14-2 ナイン・オブ・ブレード
氷の城から、”わたし”は見つける。
黒く陰に溺れた力が伸ばす、一筋の糸を辿って感じ取る。
狂気に身を浸す高揚や、死と隣り合わせの冷たい感覚。片手に握る程度にしか感じられないモノだが、久しく体に熱を与えてくれる。
「......ぁぁ」
パキパキと音を立てて、口の端の筋肉が動く。白い息が口からこぼれて、静寂の氷気をわずかに乱す。
「ふ、ふ......」
......かわいいかわいい”子供達”が抗っている。生命の胎動を絶やさまいと、身に余る”呪い”を行使して。
滑稽。嘲笑。期待。いずれにせよ、その結末に対して、ちっぽけな興味が湧き出てきた。
【どれ、少しだけ覗いてみようかしら】
指を少し持ち上げて、右の人差し指をピクリと動かす。吹雪に覆われた窓の向こう側を探るように。
わずかに感じた”呪い”の力と、使命に没頭する”同胞”の気配。そして......。
【あなたたちの”眼”を、思考を通して......フフフ......】
わたしの興味を誘う、もう一つの”似た輝き”を求めるように——。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これでキャベツ女も捕まえた」
「お手柄でェ。......結界も解除。ふぅ、この学院の腕輪とやらの効果を阻害するのは面倒でしたねェ」
「学院もクソ面倒なことしやがる。緊急離脱の転移を組み込みやがって。まあ、あとはこの腕輪を砕いて......」
「ん? どうかしましたか?」
二つの気配が仲良く話し合う。
そのうち片方が、何かに気づいたようにピタリと動きを止めて、視線の先にあるものを凝視する。
ゆっくりと、先に気づいた方が手を挙げて、人が指を刺すように、白く綺麗な人差し指をある方向に向ける。
もう片方は首を傾げて、その方角を見る。そして、”彼”は気づき、ポツリと”ソレ”を目にして呟く。
「......羊?」
「なんだァ? アレ?」
森の中に差し込む僅かな光が、綺麗に手入れされた真っ白の羊毛を、白く輝く雪のように照らしている。
その光景を見て、”彼”の頭には一瞬、”あの女”の姿がよぎる。同じく”仮面”を身につけて、氷に閉ざされた城の中から世間を伺う同胞の姿だ。
「なぜ、あの女の姿が......いや、そもそもアレは?」
”彼”は疑問の答えを見つけるように記憶を辿る。
無害そうに草をむしぼる羊は、地面に生える伸びた雑草や花を食べて、ふと顔を上げる。
羊は”彼ら”を観察するように、まっすぐと視線を送りつける。数秒間の視線の交差の後、陽の光が途絶えて、まるで羊の色が変わったように影の下に。
(あの羊、どこかで見覚えが。確か、さっき、ここの少年が......)
記憶を辿り、”彼”は徐々に思い出す。ブラックローズの力を遠目に観察しているときに、ある少年が妙な力を使っていたことに。
”彼”は辺りを見渡す。その少年の姿を探して——倒れているはずが、少年の姿はまるで、まぼろしを見ていたように姿形もなかった。
「ッ!! 違うっ、デュナ! 見間違いではない!!」
「はぁ? なんの話を——」
「あの羊の色が.......毛色が変わっている!! 紺色の——」
”彼”はいち早く気づいて、とらえた標的を持ち運ぼうと、次の動きに移行しようとする。相方のもう一人、”彼女”は遅れて気がつき、「チッ!!」と舌打ちして、地面を蹴り出そうとする。
——カシャン、カシャン。
鈴のような、何かの装飾がぶつかり合う音が、森の中から響いてくる。
”二人”は足を止めて、周囲を見渡す。音はあらゆる方向から聞こえて、徐々に近づいてくる。
まるで......”罪を裁定し天罰を降す鐘の音”のように。
「ハワード!」
「分かっていますゥ、少し黙っていなさいィ!」
「......いや、分かるぜ。そこだ!!」
先に異変を察知したのは、フワフワと暴れる長いオレンジゴールド髪の少女を抱える方だった。
