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第21話 エピローグ 明瞭/幽玄

 時々、夢を見る。


 人々の祈りと願い、そして憎悪が含まれた最強の聖剣を握り、世界の敵と戦い続けた時の光景を思い出す。


 どれだけ魔族を斬ろうと錆びることも無い。悪に落ちた人間や神を切り捨てても、その血を弾く光が、狂気の正義を後押しさせる。


 ただひたすら狂ったように、魔族を斬り、悪を殺し、同胞だって手にかけ、私情が微動だにしなくなるまで責務に身を費やした。


 剣が手から離れなかった。聖剣が呪いのように、常に自らに付き纏っていた。それは時々、疎ましく感じても、数秒後にはその想いすら消え去っていた。


 常人には耐えられないと誰かに言われた。お前は狂っていると罵られたこともあった。魔族以上に無慈悲だと敵対者に嘲笑われたこともあった。


 ......だから、どうだと言うのか。それ以外は不要な要素。自らはただ、人々の平和と友のいる美しい世界を守りたいから戦っただけだ。


 ——自分ではうっすら気づいていても、その精神性が”勇者”たる素質であり、走り続けた彼しか持ち得ない物だった。いつしか彼は、見つめることをやめてしまった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「......」


 目が覚める。右手が重たい。聖剣でも握っているのかと思えば、枕の下敷きになっていただけらしい。


 少し痺れた右手をゆっくりと閉じて開き、体を起こす。自身に強烈に刻まれた過去の記憶が、”エディデア”という人生を夢だと思わせるような。奇妙な感覚に身を浸しつつ、ベッドから降りて窓の外を見る。


「そうか、今は”エディデア”だった」


 まるで確かめるようにボソリと呟く。窓の外は平和な学院の景色と、遠目には王都の光景が広がっている。


 これは夢じゃないかと勘違いしそうになるほど、平和で美しい。


「夢......」


 ボーッと上の空のまま右手を見つめる。やがて意識をハッキリさせるように頭を振って、朝の支度を始めて——。



 ——流れるように時間が過ぎていく。


今は魔術の授業を終えて、お次は錬金術の授業の時間だ。いつもより、時の流れがあっという間に感じる。


 錬金術はボクが苦手とする分野だ。一年次は必修科目で強制参加だが、次年度からは選択式なので、今だけ頑張れば良い分野である。


 苦手とはいえ面白い。簡単なポーション制作の派生で、やろうと思えば自身の扱う”羊毛布”に似た性能を再現できる。それを試したくて、やりすぎて失敗する。そういう部分はちゃんと、師匠譲りだ。



 昼になると、学期の最初期に比べて落ち着きを見せ始めた食堂にて、定位置に座り昼飯を取る。


 それが毎日で、時々、ボクを訪ねる見知らぬ学生や知り合いと話す。


 今回はボクにとって初の友人と呼べる存在。シオンが、食材の並べられたプレートを持ってきて、何も言わずスッと隣に座った。


「エディ、元気ない? 魔力が足りない?」


「ううん、そうじゃないよ」


「?」


「思い出していただけ。......今日は少し、一人で考えたい。ごめんね」


「あっ。うん、分かった」


 余計な心配というか、今朝から続く余韻が長引いている。それを感じたシオンが尋ねてくるが、曖昧な返事をして、昼飯を口に運ぶ。


 ......その後は学院を歩いて、庭に行って、ベンチに座らずに花を意味もなく眺めるように歩いて。


(夢を見たからかな。今日はどうしても、思い出してしまうなぁ)


 遠い過去の記憶。しかしハッキリと、前世の思い出が脳裏に甦ってきた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「花を愛でるのが好きなんだ」


