19-2 世界に刺さる九つの剣
「ナイン・オブ・ブレード」という言葉。それは確かに、ハワードという男がポロッと口にしていた。
そういえば言っていたなと思い返し、「そんなのと戦っていたんですか、ボク」と、確かめるように聞き返す。
「ああ。あれが端末じゃなくて本体なら、今のエディじゃ死んでいただろうな」
「なっ.......」
「驚くか? それほどまでに奴らは恐ろしいんだよ。ワタシでも最低三体が限界だ」
ボクですら”本体”を相手にしていたら死んでいた。その言葉に驚きを隠せない。
あまり驕っているつもりはないが、実力には少なからず自信があった。人並外れた魔力と、生前に授かった女神の力。そして勇者の経験と知識があるから、多少の相手にも有利な立場にあると。
その自信を、グリモワールは打ち砕くようにハッキリと言った。自分ですら相手にしたくないと言わんばかりにため息を吐き、指を三つ立ててクイッと動かす。
「逆に三体も相手をできる師匠が怖いですよ」と、師匠の腕前の真偽について冗談のように言葉を返すと、彼女は少しムッとした顔で「信じてないだろ」と。そう言われても、よくわからないのが本音だ。
「まあ、いきなりスケールがでかい話をされると人は理解が追いつかんからな。ともかく覚えておけよ、そう言うもんだと思ってな」
「わかりました」
「よし。いいか、『ナイン・オブ・ブレード』について分かっていることはいくつかある。奴らは——」
ナイン・オブ・ブレード。彼らは魔神の中でも最上級の存在。
世界には九つの剣が刺さっているという、昔からの伝承がある。それは勇者の時代には無かったモノなのは違いない。
その九つの剣に宿る共通意識。第一位から第九位までの階級に分かれていて、上位・中位・下位とさらにカテゴリが別れる。
ボクが戦ったのは中位の二体。シオンが倒したのが下位の一体らしい。
そして下位の第九位には、他と違って意志が無い。言ってしまえばただの怪物で、この世のあらゆる生物に宿る、”暴走する種”ということ。生まれる方法は分からないが、一定の条件で第九位は出没するらしい。
だから「目覚めのない/意志のない第九位」と呼ばれている。そして世界で唯一、第九位に当てはまる剣と思われるモノが、見つかっているらしい。
今は封印されている古代都市。そこに第九位の剣が刺さっていて、各国で厳重な警戒体制のもと管理されているとか。
「第九位の剣はワタシも見たことはないな。なんでも生まれる前に見つかって封印されてる、大昔の出来事だ。いつか行って確かめてみたいとは思うがな、ヒヒヒ......」
「そんなことしたら異端者扱いで首飛びますよ」
「もう充分、ワタシは異端人物だけどな」
「確かに」
無論、冗談だ。本当に「異端者」と認定されると、師匠ですら生活が苦しくなるだろう。いや、この人はむしろその方が嬉しいのかもしれない。
「奴らの目的はまだ見当もつかんが、今回狙ったのは『特殊技能』の持ち主だ。そこに何か共通点があるかもしれない」
特殊技能。ボクの持つ「羊飼いの極意・勇」もその枠組みだ。
この世に溢れる「技能」とは、個人の才能の礎を文字と知識の枠組みに当てはめた「スキルシステム」によるもの。いつしかこの世界の人々にとっては、共通の認識となって世間に概念が広まっていた。
ごく稀に”成長による進化”だったり、生まれ持った特殊な物があったりする。それが「特殊技能」という枠組みで数えられるのだ。
しかしひとえに「特殊技能」と言っても、その幅は様々で、ボクのようにクセが強く本来は戦闘に扱いづらい能力や、シオンのように身体能力の底上げに特化した物などある。中には料理、計算、園芸、掃除など、戦闘の気配すら無いところにすら芽生える。
いわばそれぞれの”突出した才能”が「ユニークスキル」ということだ。
