第15話 羊飼いの”元勇者”と”花束”
——気がつけば、シオンの戦いが終わっていた。倒れたフリをしたまま、耳だけで戦局を伺う。
本来ならばそのまま起き上がり、倒れているシオンを助けようと思っていたのだが、近づいてくる不審な魔力反応を探知し、とりあえず気絶したふりを続けた。
(ライカ。気づいているか?)
(うぅ、ご主人。ライカは少し、休みたいです。怪我もあります、しくしく......血は止まってますけど)
(ご苦労さま。皆を守るために、力を抑えてくれてありがとう。最後にもう一つ、付き合って欲しいんだ)
(迫りつつある”不快な臭い”のことですね。......なるほど、分かりました)
この結果内で急に現れた反応。恐らく黒幕的な存在だと睨み、ライカに奇襲攻撃の準備を任せる。
やがて現れた二人組の会話を少し盗み聞きし、十分待ったところで起き上がり、獣人形態のライカと同じタイミングで攻撃。相手の力量もそれで測ることができた。
——そして現在。
(奴らがさっき、ボクの邪魔をした第三者か)
「......ピピッ。『バルバトス・フェーズツー』に覚醒しました。制限時間が”三十秒”から”三分”に拡張、一部の能力もアンロックされました。」
(なるほど、願ってもない力だ。勿体無い気がするけど......やっぱりピンチになったら使おう)
カラスの魔物の近くに落ちていた魔力でできた「存在しない花」を拾う。それを羊に食わせて様子を見つつ、向こうの分析をする。
するとこの状況下でとても助かる「バルバトス」の能力が進化した。一日に数分しか使えないし、使うとしばらく動けなくなるので、”貴重なアイテムは最後まで使えない症候群”のボクは考えを保留にする。
......そういえば魔王と戦う時は、ラストまで秘宝のエリクサーを使わなかったなぁ。
なんて懐かしい記憶を思い起こしつつ、意識を切り替える。
「タイミングをみて『バルバトス』の力を解放する。今はともかく......」
「ふふん。本気を出せばこんなもんですよ、ラクショー!」
「ライカ。あまり気を抜かない。二人は向こうに捕まってるんだ。助けないと」
「ええ、分かってますとも。ライカの喉をブッ刺したあの愚か者どもは、ぶっ誅してやります!! けほっ、こほっ......」
(ライカに無茶をさせたダメージもある。早々に片付けないとな)
全員が気絶したこの状況でこそ、「羊飼いの元勇者」と「フェンリルの獣人ライカ」は全力で戦える。奴らの気配を察知してから、この瞬間を待ち望んでいた。
先の戦闘で「ベリト」のスキル発動中に腕に感じた衝撃。それは恐らく、あの者どもの仕業だろうと推測する。
「テメェ、どうやって我らの眼を誤魔化した! 確かにあの時、貫かれたはずだ!!」
「単純さ、ボクのスキルだよ(『詐称の羊毛布』を自分自身に使って、体の傷を誤魔化す。初めて実践したけど、上手くできてよかった)」
確かに”貫かれた部位”を触る。感触はあったが、羊飼いの極意・勇の「ベリト」の能力で簡単に誤魔化せた。やはり要所要所で応用が効く能力だ。
ただ、体の方が貫かれた衝撃に耐えられず、無茶が祟ってほんの少しだけ気を失っていた。ものの数分だったと思うが、目が覚めるとシオンが激闘を繰り広げていた時は少し焦ったが......。
(脆い体だ。一応、体力も『羊毛布』で回復したけど、残り二枚......怪我は負えない。それにあの布は貴重だし、できればショコラルテに使いたい)
離れた場所で倒れているショコラルテ。目を凝らしてよく見ると、足の骨がめちゃくちゃになって突き破っているほどの重症だが、胸がゆっくりと動いているので息はあるらしい。
早めに倒せば間に合う。「マルバス」のスキル「回復」の効果を持つ布を二枚、同時に使えば致命傷も一気に治せるだろう......多分。最悪、目覚めた彼女に自分でなんとかしてもらおう。
やることの手立ては分かった。ボクは敵の様子などを眺めて、どう出るか思考を巡らせる。
すると、隣の宙に浮かぶ赤い本が、「オイオイ、小僧! なんだってあの野郎が?」と、敵のことを知っている口ぶりで話しかけてきた。
「知ってるのかい? グリモ君」
「知ってるも何も、世界の剣に取り憑く魔神どもじゃあないか! チッ、エディの魔力に興味を持って来たってことかぁ?」
「理由はいい。今は敵の正体よりも優先すべきことがある。自動式魔術書グリモワール、ボクの補助を頼むよ」
自動式魔術書グリモワール。これは名前の通り、師匠から授かった魔道具だ。
師匠の記した魔術の使い方を調べる時や、戦闘時の補助として、師匠が与えてくれた。「実験用だ、存分に使い果たせよ」とお墨付きである。
性格は師匠のモノをコピーした。なのでとっても口が悪い。オマケにデザインは禍々しく、大きな紅い瞳が書物の表側にあるので、うっかり触ると「触るな、イテェ!」と怒鳴られる。
(師匠のセンスは控えめに言って、終わっているんだよなぁ)
ある術の発動を安定させ、自分の魔力をコントロールする目的でこの魔術書を授かった。なので文句は言えない立場だが。
そんな魔術書グリモワールことグリモ君は中身のページをパラパラと忙しなく動かし、瞳をギョロリと動かしてこちらを見つめてくる。存在しない口の代わりに、瞳で豊かに感情表現を見せてくる。