「まあ、嬉しい。私の愛が届いたのね」


「君もみんなも、ボクは大事に思っているよ」


「むぅ......。そういうワケを聞きたいんじゃないのですけどね」


 魔王や魔族を倒し、世界に平和が訪れて数年後。


 勇者は聖剣を手元から放し、仲間とも離れ離れになり、辺境の村に移住して余生を過ごすこととなった。


 誰もボクのことを知らない、平和な農村で、彼はポツンと一つの古い家屋に孤独に住むことになった。そうなった経緯はかなり複雑で、ボクはどうでも良いと感じる出来事だが。


「でも貴方が、穏やかに過ごしている姿を見るのは、私たちにとって大事なことなんですよ」


 そんな離れの家に、彼のことを尋ねて客人がやってくることがある。


 踊り子のように綺麗なヴェールを体に纏い、長く緑色の髪を伸ばし、頭には大きな花冠をつけている、とびっきりの美貌を持つ女性。彼女は他のどの客人よりも、勇者のところに尋ねては、イタズラや世間話を楽しんでいた。


「加護を与えた君たちには感謝しているよ」


 どこか嬉しそうに微笑む彼女に、武器を失った若き男(ボク)が言葉を返す。


——「感謝」がなんのことか分からなくとも、彼の語り口調や表情からは、どんな人間であれ「優しい好青年」だと感じるだろう。


 そんな人に感謝の言葉を言われると、普通なら無条件で温かい気持ちになるかもしれない。しかし、美しい姿を陽の下に曝け出しながら、若き勇者が愛でている花を眺めている彼女は違った。


「私......フレイヤ。剣神アレス。その他にもさまざまな神々から愛された貴方の余生までも、奪わせるわけにはいかないの」


 このやり取りは何度目か分からない。勇者として現役の時も、引退騒動の時も、何度も話題となったことだ。勇者に対し、申し訳ないと思っているのはよく伝わっていた。


 だからボクは「別にいいよ」と、淡々とその話題を振り払う。そしていつも、フレイヤを含む数名は「そんな訳にはいかない」と怒ってくれる。


 だが此度の彼女は「もう、煩わしい思いはしませんものね」と、共感するように、若干呆れた様子で肩をすくめ言った。


その様を見ても、ボクは何か特別な言葉を返すわけじゃない。ただ、”終わった物語”を思い返して、雑談のネタとして消化するだけだ。


「......ボクは別に、この生き方は嫌いだと思ってない。昔、言われたことがあるんだ。『お前を駆り立てるものはなんだ?』って。答えるまで返さないと言われてね」


「あぁ......あの時は大変でしたね。それで何と答えたの?」


「言うしかないから理由を探した。世界を旅するための僅かな好奇心と、勇者としての責務がボクを導いているって」


「......」


「それを聞いた”あの人”は『お前は悲しいほどまでに、勇者の素質を持っている』と言っていたね。そのあとはあっさりと解放されたなぁ」


 旅の途中で試練にあった。仲間と共に、自分に対する問答と答えを用意しなければ出られない空間に閉じ込められた。ボクを気に入らない神の一派の仕業だったっけか?


 その時、勇者に尋ねられた内容について、懐かしいと思い出す。他の仲間は出てくるまでに時間を要したが、勇者は閉じ込められて数分で外に出られた。


 なので大した話でもないのだが、フレイヤを含む数名はその話を聞いて顔を真っ青にしたものだ。


 ()()()()そこは、偽りの答えは通用せず、自分の芯を持たない者は一生出られない幽閉所なのだから。


 危うくそこで冒険が終わるところだった。出られてよかったと話すと、今のフレイヤのように数名が()()()()をするのだ。「()()()()()()?」と考えても、ボクには分からないし興味もないけれど。


「次に同じことがあっても、同じ答えは言わせられません」


「? もう終わったことだよ。それに今は、花を愛でるのに忙しい」


「だったら私......っ」


 フレイヤが黙り込む。以前も一度だけ、似たような空気になったことがあった。


 旅が終わってすぐ、フレイヤ含む数名の女神が、勇者のところにやってきた。


 各々が感謝とお別れの言葉を口にし、最後に彼女だけが、口にしようとした言葉を押さえ込んだ。


「......()()()()()、私たちはそばにいますから」


 代わりのようにフレイヤは、”はにかむような笑顔”でこの言葉を送ってくれた。女神からの寵愛の言葉を、当時の勇者は純粋にありがたい気持ちで受け取り、微笑み返すだけだった。


 ——その真意は分からない。結局、勇者は寿命で死を迎えるまで、彼女の”胸の内に秘めた想い”を受け取ることはなかったのだから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ——昼休みが終わる予鈴が鳴った。


