2-2 失って、得た力
父が羊の世話に行ったので、自室に戻り、従魔のライカと話し合う。
(ご主人様。学舎に行かれると言うのは、本当なのです?)
「ん〜、そうだねぇ。ボクはこのまま、皆と一緒に羊飼いとしても過ごしてもいいとは思うんだ」
「ワン!(ご主人!)」
嬉しそうに尻尾を振り、飛びかかってくるライカの頭に手を置いて押さえ付ける。代わりにゆっくりと頭を撫でながら、満足そうな彼女の声を聞きつつ、静かに微笑んで考えを巡らせる。
前世では世界中を渡り歩いた。勇者という責務に縛られていても、僅かな好奇心は旅を豊かにし、仲間とはかけがえのない時間を過ごした。
その生涯は確かに楽しかった。同じくらい、辛いこともあった。
もう一度、そんな生き方をするのも良いのかもしれない。少なくとも生まれ変わって一度は、そういった考えも抱いたことがあった。
(でももう、旅をするのはいいかな。前世とは違う生き方も面白そうだ。それに、父との約束もできた)
悩みはある。消えた神の気配。その理由は知りたい。
というかここが本当に”未来の世界”なら、知りたいことは山ほどある。
その迷いは、振り捨てるには大きすぎる。
(”勇者”としての勘が訴えてくる。けど、あえてボクはそれを捨てよう)
膝の上にライカが乗っかってくる。小さく姿を変化させた従魔の頭を優しく撫でながら「ボクについてきてくれるかい?」と、確かめるように話しかける。
ライカは念力で会話せず、ただ「ワン」とひと吠えするだけだった。
決まりだ。勇者はその矜持を忘れ、一人の人間として、当たり前の世界を生きていく。
「ボクは羊飼いのエディデア。行こうじゃないか、”王立学院”に」
前世のしがらみは無い。ただ一人の少年としての立場を考え、王立学院に進学する道を決めた。
(そのためにはもう少しだけ準備が必要だな)
ふむと顎に指を当てて考える。
王立学院に進学するにあたって、ボクは自分の力をもう少し深く学ばないといけない。
(もう少し、羊と”スキル”の研究を進めるとしよう)
そうして残りわずかな期間。ボクは自らに芽生えた能力と向き合うことになったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——ダンデライオン王国。王立学院。
その入試は、とても簡単だった。
プライベートが確立された個室の中で、能力値とスキルの診断をこれから行う。ボクたちは列に並び、手続きを進めていくのみ。
実質、王国の入試というのは、ただの形骸化された手順に他ならない。まるで「王立学院への入学は当然」と言わんばかりだ。なんせ、書類を出して後の手順を進めれば、誰でも入学できるのだから。
(......凶と出るやら、吉に転じるやら。不安しかない)
はぁとため息を吐いて、同じ志を持つであろう他者に紛れて、書類の入った封筒を受付に提出する。
ここでバレることはない。だが他にも懸念すべきことはある。
父から聞いた話では、”能力測定”があると聞いた。
そしてそれは、色々な能力を数値化し、個人が持つ適性を「技能」という枠組みに当てはめて、隣にある半透明の情報板に映し出す。
無対策でこれに臨めば、ボクは自らの”秘密”を曝け出してしまうことになっていただろう。
「次! エディデア・ホフマー」
「はい」
手筈通りに母の旧姓を名乗り、王立学院に書類を提出した。これでひとまず、第一の難関は突破できた。
しかし第二の問題がある。口元をキュッと引き締め、一歩、二歩と進んでいく。ボクは手を、蒼い水晶玉の上にゆっくり乗せる。
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【名前】エディデア・ホフマー
【年齢】十五歳
【性別】男性
【種族】ヒューラン
【能力値】魔力が多い。それ以外、平均以下。魔術の適正あり。
【技能】—— 羊飼いの極意
—— ○▲......
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(やはり名前まで明らかに......危なかったな)
「ん? ......スキル『羊飼いの極意』。ああ、羊と犬を操るだけの力ですか。なんてことない平凡な技能ですね」
「あはは......」
「まあスキルが全てとは言いません。もう一つ、計器の故障でしょうか。何か......見えるような?」
「あはは、き、気のせいでは〜......」
「ふむ......やはり故障か。お疲れ様です。測定は終わりました」
「ありがとうございました」
水晶玉から手を離す。上手くいったと確信を抱き、心の中でガッツポーズを取る。少し心臓がドキドキして、取り繕っていた化けの皮が剥がれかけそうになったが......。
(本来なら王族『ダンデライオン』を名乗って、父の約束に近づくのも一手だけど......。相手は王族、しかも父を追放する連中だ、地道に考えを読んでいかないとな)
実は、水晶玉に手を置く前に、ボクはちょいと細工をした。
それは自らの「能力と名前」を擬態する方法。魔力を抑えるだけでなく、”羊毛布”を使って、能力測定の結果を誤魔化した。
これはスキル「詐称」という力だ。しかし、ボクは羊飼いである。ただの羊飼いに、盗賊が持つようなスキルは存在しない。
(やはり予想通りだ。使い所はハッキリ言ってポンコツだけど、このスキルは応用が効く!)
腰に忍ばせていた”紺色の羊毛布”がスゥッと消えていく。役目を果たし、自然界へと還元されていったようだ。
ギリギリのところでこのスキルは形になった。これまで苦労したものだと、”四年前の出来事”を脳裏に思い浮かべた。
次回更新日は明日の20~22時の間です。
2-3を投稿します。