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18-2 思い出の”光”が、私の瞳に色を与えてくれた

 神出鬼没なエディデア。思わず私は目を大きく開いて、隣に座る彼の姿を不躾にも凝視し続けた。


 彼のことを考えていたのだから、突然現れたことに対し、驚き変な声色で彼の名前を呼んでしまう。


 不思議に思う私に対して彼は「ちょっとね」と、答えになっていない返事をする。


「花はいいよね。昔は育てていたんだけど、今は見て眺める方が多くて。そうやって見入っていると、心が落ち着くんだ」


「......私も同じ。花は何も、言わない。綺麗で、いい匂いがする」


「うんうん。分かるよ。それにボクの羊にどの花を食べさせるといいかなって考えて——」


(それは考えたことない......)


「あ、そうそう。前期試験の結果が発表されていたよ。ボクたちは三番目だった。やったね」


 試験の結果が発表されたらしい。全体的に見れば三位というのはかなり高水準だ。


「魔石集めが——」と、彼は試験の時のことを色々と振り返りながら独り言を呟いている。私はただジッと、隣の彼の顔を見つめるだけだ。それだけで、胸のモヤモヤが少し晴れた気がした。


 ......でも、足りない。


「それにしても一位と二位のグループはどうやっていたんだろうね。やり方が気になるなぁ」


「......」


「シオン? さっきから少し上の空だけど、どうかした?」


「あ、その......」


 内心を見透かされた気がした。唐突にエディデアと目が合って、慌てて視線を逸らし両手を小さく振る。


 その様子を見て彼は数秒ほど、顎に指を乗せて考える素振りを見せた後。


「少し悩んでることがあるなら相談に乗るよ。お茶は......ないけど、最近、久しぶりにクッキーを作ったんだ。従魔にも好評でね、食べる?」


「た、食べる!」


「ふふ、どうぞ」


 エディデアがクッキーを作ったと言って、懐から小包を取り出した。私は飛びつくように即答する。


 茶色い片手サイズの紙袋。その中に入れられたクッキーを一枚つまんでいただく。


 エディデアには優しい目で見つめられている。それがなんだか恥ずかしくて、少し目をそらしてクッキーを口に運んで。


「......懐かしい」


「え?」


「あっ、ううん、美味しい! (けど、昔、食べた味に似てる気がする......)」


 思わず飛び出た感想が、記憶に結びついた。


 あの時、少年が与えてくれた思い出のクッキー。その味が好きで、でも二度と食べられない。思い出の中に封じられていたからこそ、クッキーというお菓子は唯一、私の心を癒してくれる。


 ——すなわち彼女は無自覚だが、この焼き菓子が大好物なのだ。それを今、食べて、美味しいという感想よりも懐かしいという感覚があった。


 それが不思議だった。普段、一人で食べてもそんなことは思わないから。咄嗟に出た言葉に対して首を傾げるエディデアの様子を慌てて否定するように、しどろもどろに感想を言う。


(記憶の中の思い出。私はその”光”に頼っていた......)


 手のクッキーがなくなる。半分、無意識にエディデアのクッキーの包みを貰い受け、一枚ずつ食べながら、私は感傷に浸る。


 過去、自分を助けた少年。それは闇の中に囚われていた私にとっての初めての”光”。そして今、限りなく似たエディデアという”光”を、自分は無意識に追い求めていた。


(でもそれは、私の想いを重ねているだけ。彼はきっと、押し付けられるのは好きじゃない......。その苦痛は、自分が一番知っていると、あの時に気づいた)


