第16話 強すぎる”光”と棘のある”影”
浅いまどろみの中で、夢を見ていた。
周りは真っ暗で、体の感覚があるような、無いような。どれだけ動きたくてもピクリとも動かない。
視界に映るのは、どこかで見たような誰かの後ろ姿。杖を片手に、七色の輝きを操る、まるで”あの時の少年”のような後ろ姿だった。
——瞼が落ちていく。手を伸ばしたくても、動いてくれない。ああ、光が消えていく。
これは悪夢だ。過去の記憶が悪さをして、”私”のことを虐めているのだ。
夢の中。そうとわかっていて見る夢は、シオンにとっては苦痛だった。
だって、自分の嫌いな”暗闇”がすぐ隣にいるから。どれだけもがいても、苦しくてうなされても、夢というのは這い上がることができない。
次第に、眠ることすら嫌になった。幼い頃に受け取ったあの”光”が、自分からどんどんと抜け落ちていくようで.....嫌だった。
(光が、消えた......)
——再び、まっくらやみ。からだが、なにかに引っ張られるように、おちていく。
でも、なんでかな。今ははなんだか、温かくて心地よい。口の中が潤っている......?
なぜそう感じるのか分からないけれど、決して癒されない喉の渇きを感じなくなって、久しい気がする。
いつもは寒いだけの体も、ほんのりと温かい。なんだろうか、これは。このまま微睡んでみたくなる。
「シ......オ......」
——誰かに名前を呼ばれている。そんな気がして、一度は閉じてしまった瞼を上げる。
再び映り込んだ視界には、あの七色の輝きを操る少年の後ろ姿は見えなかった。
しかし不思議なことに、薄く眩しい光が、夢の中で落ち続けている私の体を包んでいる。光がどんどんと強くなって、落下中の体がだんだんと速度を落としていく。
「シオ......ン......きて......る......」
——聞いたことのある声。これは彼の声。少年の声。懐かしくて、追い求めてしまう人の声だ。
手を伸ばす。その手は虚空を探るように動いて、ぴたりと動きを止める。
まるで手を掴んでいるような。妙な感覚だと思っていると、自分を包む光が手に集まっていき、確かに握りしめてくれた。
驚いた。自分の夢だというのに、想像の片隅にもない現象だったから。今まで、こんな悪夢を見たことはなかった。
いや、悪夢じゃない。これは、もしかして......。
「シオン......て......」
(私の......”光”......)
「シオン。起きて」
「っ!」
水面から引っ張られるように、手と意識が引っ張られる。強い光が視界を遮り、目を閉じて——。
「おはようシオン。お目覚めかな?」
「......エフィフェァ? (エディデア?)」
目を開けると、少し血色の悪いエディデアが、私の顔を覗き込んでいた。彼の膝の上に寝かされている......?
目覚めたばかりで意識が朦朧としていて疑問が多い。なぜ、彼がここにいるのか。今は何をしているのか。
「エディデアだよ。あはは、凄い吸いっぷりだね」
「?? ......んん〜!?」
その事態を把握する前に、自分がやっていることに気づいて、慌てて口を開けてそれを突き放す。
(なんでエディデアの指を吸って!?)
「ボクの血をあげてたんだ。そうすれば目覚めるってライカに聞いてね」
「血......あぁ。そういう......こと」
赤ちゃんのようにエディデアの指をチュパチュパと吸っていた。いや、指の切り傷から血を吸っていたようだ。その事実に気づいて、私は顔を真っ赤にする。
......は、恥ずかしい。穴があったら顔を隠して、あとで体を埋めて欲しい。生まれて初めて、強烈な羞恥心を感じている。体がとても熱くて、片方の手でパタパタと煽る。
「え、えと.......そ、そんなに吸って......」
「気にしないで。ちょっと貧血でクラっとするけど、ダイジョーブ。あはは」
(全然良くなさそう......)
「他の重症者は、ボクの羊毛布......ああ、スキルで回復したショコラルテが対応してる。足の骨が飛び出てたけど、なんとかあの通り歩けるようになってるし、大丈夫だよ」
「えっ......」
確かに彼の言う通り、ショコラルテはほとんど真っ青の顔で、口の端に涎を垂らしながらイブリスの回復を試みている。
......大丈夫だが大丈夫じゃない。どう見ても気絶一歩手前だ。今すぐ助けてあげた方が良いのではと思って、でもその気持ちを前に出せず、困惑してしまう。
するとエディデアは、私の様子に気を遣うように、少し細い両手を背中に回して。
......優しく微笑んで、体を起こす手伝いをしてくれた。地面の上で足を崩して、楽な姿勢で座る。
「......ボクを守るだけじゃない。皆のために、未知の脅威に立ち向かったんだってね。ありがとう」
「あっ......うん」
「試験監視の先生方にも少し説明したし、”あの女子生徒”もどっか行っちゃったし、とりあえず結果オーライ。まあ、来客もあったけど......問題なし! 生きてるだけで上出来だよ」
(来客? 先生のこと? いや、そんなことより。私はまた生き延びたんだ......影の中に落ちていくはずだったのに)
生きてるだけで上出来だ。あまり現実味が湧かないが、彼の言うことも理解できる。
あの奇妙な怪物を、私はたった一人で打ち破った。勝つつもりだったか。いや、私にそんな余裕は無かった。
ハッキリ言って、私は「ブラッド・ストーカー」を発動したと同時に、死を覚悟した。魔力欠乏症の体で燃費の悪いスキルは、諸刃の剣だ。使えば死ぬに違いないと、心のどこかで思っていた。
だから最初は「どうせ死ぬんだ」と、無様に恐怖に怯えて、それでいてやっと死ねると思っていた。あの従魔の声を聞くまでは。
(気づいたら戦ってた。そうしようって、心に決めていた。......でもその理由は——)
「イテテ......なんか目が覚めたら、えらいことになってんな。全員、ボロボロだぜ」
「ゼェ、ゼェ......うっ! ちょっと休憩......吐きそッ......ウロロロ!」
「うわ、汚ねぇ滝だ。しっし......オイテメッ、ゲロブレスすんじゃねェ!!」
「制服もひどく汚れたね。そうだな......ちょっと休憩しようか」
復活して戻ってきたショコラルテとイブリスの戯れを尻目に、エディデアは自らの上着を抜いて立ち上がり「直るかな......」と悩ましそうに腕を組んで考えている。
従魔とまるで話すような素振りを見せる彼に向かって、私は細々とした声色で名前を呼ぶ。
「ん?」
「......私の力。『ブラッド・ストーカー』は、血を吸って、変換した魔力で戦う。ごめんなさい、勝手に血を吸った」
「ああ、首にあった噛み跡はそういうことか。別に気にしてないよ」
「っ......怖く、ない......の?」
「力を? そうだねぇ......確かに普通と違うってのは怖がられてしまうし、孤立することもある。逆も然りだね」
「......」
「たとえば棘のある花を怖がる人もいる。棘があっても綺麗な花を咲かせて、一際輝きを放つ。人間も同じだよ」
「人も?」
「そう。強く輝く一輪の花は高嶺の存在。誰もが憧れて、口を揃えて美しいと言う。でも誰かはその輝きを恐れてしまう。棘があるから、輝きが眩しすぎるから。分かっていても、彼らは認められないんだ......」
昨日は仕事に忙殺されて投稿を完全に忘れていました。申し訳ございません...。
次は16-2を投稿します。なお、もうすぐで第二章が終わりを迎えます。
淡くて脆い。けれど、分け与えられた”勇気”により奮い立ち、つながりを求める”黒きバラ”の話を最後までお楽しみに。