「奴らは霊的存在だ。『神体』という本体を倒さなねぇと復活し続ける。あの姿は偽物か、他人の体を奪った姿だろうよ。本物はもう少し厄介だ」
「......あの女の方はライカの攻撃を受けて怒っていた。であればあの体は、本体の分身なのかな?」
「その線はありそうだな。まずは少女どもを助けるんだ、エディ」
「グリモ君はボクの魔術の負担軽減を。ライカ、ボクに合わせろ。隙を見て二人を助けてくれ」
「分かりました。ご主人様!」
(まだ”切り札”を使うには早いか。少し、ボクの力で争って見せよう)
まずやるべきは、同じ学院の仲間を連れ去られないようにすること。シオンたちを助けるため、ボクはゆっくりと魔力を溜め始める。
「ボクは生まれつき、魔力の量が桁外れでね。だから幼い頃は色々と大変だった」
体を薄い光で包み込む。以前より格段に上手くなった魔力調整で、”エディデア”の肉体ができる限界ギリギリの力を引き出す。
一歩間違えると体が内側から破裂するだろう。そしてこの力を悟られないよう、ボクは話題を逸らす。
「具体的には、時々静電気が走るように、コップに触れただけで壊す。石を破壊する。家の天井に穴も開けたなぁ」
「戯言の裏で何を企んでやがる。その体に溜めている魔力の流れを、見逃すと思ってんのか!?」
(バレてたか。まっ、いいや)
上手く隠して準備していたつもりが、筒抜けだったらしい。他者の魔力の流れを読み取るとは、相手はやはりただものではないな。
少なくともこの世界で初の強敵だろう。あのゴリアテ以上だと線引きを終えて、杖の先端を敵に向ける。
「この世に『魔力欠乏症』という症状がある。ならボクは逆の『魔力多すぎ病』と例えるべきなのかな」
ボクに明確に前世の記憶があるのも、この体がどこか異常だからなのかもしれない。
魔力の量ならば、グリモワール曰く「ワタシ以上だ」とお墨付きをもらっている。だが逆に、それ以外の才能に関しては「恐ろしいまでに普通だな」とも。
剣術や経験は前世から引き継いでいるが、”エディデア”としての成長にはカウントできない。肉体の強度、力、知能などは特別に秀でているわけでも無く、そういう意味での”普通”だ。
だからボクは、自分のために努力を重ねた。「勇者」を目指すわけでもなく、ただ己のために。それがどんなに「浅ましい」かは、前世の自分が見たら失望するだろう。無言で背中を貫かれても文句は言えない。
「荒波の制御なんてできる訳がない。正直、何度そう思ったか分からないよ」
「面白いですゥ! なんですかその魔力! あぁぁ、見たこともない輝きだ、素晴らしいィ!!」
「チッ、ここから出せ!!」
地面に落ちてきた、魔術障壁で閉じ込められた二人組。そいつらに向かって、特別何かを思うわけでもなく、ボクは淡々と情報を与える。
「良いことを教えよう。その魔術障壁はボクのスキルで作られた急造品。あと十秒もしないうちに消える。しかし、お前たちはボクから逃げられない」
「「......」」
「えぇと、どこまで話したっけ? ......ああ、そうそう。ボクは自分の力を使って、上を目指したいとは思わない。望んでいるのはただの平穏と日常でね。果たすべき責務とか、今世に求めてはいないんだ」
かつて勇者として縛られた人生。そして今は、ただの少年。ボクは前世のような、人類の希望となり手本となる生き方を求めてはいない。
それだけはハッキリと宣言できる。学院に入学してからの日々は平穏に満たされていて、そこそこ退屈で、それでいて楽しい。
「基本的に自分勝手なんだ。だから今は、大切な友達を守るために......」
「逃げ——」
だから、ボクは目立つことは避けたい。大半は失った勇者の力の片鱗を出鱈目に披露しない。今度の人生は、そこそこに生きて、のらりくらりと死ぬつもりだ。
では、それを邪魔する脅威が現れたらどうする? 受け入れる?
——違う。矛盾している。彼はその運命をつっぱね退けて、抗ってしまう。
だって彼は、人々の希望の”光”となって輝き続けた、自分勝手に人を助ける”元勇者”なのだから。
「なァ!? (予備動作もなくゥッ!!)」
「チィッ!! (コイツ器用に腕を狙ったのか!?)」
ハワードが飛びあがろうとしたところ、奴は違和感に気づいて、自分の足元を見つめる。
奴の両足が膝から真っ二つに切断され、バランスを崩し、ずるっと滑り地面に落ちる。
言葉を失っている様子のもう片方は、その高い危機管理能力で回避行動を取るが、避けきれず右腕を切り飛ばされ抱えていた”少女”を落としてくれた。
一瞬の出来事だった。魔術障壁が解けたと同時に、二人組を同時に切り裂いたような。そうとしか思えない一撃を、ボクは杖に纏わせた光の剣でやってみせた。
ハワードが顔を上げる。目元は仮面で見えて分からないが、その口元にはわずかな驚きと、その上でさらに興奮を張り付けたように口の端を吊り上げて、ボクを見つめていた。
「全力でオマエたちを殺す」
仮面の奥に隠された瞳を睨むように、ボクは「女神の眼」を発動させる。
本気の殺意を久方ぶりに引き出す。自分の感情がただ一つの目的のために向けられる。黒くて冷たい感覚が、悠久の記憶から蘇ってきた。




