13-2 まるで”羊の妖精”のような少年だった
(死んだ......)
「けほっ、こほっ! えっ?」
煙の中から少年が出てきて、苦しそうに何度か咳き込む。爆発で死んだと思っていたが、少し焦げているだけだ。
しかし想定外だったのか、彼も明らかに戸惑っている。「あの人の言う通りにしたのに」と首を傾げながら、彼は私のところに戻ってきた。
「今度は調整に失敗して、魔術が暴走しちゃった。危うくボクも消し炭だったなぁ。難しいや」
「あ、の......」
「君、ひどい怪我だね。待ってて、ちょっとこうして......」
自分の方こそ治療が必要では。そう言いかけて、口を閉ざした。
何も意味はない。この少年に助けられて、それでどうとなる話ではないからだ。
その事実が、私の思考を縛っていく。視線を落とし、起き上がる気力も湧かず、地面に伏したまま黙り込む。
「少しずつ痛みが和らぐおまじないをかけてあげたよ」
(痛み......たしかに、消えてく......)
「少し顔色も悪いね。そうだ、これあげるよ。ボクの家で作ってるんだけど、母さんと一緒に作りすぎちゃって。甘くて美味しいよ」
「......」
確かに痛みはじわじわと、泡が弾けるように消えていくが......彼のことなんて興味なかった。少年が懐を漁る様子を音だけで聞いて、「いなくなればいいのに」とすら思っていた。
けれど彼は、布にくるまれた小さな小包を私の視線の先に落とす。”ソレ”は嫌でも視界に映り込む。あえて反対側に顔を向けてやると、彼もまた小包を動かす。......うざい。
「......」
「?」
この少年は私の意思など関係ないと言った様子で、ニコリと微笑んでその小包を、必ず視界の中に映してくる。
なぜこんな図々しいのか。段々と腹が立って、私は起き上がり「邪魔」と。はっきりと言ってやった。
「この中身は焼いた菓子でね——」
(聞いてない......難聴?)
「ほら、どうぞ。......おいひいよ?」
私の一言が小さかったのか、聞こえないふりか分からない。彼は謎の食べ物を自分の口に運び、危険はないと伝えてくれる。
そういう微妙な配慮はできるのだなと、私は思いつつ。この少年から逃げても、どうせ辛いことが待っているだけ。
ならばいっそ、されるがままというのもいいだろう。そう思って、素直に焼き菓子を受け取った。
渡されたのは、私が今までに見たこともない、綺麗なクリーム色のお菓子だった。(後にそれが「クッキー」だと、外の世界に触れた私は知った)
男の子がクッキーを渡してくれた。それを試しに一つ、警戒しながら食べると、口の中でサクッという音と共にホロホロと崩れていった。どうせ味なんてしないはずで——。
「......!!??」
「大丈夫? すごい驚いているけど......」
「だ、大丈夫......。お、美味しい、です」
「よかった。全部あげるよ」
「いいの!?」「どうぞ」
——初めての味。初めての食感に驚いて、口からこぼしそうになった。
甘くて優しい味。幾つでも欲しくなるような......。(当時の)私は恥ずかし気もなく、いただいたクッキーを一気に食べて、少しむせて、男の子からもらった水で喉を潤した。
「よし、休めたことだし。歩けるかな?」
「うん」
「なら街の門まで送るよ。ちょうど、報告もしたい相手がいるしね」
少年がくるりと振り返り、洞窟の外を指差す。洞窟を出ようという合図だろう。
「......行っても、辛い」
しかし、私にとってはそれは、闇の中へ舞い戻るということ。生きて帰った自分を、あの家の人たちはどうするだろうか。
「? そうでもないよ。この世界は平和だし、見るべきものはたくさんだ」
「私は違う。光なんて、なくて......」
「なら自分の足で踏み出してごらん。ほら、最初の一歩だと思って」
顔だけ振り向き直って、小さく口の端を釣り上げる。少年の言うことの意味が分からず、首を横に小さく振った。
彼は知らない。私の存在理由と扱いを。私を取り囲む不条理と理屈は既に出来上がっていて——。
「......!」
すると逆光が洞窟に入り込んで、思わず目を細めた。
眩しい。光を遮るように手で隠し、私は目にした。
陽の光に照らされ、ニコリと優しい笑みを浮かべる彼の姿を。顔と手をこちらに向けたまま、私という闇に一筋の光の糸を伸ばしてくれている姿を。
