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2-3 滅んだ魔族と消えた魔族と神々の気配

「真実の眼が伝える」

・ソレは、”スキルシステム”に押し込まれたアナタの力。勇気ある魂の輝き。

・導きはアナタの手に。”花”は咲くことなく、待ち続けている。

 ——ボクが十歳の時。その事実は発覚した。


 村での収入と生活の安定、そして周辺の”治安維持”の任務のため、こんな辺鄙(へんぴ)な村で「剣豪」の母は道場を構えている。


 時間が空いた時には道場を飛び出て休憩がてら、片手間に愛息子のボクに稽古をつけたがるのだ。この日も嬉しそうに「今日も張り切りましょうね〜」と、息子の気も知らずにやってくる。


 ”元勇者”に剣術を教えるとは、昔の仲間が聞いたら笑って転げそうな事態に、ボクも最初はどうしたものかと悩んだ。しかしそれは、傲慢が呼んだ杞憂だったと分からされた。


 母さんは......思ったより強かった。何度か舐めてかかって怪我もするくらいには。


「イタタ。母さん、本気ですか?」


「ちょっとだけね。とはいえエディ、どこで覚えてきたの? 私の剣と違わない?」


「あっ、いえ......夢で見たんですよ」


「夢で見た? フゥン。まあ、そう言うことにしましょう。エディ、変な癖は基礎の邪魔になるだけですよ〜」


「あはは......」


 母は木刀を握り、ボクは木の棒を握って打ち合っている。なぜ木刀を使わないか? 今世においてボクは「剣」を握れないのだ。


 元勇者がなんたるザマか。木刀を握ると不思議と粉々に砕けてしまうのだ。呪いか何か分からないけど、気づいたときは「ハハハ」と、流石に乾いた笑いが止まらなかった。


 それに記憶の中の、元勇者の剣術を使っていることも勘付かれている。長き鍛錬と戦いの末に完成した勇者の技。それは多岐に渡るが、剣術も例外じゃない。


 姑息な手、強大な一撃、あらゆる戦術を使う魔族に対して、ボクは対応することのできる技術を身につけた。


 それがどうしてもこの体で、前のめりになって出てきてしまう。特に母に負けないように食らいつくと、記憶に染みついた癖を出してしまう。それだけは避けたい。


 しかし、稽古にどんどん踏み込んでいって、熱が入りすぎると......。


「さあエディ、続きよ〜!」


「は、はいっ(今はとりあえず、特訓に集中しよう)」


 余計な思考を振り払う。今日も今日とて、ボクは母の稽古に付き添うのだった。



 ——その日の夜。


「はぁ。ダメか」


 生まれてから十歳になるまで、ボクは前世の技術の再現を試みた。


 それは魔法や魔術。奇跡。この体に何ができるか、一通り試したのだ。


 具体的には、六歳の頃に出会った”ある人物”の指導の下、魔力の扱いを少しづつ覚えた。おかげで最初の”浮遊”からいくぶんかマシな魔力コントロールを体で覚えた。


 それから現在まで、地道に個人としての成長を、さまざまな角度で試してきた。


 だが結果は......あまり芳しくなかった。つまり、才能が無いんだ。”なんでもできた勇者”だった自分からは想像もつかない程に。


「う〜ん、一部使えないのはどうしてだ?」


 なぜだ? と頭を抱えるけど分からない。


 魔力の扱いを覚えることで、”勇者の力”を限定的に再現することができるようになった。だが長続きせず、魔力の調整に時間もかかり、安定しない力となっている。


 思えば体力的に、少年の体では厳しいのだろうか。肉体的な強度は明らかに下回っている。筋肉質な体から、ひ弱な少年の体になったのだから当たり前だ。


 つまり、認めると少し悲しいが「勇者はほとんどの力を失った」と捉えるべきなのだろう。


(魔力で無理やり力を強化できる。でも、昔の力に遠く及ばない。ボクの体は、驚くほどに”普通”だ)


 これは勇者に覚醒したあの頃に比べて、力で見れば嘆くべきなのだろう。おお神よ、なぜ私から全てを奪ったのか! と......。


 魔力だけは”あの人”曰く「人並外れている」らしいが、それ以外は微妙なラインだ。魔術の特訓だって、何度か死ぬ思いをしてやっと身につけたのがいくつかの属性だけ。


「あの頃のように超人的な力は無い。......これが『普通』なのかな」


 勇者として生きていた頃は、様々な技術や力を簡単に身につけられた。対して今は、魔術の方面に適性があるくらいで、特に魔力の扱いが難しくて上手くいかない。


 魔王を倒した全盛期の半分にも満たないのが現状ということだ。失ったことは嘆きたくなるし、苦労の末の結末がこれだと思うと少し寂しい気もする。だけど今世に必要のない、過剰な力なのは間違いない。


(そうさ。今のボクは羊飼いだ。それに......)


