第2話 王立学院への誘い
——時は進み、ボクの年齢が十四歳になった。
「ただいま、父さん。羊が一匹、頃合いだよ」
「分かった。ああそれと、話がある」
「ん? 話って?」
「そうだな。”ライカ”と荷物を部屋に置いて、楽な格好で来てくれ」
「うん」
いつものように、羊飼いの子供としての日常を過ごし、家に戻った時に父から話があると言われた。なんだろう、少し空気が重たい感じがする?
父は椅子に座ってテーブルに並べられた書類に目を通しながら、何かを考え込む様子だ。その後ろ姿をチラリと見て、とりあえず言われた通り、二階に上がって自室に入る。
「ご主人様〜! お腹すいた!」
「あとでな”ライカ”。あと念力で話してくれ。聞かれたら終わりだ」
「ワン! (分かった!)」
「よし。待ってろ、すぐ戻る。暴れて家を壊すなよ」
銀色の毛並みを持ち、今は”子犬”のような姿になった彼女の元気な一声を聞く。ある事情の成り行きで従魔にしたライカに言いつけを与え、部屋を出ていく。
大事な話とは何か。以前は確か、王族の末裔がどうとか。そんな話だった。
そして今回。リビングのテーブルに座ると、父は腕を組み、以前も目にしたような神妙な面持ちで待ち構えている。やはり気の迷いではなく、重大な話が待っている感じがする。
対して、台所で作業をしている母は、その様子を見て微笑んでいるだけだった。対照的な二人の様子に違和感を抱きつつ、父の顔を見て話を聞く。
「お前に”王立学院”の案内状が届いた」
「!! なぜ、今になってですか? まさか......」
王立学院の案内状。そう言って父はテーブルの書類を持ち上げて、ボクに見やすいように掲げてくれた。
書類に目を通すと、本当に王立学院から届いた書類だと気づき、ボクは目を力一杯に開いて驚く。まさか......嫌な予感がする。ボクは今世の羊飼いの人生に不満を感じていないんだ。
しかし想定していた最悪の事態とは違い、父は少しだけ表情を柔らかくして「いや、お前が思っているようなことじゃないよ」と、内心を見透かしたような一言を口にした。
その言葉の真偽はともかく、ボクは首を傾げて父の言葉に耳を傾ける。
「知ってるかい? この国の子供は十四歳になると、王立学院への入試が受けられる。だからお前宛に来ているんだよ」
「なるほど。そうだったのですか。だけど......」
「お前の懸念も分かるよ。まあ、本名を隠せばいいだけのことだ」
「それならお母さんの戸籍を使いましょ〜」
(本当に大丈夫なのですか、母よ......)
事情はわかったが不安はある。父の表情が完全に晴れない理由は、さながらボクの内心そのものだろう。
「しかし学院か。ボクの身分だと......」
「羊飼いとしての一生を過ごす。それもまた良いだろう。ただそれでも、学院での学びは貴重な経験になる」
「......」
それでも父親は不安を多少感じつつも、あくまでボクの背中を押す一歩となるような助言を口にした。
父の言い方は優しく、だから迷いが生まれてしまう。自分の存在が世間にバレると、恐らく”エディデア”個人としての平穏は遠ざかってしまう。
正直、避けたい事態ではある。ボクとって注目を集める生き方は、うんざりな部分があるのだ。
(”勇者”が嫌だった訳じゃない。しかし、再び似たような生き方をするのも......)
少し黙り込む。ここで結論を出すのは難しい。
もう少し、時間が欲しい。その内心が読まれていたか。
「だから父さんはお前の背中を押す。行ってこい、息子よ」
「父さん......」
「お前は、先祖が大切にしてきたこの国を、楽しんで生きて欲しいんだ」
「——」
最後に父は柔らかな表情でそっと支える程度の言葉を残す。後の判断はお前に任せると、自らの内に秘めた想いまで隠して手を添えてくれる。
これには少し、いやかなり、ボクの胸に響いてきた。違う自分の記憶があっても、ここまで育ててくれた両親には感謝しても仕切れない。
そして、最後の父の言葉が極め付けとなった。
「幽閉された過去」を持つ父が、それでも国を愛して、ボクに「楽しめ」と言ってくれた。
......だからかな。ボクは考えるより前に、踏ん切りつけるように宣言してしまった。
「父さんっ」
「ん、なんだ?」
「ボク......自分のためにも学院で学びます」
「ああ。それでいい、だから——」
「そして、いつか......貴方が堂々と胸を張って生きられるように、今すぐは無理でも......この名前に恥じない大人になってやります!」
「なっ......。......そうか」
「はい」
父との間に僅かな沈黙が流れる。父の言いたいことは顔に出ているが、言葉にせずとも理解している。それは向こうも同じだ。
確かに難しい。父はボクに重荷を背負わせたくないと思っているのも、表情から伝わってくる。
分かっている。”ボク”の平穏だって大事だ。でも......。
——”元勇者”ではなく”エディデア”という、ダビ・ダンデライオンの息子として、父が理不尽に虐げられていたというのは看過できない!
例え、覆せない事実だとしても、父の感じた無念はボクのポリシーが放って置けない。
追放されたという王族に見返したいという気持ち。そして、平穏を望む元勇者の気持ち。一筋縄でいかないことは確かだ。
それでも、こんなのは......世界を救った程度に比べて朝飯前の困難だ!
「エディ......ふふ、アナタ?」
「......ああ! がんばれ、エディ!」
「はいっ。だから父さん、新しい杖を買ってください」
「おう、任せろ!!」
母や父の瞳がウルっとなるのを見逃さなかった。今にも飛びついて息子に抱擁をくらわせそうな父に微笑み、ボクはさりげなくおねだりする。
仕事にも魔術にも使える杖がちょうど欲しかったんだ。しかしボクの小遣いで届く範囲ではない。気持ちを利用するようで悪かったが、父の言質も取れたことだ。
ボクは喜びが堪えきれないのを確かに感じながら、口元を隠すように手を当てて、二階へと戻っていった。