」


「ふむ、浅いか。それに妙な手応えだな。魔族に効くはずの”光”が効かないとは」


「だから、何の話だァ!」


 再び回避。攻撃を避けるが、ゴリアテはなかなかの強さだ。これは骨が折れそうだぁ、例えでも実際の方でも......。


 いつ攻撃を喰らって死ぬか分からない、ならば近接を避けるべきか。試しに近くの石を拾って身を隠す。


(石に”魔術文字”を。手順を踏んだ、これならどうだ?)


 口での詠唱がダメなら、より初歩的な技術で。指先に集めた光を使って石に文字を刻む。


 刻んだのは「投擲」の力を示す文字。それをゴリアテに向かって、木を挟んだ状態で投げつけた。


「グアア!」


(よし、これなら逃げ回って戦えるな)


「ツゥぅ......ウォぉぉ! 燃え広がれェ!」


「!!」


 逃げ回れば勝てる。勝ち筋が何となく見えてきたような気がした。しかし、その甘い考えを断ち切るように状況が一変する。


 あともう少し試してみたかったのだが、ゴリアテの怒りが爆発したのか。かの魔獣の怒声に連動して魔力が内側から飛び出し、その余波を浴びた草が燃えていく。


 周囲が炎に包まれる。森が焼かれ、草木の命が消えていく臭いが漂ってくる。


 口元を覆って、右手の杖を構える。


「遊びは終わりだッ。本気の戦いでお前を殺すぞ!」


 隠れ場所がなくなった。正面切って、戦うしかないようだ。


 炎から逃げていたフェンリルが唸る。ボクもこの世界で初めて、体の内側から緊張する。


 久しぶりに感じる命のやり取り。その緊迫感に身を包まれて、立っていられる人間はそうそういないだろう。


「”遊び”か。どうやらボクは今まで、無意識に君をおちょくっていたらしい。失礼だった、敬意が足りなかったかな」


「ヌゥぅ」


 余裕があったわけじゃない。でも所詮はゴリアテだと、ボクはたかを括っていた。

次回更新は20〜22時、3-3をアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