 他者に自分の想いを押し付けるのは無責任だ。押し付ける側は卑怯で、なんて楽で、酷いことなのか。


 でもその押し付けを、私は止められない。エディデアは確かに、自分にとって”光”なのだから。


 見ていると目を離せない。気になって仕方ない。ショコラルテなどの知り合いには感じない、彼にだけ感じる特別な想いだ。


「エディデア。私は......分からない」


「......」


「最近、ショコラルテと、話すことが多い。イブリスは......時々、放課後にあの店に行くと、少し嬉しそうにする」


 分からないから、口に出して相談する。エディデアは優しい表情で耳を傾ける。


「私は他人に興味がない。そう思っていた。両親の顔は知らない。ブラックローズの人々は......私の能力を、怖がって、閉じ込めた」


 空になったクッキーの包みを握りつぶす。思い出すだけでも忌々しい、苦痛の記憶。切り離したくてもできない過去を、独白する。


「だから人が怖かった。学院だって、行っても変わらないと思ってた。事実、最初の数日はそうだった。エディデアに会うまでは」


「ボク?」


 彼の疑問の宿った声。視線を斜め下に向けたまま、その先の言葉を言うべきかどうか、一瞬だけ考える。


 そしてその思考を振り払い、半ば勢いに任せて、口を少しづつ開く、けど......喉に何かが引っ掛かるように言葉が出てこない。


 そのままほんの数秒、半開きにしたままの口は息をするだけの役割を続ける。喉にある小さな違和感をグッと押し上げ、意を決して、私は自らの内側に溜め込んだトゲを吐き出した。


「あなたを見ていると、私の瞳に光が宿るように、世界の色が変わってみえた。一緒にご飯を食べると、いつもより美味しく感じた......! こんなことは初めてでッ......分からない」


「......」


「エディデア、教えて! 私は、どうすればいい! 分からないッ、生きたいと思ったことも無い。私という”呪い”は、確かにゆっくりと死を待っていただけなのに......今はッ!」


 息が途切れる。肺の中の空気が空っぽになる。気づけば身体中の体温が上がっている。


 胸に手を当てて、唇を噛み、”光”から目を背ける。それ以上の気持ちを言ってしまうと、止められないと思っていたから。


 何よりこんなことを、私の底なしの”影”を吐き続けても、エディデアは困るだけだ。そんなことは嫌だ。彼に”嫌われたくない”という気持ちが、口を慎むという行為に現れた。


 呼吸を求める。荒い深呼吸を繰り返して落ち着く。視線を落としたまま「ごめんなさい」と口を開きかけて。


「分からない、か。そうだね。ボクも分からないことばかりだった。他人に興味があるフリをしていたことも、自分を騙していたこともあったよ」


 ゆっくりと顔を上げて、どこか遠い目で花を見つめるエディデアの横顔を見る。思ってもいなかった。その疑問が顔に出ていたのだろう。


 こちらのことを尻目に見て、彼は目をスッと閉じる。何かを思い出しているのだろうか。やがて目を開いて、空を見上げて。


「そんなボクを支えてくれる()がいた。シオンに必要なのは、きっと、そういう人たちなんだと思う」


 私の知らない”誰か”の話を、彼は、まるで遠い過去を懐かしむように言った。そしてその”誰か”のような存在が必要であると。


 ......聞き返してみる。「友達?」と、彼の言葉の思惑を探るように。


「そう。だから君が望むなら......ボクと”友達”になろう」


「!!」


 彼の瞳が、薄い緑色の二つの瞳が、私とバッチリ合う。


 ——思い出した。あの時の少年も、同じような瞳の色をしていた。


 その瞬間、何かが繋がったような気がした。目の前の彼の顔が、あの時の少年と重なって見えた。


 心を震わせる。いや、それ以上の衝撃が私の体に走った。ベンチを照らす光が、エディデアのことを、優しく照らしていた。庭に吹いている”穏やかな風”が、彼の手を運ぶように、私のもとに伸びてきた。


 花の香りがする。陽の光が私を木陰から引っ張り出そうと照らしてくる。ほぼ無意識に、差し伸ばされた手にそっと自らの右手を重ね合わせた。


「友達......うん、なろう。友達に」


 声が少し震える。あの時と情景が重なる。自分を洞窟から連れ出してくれた彼と、エディデアの姿が。


 ——確証はない。シオン(わたし)はエディデアのことを何も知らない。これが思い違いかもしれない。


「ボクの名前はエディデア・ホフマー。家族にはエディって呼ばれてる。従魔を連れている羊飼いだ、改めてよろしくね」


「......私はシオン・ブラックローズ。よろしく、エディ」


 それでも、私は。闇の中で育った黒い花は、光と花に愛される羊飼いの手を取らずにはいられなかった。


 あの時の少年は、きっと。ここにいたんだ。


 ——シオン・ブラックローズは、生まれて初めての友達に。この胸の喜びを伝えるように、精一杯の笑顔で微笑み返した。


 ......乾いた瞳に光が宿る。褪せた景色は色を取り戻す。思い出の”光”が私を導いてくれたのだった。

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