第14話 ブラッド・ストーカー
一人の少女と、カラスの魔物から這い出てきた怪物。その戦いを結界の中で傍観する二人組が、宙に浮いて様子を眺めていた。
「アレが『ブラックローズの秘術』。なんと凶悪で素晴らしいのでしょうかッ!」
「とんだ期待はずれだなァ〜。エンジェルズ程度にやられてるじゃねぇの」
一人は興奮を隠しきれない様子で、もう一人は心底つまらないと言った気持ちを隠さず、仮面の下で失望の眼差しを向けている。
「目覚めのない第九位にここまで戦えている。それだけで役に立てると分からないのかねェ、デュナ?」
「知らねぇよ。んで、どいつを回収するか決めたのか?」
「もちろんッ! やはり最初は......”黒い花”を摘みに行きましょうゥ」
純白の仮面をつけた怪しげな二人組。彼らは閉ざされた結界の中で、健気に戦う”黒い花”の行く末を、不吉な眼で見ているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ブラッド・ストーカー」。それが私に与えられた「特殊技能」。
他者の血液から魔力を生成し、自らの制限の枷を外すことができる。自分の魔力でも呪いの扉をこじ開けることは可能だが、私は基本的に魔力が回復できない体で、日常での魔力量も少なく開放に必要な域に達していない。
これも「ブラッド・ストーカー」の影響かもしれない。年中、魔力欠乏症の影響で体調が低下気味で、薬での回復も追いつかない。倒れてしまったら、私はブラックローズの家に運ばれて、全身を拘束された状態で血を飲まされる。それが「入院」だ。
そうやって今まで生きてきた。血を摂取すると欲望に駆られて理性の枷が緩んでしまうので、外では血液に触れないようにしてきた。
「消し飛べェェ!!」
突如としてカラスの体から現れた、全身真っ白の不気味な生物。そいつに向かって跳躍し、両足を揃えて上から叩き潰すように全力の飛び蹴りを叩き込む。
「ウギギギギ!!」
歯が割れそうなくらい強く噛み締める。白い化け物は両手で蹴りを防ぎ、無数の瞳をこちらに向けて、腹や胸に口を生やして「キャハハハハ!」と嘲笑う。
(効いていないッ!!)
「ケァァ!!」
「ガッ、ッ......ぁぁぁ!!」
両足が弾かれる。蹴りの勢いが完全になくなる。数秒間、体が宙を舞って、怪物が両手で私の足を掴んで地面に叩きつける。
そして再び振り上げようとした時に、枷を外し人並み外れた運動神経で背中を丸めて敵の両手を掴み、自身の血液を付着させる。
地面に叩きつけられる前に敵の白い手を力づくで振り解き、一瞬だけ大地を強く蹴り上げ、血のブーツによる蹴りを数発叩き込む。鈍器で殴られたも同義の威力だが......。
「キシェェ?」
「笑っていられるのも、今のうちッ!! ハァッ!!」
まるで蹴られたことに気づいていない素振りだ。蹴った時の手応えも無かった。しかし、次のプランがある。
不敵に笑う化け物に対し、私は右手をバッと勢いよく突き出し、魔力を一気に流し込む。
先祖は自らの血液に魔力を流して自由に操り、想像力の赴くままに力を行使した。そのレベルまではいかないが、噂を真似た技くらいはできる。
「『ブラッド・エクスプロード』!」
「ギッ!!?」
怪物の両手もろとも、至近距離で自爆する。爆風でゴロゴロと転がり、即座に起き上がる。
血の爆発はあまり効果がないらしく、怪物は驚いて固まる様子は見せるものの、その”カオ”は流れるように移り変わり、いやらしく目を細める。嘲笑するように”上半身の口”を大きく開けて、あの耳障りな金切音で鳴き始める。
「口は災いのもと......」
「カフ、コォ!?」
「ずっと閉じていればよかったのに」
そこだ! 私は思い切って駆け出し、怪物が防御の姿勢を取る前に、胸の口に右手をぶち込む。
怪物が手を噛み砕こうとする。パキパキと、私の魔力と血液で作られたブラッド・ストーカーの外装が割れていく音が聞こえてくる。
そうなる前にもう片方の手で敵の頭を、殴るように押さえつけて、地面に押し倒す。
敵は初めて自らの危険を察したのか、無数の瞳を細くし、両手を手刀のように細くして、体を貫こうとしてきた。
右手の攻撃を避けて、左手の攻撃は胸の下を掠める。「っぁぁ!」と痛みに耐えかねる声を漏らすけど、ブラッド・ストーカーの応用で傷口の血を操って、無理やり止血する。こんな傷に、彼はいちいち喚いたりなんてしない!
