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16-2 孤高の花には近寄れない

 エディデアの顔に、一瞬、翳りが見えたような気がした。あの強い輝きを放つ、私にとっての光が、あるはずのない影を見せて——。


「あっ......(光に、影......)」


 ハッとなって気づく。いや、気付かされた。彼も同じだと。シオンにとっての”光”は、見えていないだけで”影”となる部分も持っている。


 なぜ今までそう思わなかったのか。自分が散々、()()()()()()()()()()()じゃないか。


 ブラックローズの人間に、呪いという”影”を背負わされて、邪気に扱われて来た。彼は真逆なだけで、きっと、強すぎる光に悩んでいる。


(確証は......無い。私はエディデアのことを全く知らない。でも彼は......きっと、私と似ている)


 あくまでこれは「シオンの視点」から見ただけの話。実際にエディデアが悩んでいるのか、何を気にしているのか、私は知る由も無い。


 でもきっと、私たちは似ているんだと。特に深い根拠も無く、なんとなく思った。


 エディデアは作業する手を止めて、眉間にシワを少し寄せて「ちょっとズレたな」と呟く。すぐに難しい表情を解いて、私の方をチラリと見て、ちょっとだけ困ったような笑みを浮かべて話を続ける。


「ええと、言いたいことがこんがらがってきたね。そうだな、つまりボクは......君の力を恐れてはいないってこと。シオンはシオンじゃないか」


 シオン(わたし)シオン(わたし)。......その言葉はとても単純だ。私を取り巻く問題を一言で片付けるほどの力なんてない。


 でも今の私はどこか満たされた気持ちが、底なしの影から湧き上がってきた。ほんの小さな一筋の光の温かみを感じて、言葉がするりと喉から出てきた。


「.......エディデア。ありがとう」


「うん。どういたしまして」


 お互いに微笑み合う。ほんの数秒の静寂を噛み締めていると、水を刺すように従魔が間に入ってきて、咥えていた木の棒を地面に落とす。


 彼の従魔から少し、恨めしそうな視線を感じた気がしたけど、それよりも気になることがある。


「さて、準備できた。ライカ、棒拾いありがとう」


「ところで、それは?」


 会話中も何か準備をしているなとは思っていた。さっきから彼はおもむろに上着を脱いで、水の魔法で濡らし......。今は、血の痕と睨めっこしながら手を動かしている。


 狼くらいのサイズに戻っている従魔が集めてきた、物干し竿くらいの棒。それを二つ間を開けて並べて、地面に突き刺す。


 木の枝の裂け目に羊飼いの杖を乗せて、自らの衣服を引っ掛ける。「これでよし」と言って、彼は私のところに戻って来た。


「ってことで、魔法で衣服を洗いたいから......特にシオン」


「?」


「眠ってる時に気づいたけど、血の汚れとかスカートに変な”濡れた痕”があるんだ。制服は高いし、汚れが落ちなくなる前に、染みも取って洗ってあげるよ」


「染み?」


 首を傾げる。一体なんの話をしているのか分からず、私はエディデアの顔を見つめ返す。


 その答えを教えてくれるように、彼はしゃがんで目線を合わせ、視線を下に落とし。


「ほら、これ」


「?? ......!!!??」


 悪意のない純粋な善意の顔でエディデアは、私のスカートについているその”染み”を、皆の前で指差した。


 私は視線を落としてその()()に気づき、激しく動揺する。今更、その”染み”を隠すように両手で抑えて、首がもげそうな勢いで顔を上げる。


「カラスの液体かな? うわぁ、可哀想に。これは下着まで行ってそうだね」


「あ、あぁ、あぁぁ......」


 ——違う、これはカラスの体液なんかじゃない。戦意を失った時に、恐怖で力が緩んで......。


 体の震えが止まらない。全身の肌が真っ赤に染まり、まるで「ブラッド・ストーカー」を使った時のように熱くなる。


 指を顎に乗せて「なんの汚れだろう?」とその正体を探ろうとするエディデア。彼は私の素振りに全く気づく様子もなく、顔を上げて「ん?」と首を傾げてニコリと微笑み返し。


「脱いで。洗って乾かして——ぶへぇ!!」


「〜〜〜〜ッ!!」


「脱いで」と善意に満ち溢れた言葉を口にしたと同時に、無意識に右の手のひらで、彼の顔に強烈な平手打ちをかましたのだった。


「アイツやばいな」「悪意ないってのが恐ろしいわ......」


「ワン......(今のはご主人が悪いです。乙女の心を理解してなさすぎですよ)」


 数メートル吹っ飛んで地面に倒れるエディデア。そんな彼の無様な姿を、他の皆は呆れた様子で眺めているのだった。




 結局、エディデアの好意に従って、私はスカートと下着のパンツ。ショコラルテとイブリスは上着を干すことになった。


 流石に下着とスカートは自らの手で洗ったが。ものすごく迷い、やはり無視するには色々と矜持というか、我慢ならない部分があったので、羞恥心を押し退けてでも干すことにした。......でも私の下着が揺れているのを見るの、すごく惨めで恥ずかしい。


 思わずため息が口からこぼれ落ちる。チラリと視線を送ると、ぶたれた彼は、良くも悪くも図太い神経を大っぴらにしたままだった。


「わ〜、やっぱり便利だなぁ羊の力って。これが昔のボクにあったら、道中も楽だったのに......」


 エディデアは少し離れたところで、従魔と一緒に洗濯物を干して乾かしている。


 羊飼いの杖に皆の衣服を引っ掛けて、赤く染まった羊こと「アモン」を真下に置いて、その熱と風の魔法で衣服を乾かしている。絵面はどこかの狩猟民族のようだ。


 そこにひらひらと舞う自分の下着があることに、目を背けるようにそっぽを向く。


(下着を着てないとスースーする。落ち着かない......)


 エディデアから貸してもらった彼の上着で、素肌の下半身を隠して地べたに座っている。しかしまあ、地面の感触が冷たく、かなり不快だ。何度、鳥肌がゾワっと走ったか分からない。


「しっかし、あのカラスはなんだったんだ?」


「さあ。私たちじゃ理解しきれないことが多すぎるし、終わったことを今考えてもよく分かんないし。でも、シオンが勇気を出して戦ってくれたってことは、エディデアから聞いた」


「私は別に......」


「大したことだって。彼の口から伝わってると思うけど、改めて言う。ありがとう、シオン」


「チッ......悔しいが、お前に助けられたのは本当だ。ありがとな」


「......」


 生まれて初めて、他人に感謝された気がした。どうすれば良いのか、わからなかった。


 エディデアの上着を膝に乗せて、三角座りをする。口元を隠して、彼の上着にピタリと顔を付けて、黙り込む。


「......どういたしまして」


 そして生まれて初めての、ありがとうの返事を。素っ気ないけれど、口にしたのだった。

昨日も仕事の影響で投稿し忘れていました。本当に申し訳ございません。

もしかしたら今後、仕事の影響で日が空くことがあるかもしれません。投稿が無かった日は「仕事で忘れていた」と思ってください。できるだけこんなミスは犯さないようにしますが...。


次回は17話を投稿します。

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