 ハッと我に帰る。花を眺めたまま立ち尽くしていたらしい。


「......今でも分からない。君はボクに何を言いたかったんだい?」


 花に話しかけるように呟く。当然、イタズラが好きな女神の姿も声も無く、ただそよ風が庭を通り抜け、花を揺らし、ボクの髪を優しく撫でるだけ。


「もし()()()()()()()......ボクはきっと、答えられない」


 勇者の責務から解放された。旅をしたいと思う好奇心も無い。


 それだけしか許されなかった彼の精神性は、満点の答えを出すことは不可能だろう。


 ......役割が変わろうと、姿形が生まれ変わろうと、ボクはあの時「最善の行動」を選んでしまった。まるで勇者のように、犠牲を注いでシオンたちを助けた。


 ——自覚の無い悪癖。最悪の自己犠牲。彼は、過去には縛られるつもりはない。勇者としての矜持は忘れて、一人の学生としてこの学院に進み、日常を過ごすことを望んでいる。


『ナイン・オブ・ブレードなど知ったことでは無い』


『魔神など自分とは関係無いし、なるはずもない』


『お前はもう、その道を選ぶ必要はない』


 そう言い聞かせても、勇者の精神性はまっすぐと歩く事を許さない。一歩ずれた道を無意識に歩かされていると、自覚することなくどこかでうっすらと匂わせてくる。


 目の前に悪が現れたら、視界に入ったそれを排除する。求められる役割ではないと分かっていても。



 ——この世界でエディデア・ダンデライオンが果たすべき事は、まだ無いかもしれない。


 ではなぜ必要のない無慈悲な善性は、再びこの世界に誕生したのか。


 小さな悩みの種。自分が少しづつわからなくなってくる。


 グリモワールに言われてから、この疑問が強くなってくる。自分は一体、”どちら”なのか......と。



「エディ」


「シオン……」


「クッキー。一緒に食べよう」


 一人にしてくれと頼んでいたが、シオンがいつの間にかそばにいた。彼女の方を向くと、片手で何かを渡そうとしていることに気づく。


 彼女のお気に入りのお菓子。この日はプレーンクッキーだ。それをゆっくりと差し出してきた。


 チラリと顔を伺うと、ものすごく食べたそうに我慢しているのが分かる。


 その表情を見て、ボクは口を少し開いて、固まった。続いて小さく吹き出し、笑ってしまった。


 考えるのがバカらしくなるくらいだった。シオンはキョトンとした顔で、そんな彼女に「ありがとう」と言って、クッキーを一枚受け取る。


(何をバカな事を。ボクはボクだ。今はそれでいいじゃないか)


「おいしい?」


「うん。少し頭の霧が晴れたよ」


「よかった。……時間、無い。じゃあ、また」


「またね」


 次の授業が待っている。エディデア・ダンデライオンの人生はまだ始まって間もない。


 何を使命感に駆られる必要があるのか。シオンや他の仲間たちのことを、勝手に守るべき対象として見るのは思い違いだ。


 たった一枚のクッキーを貰って、不思議と複雑な考えは吹き飛んだ。それがおかしくて、笑いが吹き出してしまった。


 戻ろう。午後の授業が始まる。「魔神」と遭遇してから異様に強く、この胸に燻る悪癖と使命感に蓋をする。


 まだ、自分が「勇者だった頃の記憶」を持つ理由を、探る日ではない。”幽玄の姿”を追いかけるのは、今ではないのだ。

少し解説です。

元勇者の中に巣食う精神性は、”エディデア”を生きた歳月よりも圧倒的に長く染み付いています。


癖が体から抜けないのと同じ。もはや無意識下で、人々のための犠牲になる道を選んでしまうことがある。それが”エディデア”という元勇者です。


独りよがりだったらきっと、最後の場面のように、手を伸ばしてくれる「友達」も現れず、第二の勇者になっていたかもしれません。たった一枚のクッキーが彼を引き留めました。


...誰が「第二の勇者」になることを望んでいるのでしょうかね?


そして”彼”の横に現れる女性たちは、”彼”に対しどのような想いを抱いているのか。それを知るのは少し先の話になりそうです。

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