15-3 幻想のアルス=ノヴァ
「ダメだ小僧。今の体じゃもたねぇかもしれねぇぞ!」
「ご主人様、その技はあの時の......負担が大きいのは知っています! ダメです!」
二つの心配する声が静寂を破り、ハッと我に帰った様子で敵が「ふざけんな!」と吠えて、魔術障壁を破ろうと再び攻撃を開始する。
......当然、この本の人格は真っ向から”それ”を否定してくる。従魔のライカも同じだ。
それでも止まることは許されない。ボクは意志を折り曲げることなく、杖をゆっくりと構え直して。
「死ぬつもりは無いよ。やるしかないんだ。頼めるかな?」
「っ......分かった、分かったよ! 全身筋肉痛になっても文句言うなよ!!」
「ありがとう」
自分にしかできない英傑の力を行使するべく、覚悟を伝えた。
グリモ君は作成者の師匠に比べて思慮深い性格だ。ボクの身を案じてくれたことに感謝を伝えて覚悟を決める。
心配するライカの様子が背中越しに伝わってくる。魔術障壁の維持を続ける傍ら、威力を考慮して「ライカ、下がってて」と従魔に指示し、ボクは杖を両手に持って構える。
「......勇気ある者たちよ。王国ダンデライオンに咲こうとする花の芽よ。ボクはその守り手として、今、悠久の時を超えた力を引き出そう」
現代の魔術に使う神聖文字ではなく、それを言葉にした口詠唱ではない。系統の全く異なる、勇者にのみ許された殲滅技を開始する。
「『神より与えられし知恵よ。慈愛よ。全なる力よ』」
【オーダー承認。グリモワール、人格停止。自動補助に移ります】
「なんだ!?」「『神』......」
敵を取り囲むように、七色の輝きが現れる。
その光は逃げようとするナイン・オブ・ブレードを囲む檻となり、対象を閉じ込める。同時に魔術障壁も解除する。
【第一工程、完了。第二工程......中断。”要素”が足りません】
「”神の加護”が無いからか。......切り札その二で補え、グリモワール、『バルバトス』!」
【御意。第二工程......仮定完了。第三工程、選出】
「......『バルバトス・フェーズツー』、起動しマス」
やはり前世の力をそのまま使うには、足りない物があった。それの肩代わりのため、ボクはある特殊な”ヒツジ”の能力を起動する。
勇者の力の再現には必要不可欠な「バルバトス」の力。今回、カラスの魔物を倒した時に食わせた”花”は、彼の力を「フェーズツー」に引き上げた。
バルバトス、能力は「勇者の力」を制限時間付きでボクに再現させること。この能力のおかげで、「フェーズワン」の状態でボクは三十秒だけ、”ある程度の勇者の力”をリスクなしで引き出せる。しかし一日に一回しか使えず、二回目は体がもたない。
......なぜ、記憶の果てにある能力を再現できるのか。この能力がピンポイントで目覚めたのか。
今もそうだ。都合よく「バルバトス」が進化したことへの疑問はあるが、使えるものを使わずして何になるのか。
続いて第三工程。前世では持てる限りの全てを放った究極の一。しかし今世において、ボクは成長途中。前世で手に入れた力や魔術は、知識として覚えていても再現ができない半端な状態だ。
【——完了。出力総量二割に調整。数値が対象の殲滅に達しました】
(完全再現には至らない。ひどく歪な紛い物だ)
だから、自動魔術式グリモワールの補助がないと、この大技を使うことができない。
ボクの話を聞いて、師匠が再現性を持たせてくれた力だ。
まだ一度も試したことはないけど、この感覚なら上手くいきそうな気がする。体を流れる魔力の奔流は安定していて、展開した秘匿の術式に流れてゆく。
「......今一度、我が身に。お許しください」
「予算が足りず活動限界を迎えるか、ここで消されるかァ。変わりませんねェ。......最後に名前を聞いても?」
敵は完全に諦めた様子だった。武器を投げ出し、やれやれと肩をすくめて、仮面越しにボクを見つめてくる。
デュナの方は「覚えてろ、テメェ」と、仮面の下からでも分かる。明確に睨みつけている様子だ。
別に敵意を持たれても、ボクはなんとも思わない。存在の許されない”悪”が消える。それは、ホコリを箒で掃くのとなんら変わらないじゃないか。
死の宣告を始めるように、ボクは杖の先端を奴らに向ける。
「王国ダンデライオンに生きるグリモワールの弟子。そしてボクは羊飼いさ。”元勇者”のね」
「勇者......」
「擬似再現。かの幻想を思い描く......『ファンタズム・アルス=ノヴァ』」
判決を下し終えるように、詠唱が終わる。神が天罰を与えるように、杖をスッと振り下ろす。
その動きに連動するように、七色の光がハワードとデュナを取り囲み、波に飲み込まれるように見えなくなるまで覆い尽くす。
七色の光が天へと伸びていく。それは雲を突き抜け、だんだんと細くなっていき。まるで天に還るように光は消えていき、空から光の梯子が降りてくる。
狙った対象のみを消滅させる光が消え、草木がそのまま生い茂るその場には、跡形もなく何も残されていなかったのだった。
「あなた......正しく狂ってますねェ」
「秩序を守るために、身につけた。もはや幻想の力だよ」
「ククク、気になる御仁だァ。どうやらいつか、再びお会いしそうですねェ」
ハワードという男の声だけが聞こえてくる。
その声は徐々に遠くなっていき、またいつか会おうと。やはり写し身か何かで戦っていたのだと理解し、肩をすくめてため息を吐く。
「......”ダンデライオンの花束”たちに、女神の導きがあらんことを」
杖を地面に立てて、空を見上げる。去っていく脅威の気配もいなくなり、ボクは一息ついて、今度こそ終わったと確信し肩の力を抜いた。
ちょっと文字数多くなってごめんなさい。
備考:基本的にポンコツ、燃費悪い、器用貧乏の「羊飼いの極意・勇」も使い所によっては化けます。特に「詐称」と「回復」は作るのに時間もかかりますが、それだけ強力です。等価交換の原則ですね。
消滅反応。生前の技術の再現です。再生する”ピンクの魔人”すら存在ごと消すような「概念攻撃」です。まあ、今の「幻想」の方は似て非なる、ただ消し炭にする能力ですが。
バルバトス:詳細は不明ながら「勇者の力をその身に宿して再現する」という、特別な力を持っています。この能力はゲームの「ウルト」システムで、初めから溜まっているゲージを消費して使っていく感じです。
今回「フェーズツー」に覚醒したことで、その能力は「三分間のゲージ」になりました。ゲージを使い切るまでは使い放題だけど、空になった状態でもう一度「バルバトス」を使うと......? それはいつかの話で。