 生前からお引越しできた力は「勇者の記憶とわずかな力」だけじゃない。


 自らの両目に魔力を集めて、手のひらを見つめる。眼で見た対象の情報を、頭の中に書き起こす。そう、これこそが——。


「勇者に宿る借り物の力......その一つ『女神の眼』。これで自分のスキルとステータスを確認できる。しかしまあ、なんでこの力はあるのか」


 生前授かった()()()()。その一つが「女神の眼」だ。


 これは”真実の瞳”。......”ある女神”の前で嘘はつけない。その力の再現というべきか。


 自分の頭に流れ込む情報。それはエディデア・ダンデライオンの名前と年齢、そして各能力値と、スキルの詳細が細かく流れ込んでくる。


 ------------------


【名前】エディデア・ダンデライオン

【年齢】十歳

【性別】男性

【種族】ヒューラン


【能力値】魔力が()()()多い。それ以外、平均。魔術の適正あり。


()()技能】—— 羊飼いの極意・(ブレイブ)

 —— 幽○▲......


 ------------------



(ボクのスキルは......『羊飼い』だけ。しかもなんだ? 『(ブレイブ)』って)


 ボクの肉体に宿ったスキル。それは普通の「羊飼いの極意」では無かった。この力の詳細がわかったのは、もう少し先の話になる。


(それに、なんだか()()()()()()ような.......)


「真実の眼が伝える」情報は、ボクの視点ではない神の眼で見通すモノ。だから頭の中に流れ込んでくるのは、例え自分相手に分析しても第三者視点の語り手となる。


 だが”今の自分”に対して使うと、不発に終わったり、今のように曖昧なことしか伝えたりしない。これが意味することは、今のボクにはまるっきり分からないのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ——さらに二週間後。


 ボクは世界についての勉強も進めていた。


 いきなり歴史教育が始まったのは、王立学院の入試を受けるためだったのだと、今なら分かる。父がいきなり「歴史の授業だ」と、色々と教えてくれたのだ。


「このダンデライオン王国が樹立したのは、だいたい1500年前だ」


「かなり長い歴史ですね」


「ああ。今は王歴1520年。世界は広く平和を歩んできた。時々、国と国の衝突はあったが、大きな戦争など無いに等しいね」


「そうですか......。それは、よかった」


 元勇者として、今の言葉は純粋に嬉しい。自分が守ってきた平和が、魔族を滅ぼし神々を救い、人間界を安定させたことが、今に繋がっているのだから。


 胸の奥がじーんと来る。涙は出ないが、懐かしの人物の顔が続々と浮かび上がってくる。


「人の世界が平和なのは分かりました。じゃあ、”魔族”はどうしているのでしょう」


「??」


「父さん?」


「ああいや、平和なのはうん。そうだな。あの......『マゾク』って、なんだ?」


「......は?」


 魔族。この世界にだって、それは存在しないとおかしいはずだ。


 だって以前は当たり前のように奴らは世界を彷徨き、国や街は防壁を固めなければ奴らの侵略から身を守れなかった。


 魔族と交わった獣、魔獣もいた。そいつらは全員、滅んだわけではないはずだ。


 しかし、父の反応が明らかにおかしい。まるで聞いたことない単語を繰り返すような言葉に、ボクは思わず素っ頓狂な声で首を傾げる。


「悪い、父さんが聞き間違えたかな。その......」


「い、いえ。なんでも。ボクの思い違いでした。どうやら夢でうなされて......」


「そうだったのか。大丈夫か? ......大丈夫ならいい。続けるぞ」


 その後、聞かされた話は。元勇者が生きていた時代にはあり得ない、この世界の特徴ばかりだった。



 伝えられた歴史によると、今から約1500年前。王国ダンデライオンが樹立した。


 その経緯は一切不明。歴史書にはいきなり「国が起こった」としか書かれていない。


 そして人間の住む世界には、魔族はおろか神すらいない。”勇者”の伝説も、何一つ残されていなかった。


 平和が続く世界はしばらく続いた。それぞれの国は友好な関係を築き、文化の交流を深め、文明は発展を続けている。



(それがこの世界。多分......1500年先の未来の話か)


 1500年が経った今、勇者の活躍と神の存在、魔族は全て。泡が消えるように跡形もなく、消えてしまった。


 あまりに自分の知る世界と違う。本当にここは、”自分が生きていた世界の地続きの世界”なのか。それすらどこか、疑わしい。


(かつての世界は”三層”に分かれていた。上層は神の世界、アタラクシア。中層は人間界、下層は魔界だったはず)


 神は人々に力を与え、人間と協力し、魔界の侵略から魔王の軍勢と魔族を討ち滅ぼした。


 奴らは基本的に”純粋な悪”だった。魔族の中にも己の美学を持つ者や、善性を持つ存在はいたが、それは一万分の一の確率だ。


 そうして世界は成り立っていたはず。それがどういうことだ、全て存在しなかったことになっているじゃないか。


(神......"フレイヤ")


 ベッドの上に寝っ転がったまま仰向けになる。


 そのまま神の世界、天界アタラクシアに手を伸ばすように。自室の木の屋根に向かって右手を伸ばし、彼はつぶやいた。


「なあフレイヤ。ボクの声は聞こえなくなってしまったのかい?」


 返答は無い。部屋には静寂しかない。


 あのイタズラ好きの女神は、ひょっこりと横に現れることもなく。


 当たり前だったモノとの決別。それは勇者の強い魂に、一塊の大きな悲しさを与えるのだった。

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