1-3 存在しない13番目の王族
——六歳になった時のこと。
この頃にはもう、自分の体のある特徴に気づいていた。それはどちらかというと欠点寄りの性質だ。
(今日は”あの人”に会う日か。楽しみだなぁ。平和で悩みの種もない。なんて素晴らしい平穏なのか)
羊たちの様子を眺めながら、体の中の魔力の流れを操作する練習を続ける。
「今も”浮遊”は......うわっ、やばっ!!」
赤ん坊の頃にできなかった「魔力による浮遊」を試そうとすると、勢い余って右手がぽわーッと怪しく輝きだす。
これはマズイ、また家に穴を開ける。そう思って必死に手を振り、なんとか発動を阻止して「ふぅ」と一息つく。
......それにしても、ボクがすくすくと村の外れで過ごせるくらい、平和なんだなぁ。
前世は休む間もなく戦いに明け暮れていたし。あの時の自分の頭の中は、生きるか死ぬかの駆け引きで一杯一杯だった。
その時に比べれば、なんとありがたい平穏か。ゆったりとした時の流れに身を任せながら過ごす日々は、本当にいいのかなと戸惑うほどの贅沢だよ。
「こんな村にいても魔族の気配なんてないし......あっ。よいしょ......ほっ、よっ!」
周囲の草が無くなったことに気づき、羊飼いの杖を持って器用に振り回す。一家の大切な仲間、愛犬のビッツが懸命に言う事を聞いて、羊たちを追い回す。
適度な運動をさせ、適切な場所に運び餌を食わせる。こうしてボクは、すでに立派な羊飼いの一員となっていた。
「エディデア。調子はどうだ?」
「うん、順調だよ父さん」
「そうか。なら今日は、もう一つ。付き合ってくれるか?」
「え? 何するの?」
「ちょいと、長話だな。もうそろそろ知っておくべきかと思ってな」
父親の顔が妙に神妙な面持ちだった。
生まれて初めて見る父の顔に、ボクの首は疑問を表すように傾く。そんな重大な秘密を、この辺境の村の一家が抱えているだろうか。
「ついてこい」と言われ、彼の後ろを歩きながら考える。
家に戻り椅子に座る。まさか離婚か......? と妙な方向に思考を偏らせ、冷や汗が頬を流れていくけど。
「......俺たちがなぜ、村の外れに家を持つか分かるか?」
「いえ」
「それはな。羊飼いだからってだけじゃない。俺たちは......王族だ」
「......え?」
「村人に素性が知れ渡ると困る。だから距離を置いているんだ」
チンケな迷いが吹き飛んだ。聞き間違いかなと、耳を疑った。何しろ、想像の斜め上をいく答えだから。
それに今まで生きてきて記憶してきた中で、少なくとも王族である理由を確固にする事は何も無かった。メイドとか執事とか、一度も見たことはない。
強いて言うなら父さんの髪は緑色、母さんは黒。そして二人とも、佇まいなどに、たまに上品な素振りを感じるだけだった。
「俺は王族を追放されている。存在しない王子だ」
「王様の......」
「第十三王子。ダビ・ダンデライオン。俺の本名だ」
ダンデライオン。生前、こよなく愛した花の一つだ。
黄色い花を咲かせ、太陽のように美しい。だから好きだった。
その名前を冠した一族が末席、それが父の出自だと言うのだ。
「俺は王族だが、才のある家族と比べてあまりに平凡だった。できることといえば、石投げと羊の世話くらい。存在価値の無い俺は秘匿され、大人になった時には幽閉塔から追放されたんだ」
「父さん......」
「そんな暗い顔はしなくていい。今は幸せだよ。だからこそ、この事実はお前も知っておくべきだと思ったんだ」
「母さんは知ってるの?」
「ああ。彼女は剣士。色々あって結ばれたのさ。......少し子供にはショックな話なんだが、隠し通すとお前のためにもならないしな。あはは......」
「......」
父親は話を終える。少し気まずそうに、視線を忙しなく動かしている。
息子に罪悪感を感じているのだろうか。しかしボクからすれば、そのような話題は正直、かなり規模の小さい話だと感じている。だって前世は勇者として担がれたからなぁ。
ははと心の中で苦笑い、父の前では心情を悟られないよう真面目な顔を取り繕う。
勇者の力を持つことが判明した時に比べれば、王子の家系であることはとてもどうでもちっぽけに感じた。
ボクは椅子から立ち上がる。父に面と向かって顔を合わせ、「心配入りませんよ」と声をかけてあげる。
「ボクは羊飼いのエディデアです。父さんはボクの父。それでいいでしょう」
「エディ......」
「もう、父さん。そんな顔をしないでください。どうしても悪いと思うなら、しばらく羊たちの面倒を見てて欲しいです。気分も晴れると思いますよ」
「っぅ、お前はなんて聡明なんだ! おぉぉ、任せておけ息子よ! おぉぉ!」
「それに父さんを泣かせた連中は嫌いです。なんなら、ボクがギャフンと見返してやりますよ!」
「ふふ、アナタ。父親想いの良い子に育ったわね〜」「おぉぉぉ、父さん感激だ〜!!」
父親が泣き出す。椅子から勢いよく立ち上がり、ボクに抱きついてくる。少し息苦しいけど父の背中に手を伸ばし、小さく微笑む。この国の民は皆、自分が守った人々の末裔なのだ。多分。
(皆が平和に生きているだけで、ボクは嬉しいのですよ)
勇者としての戦いに明け暮れていたのは、確かに辛いことばかりだった。それでもその果てに守れたモノを、こうして肌で感じられるのは嫌いじゃない。
前世は無駄ではなかったと確かめられて、勇者の気持ちも晴れるというものだ。現にボクは平和があるだけで嬉しいし、それに......。
「ではボクは村に行ってきますね」
「おう! 気をつけろよ!」
「行ってきます」
新たに生まれ変わったこの体で試したいこともある。ボクは流れるように父から離れ、家を飛び出す。
村に行くと言うのは、完全な嘘だ。人目のつかない場所に、まさにその「ダンデライオンの王都」にボクは行くのだから。ある目的をひっそりと抱えて......ね?
こちらの事情で、予定より少し遅れました。申し訳ございません。
あと告知のミスで1-4とありましたが、正しくは1-3です。本当に申し訳ありません...。
明日は文字数を考慮し、2-1、2-2を投稿します。
19〜22時の間に投稿しますので、よろしくお願いします。