(......勘違いでもいい。今だけは、この光に——)
......この時の私は、”濁り闇に染まった瞳”に、たしかに”光の色”を感じたのだった。
それが少年との初めての出会いだった。
圧倒的な力で、自分より大きい獣を二匹も仕留めた。
「両手に光の剣を作り、鮮やかに熊に対して軽やかに”踊る”姿」は、見惚れてしまうほど美しいと感じた。魔術を放つ後ろ姿は、同じくらいの子供とは思えないほど大きく見えた。それが私の”憧れ”で、”目標”の一つになった。
その時の少年は命の恩人だった。そして自分に初めて優しく接してくれた、人生で初めての男の子だった。
その思い出が、私の中で光となって残り続けた。あの時の男の子に”似た人”が、目の前で倒れている。
杖を持ち、光の剣を操る。あの時の少年に限りなく似ている、シオンに取っての光が。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——自分のことは分からない。どうすればいいのか。でも。
「ぅぅ......」
「......私は、キミを、”光”を失いたくない」
近くではエディデアの呻き声が。遠くでは狼の悲鳴が聞こえる。激しい落雷の音と、あの耳障りな金切音も。
でもそんなのは今、どうだっていい。穏やかな顔で意識を失う彼の顔に触れ、頬を軽く撫でて、その手を右の方まで滑らせていく。
「だから許して、ください」
制服を少し脱がす。右側の首に顔を近づける。
口を大きく開ける。欲望の飢えに応えるように、牙が鋭くなる。止まらない奔流に、身を流して任せ。
「いただきます」
エディデアの首筋に歯を立てて、血を流させて。その血液をズズッと、味わうようにゆっくり吸う。
(ああ、美味しい。やっぱり彼の光は、私の瞳に......色を——)
極上の味だった。喉を潤す、体の芯から求める乾きに応える。この快感に身を浸していたいと、私は誘惑に溶けそうになる。
エディデアの首から離れる。口元の血を指でなぞって、最後の一滴まで口の中で堪能する。
敵は気色の悪い謎の獣。あの白い何かは、フェンリルの一撃でカラスの体から解き放たれていた。
白い上半身に対して、腰はカラスの肉体から引きちぎってきたような肉と羽毛を纏っている。その先は体と同じような白い肉体によって構築されていて、人型の姿となっていた。
その忌々しい敵を睨みつける。少し息を吸って、私は自らの呪いを解放する。
「スキル......『ブラッド・ストーカー』!!」
肉体の感覚が、一度、すべて途切れる。指や手足の肉が蠢いて、歯は鋭利なものへと変化していく。
「ウゥゥ......理屈なんて、関係ないッ」
体の血が疼く。両手の指が紅く染まり獲物を殺す爪となる。熱が全身を駆け巡り、意識が呑まれそうな狂気に堕ちそうになる。
足から紅い魔力が噴き出る。魔力の形状が変わっていき、ブラックローズの家に伝わる伝承の存在に似た姿。「吸血の女王」のように、鋭く艶かしさを感じる靴が足を覆う。
......もっと血が欲しい。もっと、もっともっと。食べたい、全部!!
「グゥッ、ああ、ァァッ!! ......エディデア、あの光はッ、私のモノだァッ!!」
喉を抑える。熱い。苦しい。息ができない。頭が欲望で支配されそうになる。
「私ッ......のォッ、瞳に、色を与えてくれるッ! クゥァァ......彼をッ、ここで死なせないッ!!」
頭を振り払って必死に耐える。ブラックローズの呪いに強い意識で抗い、私は地面を強く蹴り出す。
「『ブラッド・バレット』!!」
魔力で作り出した黒い球を打ち出す。それを白い獣の体に飛ばしながら近づいていく。
どちらが獣なのか分からない。体の芯から叫び、狂気に呑まれるのを振り切るように、ひたすら体を動かし続ける。息が切れようと、足が震えようと、指の爪が剥がれていこうと、私は勢いを殺さずに動き続ける。
自分にはこれしかない。血を啜り、呪われた力を使って、命を削って大切な”光”を守る。
「ハァ、ハァ、ハァ......」
「ギギギ......ィィィ!!」
「グチャグチャに、引き裂いてやるッ!!」
両手の爪を突き出すように構えて、私は白い化け物に向かって、駆け出すのだった。