「今のうちに好きなだけ笑えッ!」
「ギギギ!」
「『ブラッド・エクスプロード』!!」
もう一度、血の爆発。右手の血が敵の内部に滴り、体の内側から爆発が起こる。
内部からの攻撃には弱かったのか。アレだけ固かった外皮をもろともせず、怪物は内側から破裂し、戦闘は終わりを告げたのだった。
たった数分にも満たない戦いが終わった。短期決戦型のブラッド・ストーカーは、魔力欠乏症の体に力をもたらす一方で、自身を死の沼に引き摺り込む毒ともなる。
「ハァ、ハァ......ぐっ!」
頭が痛い。激しい眩暈がする。体に悪寒が走り、両腕を抱き抱えるように握っても耐えきれずブルブルと震える。重度の魔力欠乏症の症状だ。
体の熱が一気に引いていく。呼吸が合わない。徐々に全身に力が入らなくなっていく。
......”わたしの光”。声に出して呼びたくても、声が出てこない。
体の様子が元に戻り、魔力の装甲も消えていく。地面に倒れるエディデアに近寄ろうと、一歩ずつ精一杯の足で踏み歩くが。
(暗いのは、もうイヤだ......)
落ちてくる瞼の重みに耐えきれず、視界を闇が覆う。踏ん張りも虚しく、私はそのまま地面に倒れてしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気づけばカースオレグの毒は無くなり、異質な怪物も姿を消していた。
場は一気に静かになる。まだ開かれない結界の中に閉じ込められていて、この場で唯一、意識を保っている少女は、シオンの戦闘を少しだけ見守っていた。
(目の前の脅威は去ったはず。だというのに、この嫌な空気はいつまで続きますの!?)
「やっと静かになってくれましたねェ。少年少女たちィ」
この場で待っていましたと言わんばかりに、何者かの声が聞こえてくる。
”美しさ”を追い求めた縦巻きの髪型が自慢の少女は声の方向を探り、気づく。その声は自分たちの真上から聞こえることに。
動くと傷口から血が吹き出そうな体を無理やり動かして、ゆっくりと立ち上がる。
そして自分やシオン・ブラックローズに近寄ろうとする奴らに対し「何者ですの」と、レイピアを引き抜く素振りを見せつつ、地面に降りてきた謎の二人組を睨みつけた。
両者とも鼻まで隠す赤い模様の入った白い仮面をつけており、身の丈をすっぽりと隠す大きな白い装束を身につけている。武器は持っておらず、仮面の紋様はそれぞれ違い、羽と特徴的な剣のような模様が刻まれていた。
「おい、コイツ意識あるぜ」
「本当ですねェ。まあ、いいでしょォ。そこの女とブラックローズは上玉だ、持っていくゥ!」
「その子を離しなさいッ!! (空を飛ぶ能力? 聞いたこともありませんわ、一体この者どもは......)」
力尽きて倒れているシオンを、長身でエルフェンの耳を持つ男が拾って抱え上げる。
何をするつもりか分からないが、そのまま見過ごすわけにはいかない。怪しい風貌の二人組に、彼女は斬りかかろうとするが、もう一人。同じ背丈くらいの力強い女性の声をしたヒューランと思われる者が立ち塞がる。
「良いマッスルですこと。どいてくださいまし」
「マッス......なんて? いや、どうでもいい。邪魔すんなよロールキャベツ女ァ。抵抗すると面倒だから、手足を折っちまうぜ?」
「ロールキャベツではありません。それにわたくしの鍛え抜かれた麗しの美ボディを——」
「盛り上がってるところ悪いんですがねェ。この結界の維持も限界が近いんで、魔力切れで”カラダ”が動けなくなる前に行きますよォ」
仮面をつけている女の方が、白いローブの下から両手を構えつつ、近寄ってくる。
見慣れない衣服。どこの国の人間でもない。それは分かるが、なおさら検討がつかない。
国の貴族などと関わり、素性や伝統などは概ね把握している。そのどれにも当てはまらない背格好を、目の前の不審人物たちはしているのだ。
(それにわたくしはもう、戦う余力はない。詰みですわね......)
小さく舌打ちをする。自分の全力を出し切ったタイミングでの襲来。まるで狙っていたかのようで、気味が悪い。
それでも少女は諦めない。レイピアを引き抜き、目の前の不審人物に立ち向かう勇気を姿で示す。
「それを世間では”蛮勇”と呼ぶんだぜ?」と、目の前の女は皮肉たっぷりに仮面の下で笑って近づいてくる。
万事休す。それでも少女はレイピアを構え、ただ”目の前の像”に向かって突き出す。その攻撃は避けられて、首の後ろに鈍い衝撃が走り、彼女の意識は一瞬、途切れそうになってしまう。
——そこから先のことは、彼女自身の視点ではよく分からなかった。ただ数分後、意識を完全に失う直前に目撃した「強者の姿」を見て、彼女は確かに心を奪われたのだった。