その特殊な才能を持つ者を狙った今回の敵。「ナイン・オブ・ブレード」の目的があまり見えてこない。
それに奴ら自体が人の域を超えた怪物だ。グリモワールはいつもの調子に乗っているような顔ではなく。
「今度、奴らに出会ったら戦闘は避けろよ。特に本体に会ったら逃げろ」
と、いつになく真面目な顔で忠告をしてくれた。
「ボクの本気でも通用しないと?」
「いや、通用する。するが、それはリスクが高い。お前の体は、その異常な量の魔力に慣れていない。体という器を魔力だけが超えているんだよ」
そう言って師匠が近づいてくる。ボクは何も言わず、顔を上げる。
何か腹が立っているような、歯を少し見せて「チッ」と舌打ちをして。グリモワールはボクの服を掴み、まるで引きちぎるような勢いで上へめくった。
「魔力の過剰放出。それによる身体への侵食だ。気づいてるんだろ?」
「......」
——師匠に胸をつつかれる。ボクの心臓の周りに水たまりが広がるように、元気な肌色を侵すが如く。”白く色素が抜かれたような痕”が、わずかに小さく広がっていた。
......ただ口を閉じる。そこに申し訳ないとか、腹が立つとか、邪魔な感情は一切無い。
無論、気づいていた。自分の体の異常に。皆を守るため、あの場で最善の行動を取ったからこうなった。それだけだ。
「悪いとは思ってません」と、素直に自分の考えを口にした。その言葉を耳にした師匠は、別に言葉も表情も荒げることはなく、淡々とボクに事実を告げるのみ。
「そんなことを繰り返したら、運が良くて体が吹っ飛ぶ。運が悪いと魔力に飲み込まれてしまう。その先はどうなるか、ワタシでも想像がつかん」
「......」
「エディ。ワタシが魔力の制御をお前に教えた理由が、なんとなく分かっただろ」
「ええ。ボクが『魔神』になる可能性を封じるため。ですよね?」
「それが一つ。だから気をつけろよ。幻想ではない本物の『アルス=ノヴァ』だっけか。アレを放つと、たぶんお前は後戻りできなくなる。それはお前が”一番嫌う結末”を招くことになるぞ」
「......用心します」
ピクリと指が反応する。「一番嫌う結末」というモノを師匠に鋭く指摘され、ボクの”精神性”にわずかな波が立ち、わずかな反省の色を示す言葉を引き出した。
自分が「魔神」となって、友達や家族を殺す悪となる。そうなった場合、”エディデア”を元勇者は真っ先に始末するだろう。
しかし、本当にその場面が訪れたとして、ボクには自分の首を落とすことができるのだろうか。
自信という根拠のない理由は「できる」と信じている。しかし実際のところ、分からない。
「......ボクは暴走なんてしませんから」
まるで決意を固めるような呟きだった。自分でも首を縦に振り切れない、弱々しい思いを飲み込むように、言葉が喉の奥から出てきた。
「もし無理だと悟ったら魔術書グリモワールを使え。そいつに自害用のプログラムを組み込んである」
「えぇ......師匠、信用なさすぎでは?」
「信用してるからこうして明かしてるんだろうが、バカ弟子が。ほらとっとと行け、今日は特訓なしだ。そういう気分じゃない」
「はいはい分かりましたよ。あっ、酒は飲まないでくださいね。次に飲んでたら、後悔するまで頭を揺さぶりますから」
「......その容赦のなさは充分”魔神”だろ」
自決用のプログラム。彼女の仕組んだ最後の救済措置。その存在を知らされて、若干引いたような苦笑いを浮かべる。
そんなボクの肩に手を置いて、クルッと身を翻させて、トンと背中をつついて追い出そうとする師匠。特訓は気分じゃないと言って無しらしい。
人の感情に疎い師匠が珍しい。チラリと後方にいる彼女の顔を伺いつつ、捨て台詞のように警告を吐いて素直に出ていく。