彼女の気配探知は鋭く、フェンリルの音の無い狩りすら気づき、獣人形態の爪によるその一筋をかすり傷で避けた。
「ッ、デュナ!」
「勇気ある者たちの未来を奪わせるわけにはいかないね」
続いて”ブラックローズの娘”を抱える長身の男も、すんでのところで攻撃を避ける。
長身の男は攻撃の主を仮面越しに睨みつけていると、先ほどまで気配すら感じさせず、倒れていたはずの少年が立っていた。彼は「やるね」とその腕前を純粋に褒める。
「グルル......ぶっ殺す!」
「裸の......銀狼の獣人か! 犬っころが、我が体に傷を......」
「おかしいですネェ。あなたは負傷していたはず。なぜピンピンしておられるゥ?」
「それは今、聞くことかい?」
攻撃の主である少年は杖を地面に下ろし、部が悪い状況だというのに、余裕綽々の笑みを浮かべて敵の様子を窺っている。
それが仮面の二人にとっては、そこ知れぬ恐ろしさを隠しているようで、たかが一人の学院の生徒という分際に、必要以上の警戒心を割いていた。一つでも選択を間違えると、取り返しがつかなくなるかも知れないと。
「質問をさせてもらう。君たちは何者だ? 学院の人間でもない。いや、この国の人間なのか?」
「......良いでしょうゥ。我らの噂くらい、耳に入れておきなさいィ」
白い装束をめくり、右手を露わにする。エルフィンの耳と高身長を持つ男は、その手を下からゆっくりと掬い上げ、やがて天から雨を受け取るように伸ばしていく。
「我が名はハワード。『ナイン・オブ・ブレード』の一振り、”第六位”でスッ。以後、お見知り置きをォ!」
声高らかに彼は、自らの名前を名乗る。それは目の前の少年に向けてというより、天への誓いの一言のようだった。
「聞いたことない名前だ。この平和な世界で何を考えている?」
「平和? あなたの目には、この世界が平和に見えるのでスゥ?」
「あの戦禍に飲み込まれていた世の中に比べれば、ボクにとって理想だよ」
「おぉ、曇りなき光の眼差し。しかし悲しィ。強すぎる光は盲目になってしまうゥ!」
少年の顔は笑みを浮かべているだけで、その心がまるで読み取れない。このような経験、ハワードは初めてだった。
とてもただの人間とは思えない。何かを孕む者の瞳だ。あの優しい瞳の奥には、強い光を宿す瞳には、触れてはいけないモノがあるのは確かだと感じた。
「ハワード! 結界を解いて悠長に話す時間はねぇぞ! 活動限界が近い!」
「おぉ、そうでス。人が駆けつける前に、失礼。また会いましょう、優しい光よッ」
ふわっと二人は浮かび上がる。まだ学院の試験監視人は来ていない。これで姿を晒す前に、些細なお仕事の完了だ。
唯一、ハワードは見ず知らずの少年の力を解き明かしたく「名残惜しい」と感じるが、次の機会があるだろう。それだけでも十分だと、彼は思っていたが。
「どこに逃げる?」
「これは......」「何だ!?」
「さっきも言っただろ。”勇気ある者たち”を、見逃すと思っているのか?」
少年の声色が二つくらい、下がったような気がした。背筋が凍るような感覚と共に、ハワードたちを何かが囲っていた。
その壁の正体に気づく。何重にも重ねられた、魔術障壁だ。
「出し惜しみはしない、本気で行かせてもらう。......自動式魔術書『グリモワール』」
少年が右手に何かを呼び出す。赤色の魔力反応と共に、何かが空中に現れる。
それはまるで一冊の書物。本の名前は先ほど読んだモノで、聞くだけで寒気がする忌々しい名前と同じ。
(グリモワール。あの女の関係者というわけですかァッ!)
「チッ、性悪女の弟子か何かか!」
「師匠のこと知ってるんですね。おっしゃる通り、性悪女ですが、素敵な女性ですよ。あははは」
目が全く笑っていない少年。どうやらもう少し、彼と付き合う必要がありそうだと、ハワードは興奮と喜びをわずかに感じていたのだった。
備考:フェンリル・子犬形態→獣人形態になると、ライカは基本的に裸です。本人の羞恥心はそこまでありませんが、あるにはあります。




