第17話 前期試験が終わって——
禁域の森に建てられた王立学院の施設。「魔法使いの館」にて、生徒たちの到着を待つ者がいた。
歳の影響で着けることになった老眼鏡越しに、館の扉が開かれる様子を眺める。
王立学院の学長を務めるリグニン・ウッドストック。年は五十代後半で、最近の悩みは目だけじゃなく耳も遠くなってきたこと。
それゆえに秘書のクラークのような、女性の声でないと聞き取りづらい。彼女の凛とした力強い声を聞きながら、未だ衰えることのない思考を巡らせる。
「一番最初に到着したのは......ギルバート、サイフォン、ポット、テイプの四人組のようです。我が校の成績上位者として、流石の活躍ですね。得点も十分に稼いでいる様子です」
「ふむ」
「その後に続いて二組。ソフト、エイムス、ジャック、ピレリの寄せ集め四人組と、マリーゴールド率いる四人組です。マリーゴールドは分かりますが、一方は寄せ集めにしては——」
傍に侍らせている秘書の話を聞きながら、老眼鏡をクイっと押し込んで、階下の広間に集まる生徒たちの様子を眺める。
ここ魔法使いの館は、ダンデライオンの国が安定し始めた頃。王族の館だったものを再利用し、当時はまだ魔導技術が未発達だったため、魔術の前段階である”魔法”を研究するために建てられた。
その時の名残で今でも”魔法使いの館”と呼ばれている。何度も改修工事を重ねていて、当初はただの木造屋敷だったのが、今では鉄壁の要塞と化した石造りの館だ。耐震、魔力攻撃への抵抗なども備えている。
そしてこの鉄壁の館には、現在、研究の道に進んだ上級生と卒業した者の数名が住み込みで残り、知識を磨く場として役割を果たしている。
いわば学院の別キャンパスという扱いだ。
「しかしメイグスが言っていたあの子。なかなか来ませんね」
「ああ、彼曰く『必ず輝く王国の芽』と。随分と大袈裟な物言いだ」
学院の魔術講師であるメイグス。国の大魔導師の一人として名を連ね、後世の育成に力を注いでくれる偉大な人物だ。
そんな彼の言うことだから、信じてあげたいとは思っている。しかし、人伝いに聞いた情報では、たかが新入生にできるとは思えないことばかりだ。
なので疑いの目を向けるなと言われても無理な話である。彼は腕を組み、秘書の報告を耳にしながら、これからの業務のことも頭の片隅で考えつつ、例の子が来るまで時間を潰す。
——三十分は経過しただろうか。
もう立って待つのも飽き飽きだと思っていると、最後に数名のグループに続いて、例の子が混じるグループがひっそりと館に入ってきた。
まるで息を潜めるような。本当にメイグスが言う程のオーラを、その少年からは感じ取れなかった。
他の生徒よりもボロボロで、制服に穴まで開いている。杖を持った優しい表情を浮かべる少年で、彼は屋敷の中を興味深そうに眺めた後。
「むっ。アレが......」
例の彼と目が合った。
数秒ほど視線が交錯した。少年はリグニンの姿を見て、特に表情も変えることはなく、隣の青い髪の少女と話しながら前へ向き直る。
「先ほど、外部の侵入があったとの報告を受けお伝えしました。その侵入者を撃退した場で、マリーゴールドと共に意識を保って立っていたのが彼です」
「あのマリーゴールドと共に撃退したと?」
「いえ......その、詳細はよく分からないのですが、あの少年曰く『魔術がちょっと暴走して、勢いで敵もどこかに行った』と。実際、七色に光る現象も目撃されています」
「魔術の暴走......七色の光......」
聞いたことのない現象。確かに少し前に、強大な魔力の出現を肌で感じた。
館の中にいたのでよく現場を知らないが、侵入者がいた現場に、その少年はいたのである。
試験の監視をする教員の言うことに嘘はない。目撃された情報も曖昧で理解が追いつかないが、リグニスの頭には何かが引っかかる。
(メイグスの言う通り。いや、それ以上にあの少年。”ホフマー”といえば真っ先に思いつくのは、麗しの刀使いの名前だが......)
王立学院に提出された書類では、名前をエディデア・ホフマー。麗しの刀使い「剣豪アミエル・シェバ・ホフマー」の一人息子。父親の名義は「ダビー・デソロ」で、羊飼いの家系らしいが。
(父の方は不明だが、あの剣豪が母親とは......面白い逸材だ)
「全員揃いました。それでは学院長、出番です」
「待ちくたびれた。とっとと彼らに、ありがたいお話でも聞かせてあげるとしよう」
「長いと嫌われますよ」「伝統的な学長の『特殊技能』だからな。ははは」
どうやら離脱者以外の全員が集まったようだ。
待ちくたびれた次の段階へ。学長は自慢の演説を始めるため階下の広間に降りて、全員の注目を集める。
自己紹介、ねぎらいの言葉、前期試験の意味、などなどそれぞれをご丁寧に解説し。だいたい二十分ほど、喉が乾いてくるくらいまで話し続けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王立学院に入学して、前期試験も無事に成し遂げることができた。
試験終了日は皆がクタクタになりながら、それぞれの寮に戻って行った。
週末の貴重な二日を休みに費やした後、来週の中頃にグループの成績がどれほどか分かる。
「流石に疲れたなぁ」
ボクは自室のベッドの上でラフな格好で寝っ転がり、少し硬いマットのありがたみに甘えつつ、大きく深呼吸をして天井を見つめる。
「来週の結果発表が気になるけど、その前に......」
純粋に試験の結果がどうなっているのかは気になるが、それ以外にも引っかかることがいくつかあった。
一人で考えても仕方ないので、そのことは休みの日か、時間があるときに相談しよう。
(今はとりあえず、眠るとしよう)
既に入浴も済ませてある。ボロボロになった制服を学生課で預け直してもらい、休み明けまでに部屋に届けて貰うつもりだ。
......そんなこんなで波乱万丈といえばそうだが、ボクは特に思うことはなく。
疲労が手招く夢の誘いに身を任せたまま、試験終了の余韻を振り捨てて、ぐっすり眠るのだった。