最後の文句のような一言を背中で受け取りながら、ボクは”大魔導士”の家を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人間が魔神に進化する条件は分かっていない。
しかし、一説にはこうある。
力だけじゃない。魔神になる者の精神性は、どこか人の領域を外れたところにあると。
常識の一歩隣りのレールを走り続ける。周りから見ても自分自身でも、その精神性の”異常”に気づくことはない。
ただ、何かのきっかけでその異常性を爆発させ、露呈する。
例えば、内に秘めた純粋無垢な悪感情。見返りを求めない善行の体現者。一国の主人の如きが精神性。どれもこれも偉人になるか、変人扱いで世間からはじかれて野垂れ死ぬか、まともな結末を歩むことを許されないだろう。
「輝く一つの星」になるか、「地の底に向かうだけの愚弄な屍」になるか。その運命の下に生まれた者たちは、ほぼ必ずと言っていいほど極端な道を走ることになる。
そしてここにも一人。それは——自己犠牲を止められない、ただの学生に宿っていた。
「昔から不思議なヤツだ。エディ......」
ただの十五歳にしては肝が据わっていて、どこか悟っているような顔をする時もある。常に笑顔を絶やさず、まるで聖人のように他者に振る舞う。
それでいて自ら命を断つと断言できる度胸と、何かしらの一線を超えたときに冷徹に相手を処理する恐ろしさを秘めている。
「魔神」との戦闘を魔術書を通して観た時、エディデアの様子が明らかに変わっていた。
まるで機械的に、ただ自らが”敵”と定めた悪を滅ぼすために。その一瞬がよく現れていた瞬間を思い出す。
魔神ハワードの言葉を聞いて、数秒の沈黙の後に。エディデアはまるで今まで忘れていたかのように、相手の目的を、冷徹な目で見下すように聞いていた。
あの、笑顔を絶やさない彼が。グリモワールの冗談や二日酔いにも、困ったような呆れたような顔をしても、その表情の下地には必ず優しさがあった。
それが一切、あの時の彼には無かったのだ。あの眼光に睨まれたら? 想像するだけで、グリモワールは身震いする。
(あの目で見られたら、ワタシも”スイッチ”が入ってしまうだろうなァ、イッヒッヒ)
弟子と同じくらい、師匠のグリモワールも頭のネジが外れている。彼女はしっかり、自他ともにその自覚を持っている。対してエディデアはどうか。あの小僧には、自分の精神性がイカれているという自覚は全くないだろう。
いや、薄々感じているのかもしれない。しかし彼は、決してその点を見ようとはしない。目を逸らすのではなく、盲目的に見つめることができていないように、グリモワールは感じた。
アレはすでに、その”精神性”は人の領域を踏み外している。まるでそう思わずにはいられなかった。
剣豪「ホフマー」の血を継ぎ、片方はあの存在しない王子ダビ。両者の血を継ぐエディデア・ダンデライオン。彼はやはり、当初感じたように、この王国どころか世界を引っ掻きまわすような存在に化けるかもしれない。
「......『ダンデライオンの花束に、女神の導きを』......か。面白いことを言う奴だ」
王国ダンデライオンは雌雄の決まっていない神を信仰している。暖かな輝きを持つ主神「ソールシア」がこの国の唯一神だ。
そもそも女神とは、一体どの神を指し示すのか。エディデアが抱く神に対する価値観は、どこかこの国の人々とずれているような気がする。
彼が学院に入学するまでの数年間、面倒を見てきても感じた。どこか常識はずれの考えを持ち、それを揶揄ったり観察したりするのが不思議で、やはりあの弟子は面白い存在だ。
それが良くも悪くも。どちらに傾くのか。想像するだけで、性悪の大魔導士は、悪魔のような微笑みを浮かべるのだった。




