第13話 ”瞳”と色
シオン・”ブラックローズ”。
外敵を拒むイバラのトゲを持つ”黒いバラ”と同じ名前。......そんな名前を背負っているせいか、私は生まれながらに、家の呪いに縛られていた。
ブラックローズがダンデライオンに根を張ってから、数百年の年月が経っている。
元々は別の地方に住んでいた先祖が、”血の呪い”を捨てて、新たな生き方を求めてやってきた。
だからブラックローズは名前と伝統を誇りに思っていても、”ただ一つ”のことを嫌う。
それは先祖が捨てた「血の呪い」。醜い吸血衝動と悍ましい力は、発現した者を満たすことのない欲望によって永遠に苦しめる。自らが制御できない衝動に駆られ、獣のように他者を傷つけて襲ってしまう。
その呪いが発現すれば、家の中で隔離されるか、最悪殺されてしまう。それほどまでに恐れられる先祖の呪いが、まだ幼い少女の身に宿ってしまった。
であれば、想像は容易いだろう。......私の無意識の吸血行為が露呈すると、家の中で居場所がなくなった。
口から滴る血。その味を覚えた少女は、恐れられ、実の親からも離れて暮らすことになってしまった。
(何も求めちゃいけないんだ。私は”呪い”を持ってるから)
暴走しないよう、最低限の食事が与えられ、時には身内に殴られて、少女は次第に心がすり減っていった。
瞳は世界の色を薄くしたようにしか像を映せない。舌はまともな食事の味を感じられなくなった。
(痛い。でも耐えていればいい。与えられたことを、この体で受け続けるだけでいいんだ)
薄暗い部屋の中に閉じ込められ、出られない屋敷の一室で剣術などの指導を受け、体にいくつものアザができても、胃のなかのモノを吐き出して泣いて詫びても。
......誰も私の手を取り、その場から連れ出そうと......してくれなくなった!!
(なんで。どうして。何をすればいいの。なんで、なんでなんでなん——)
腹の内側に渦巻く”陰”のように暗い感情。吐き出せないから、腹を押さえてうずくまって......何度、そうしたのかは覚えていない。
ただ、しばらくして。その現状を見かねた人物が、”一族の汚名を克服し覆すような活躍を見せるという条件”で学院に進学することを許してくれた。誰か分からないが、少なくとも家族以外の者であるのは違いない。
こうして十五歳になったシオンは、学院に進学するこことになった。
初めて外の世界に出られて、風を浴びて、私は何を感じたか。彼女は——何も感じなかった。世界はずっと、色褪せたままだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——時は少し前に遡る。
私がいくつか歳を取った時。修練と称して、見知らぬ洞窟に放り込まれることがあった。......私は生まれ持った呪いにより家族から無条件の悪感情を向けられている。
その力を発揮させるためか、それとも......。どのような思惑があれ、一振りの短剣を地面に投げ捨てられ、身内の従者に置き去りにされてしまった。
「お前の力を使えば、この程度はなんともないだろう。化け物め」と言われたことは覚えている。
「ここ、どこ......」
か細い少女の怯えるが響く声。地面の短剣を握ろうとすらせず、両手を聖女の祈りのように合わせる。
薄暗い洞窟。聞いたこともない獣の鳴き声。空気の抜ける不気味な音。全てが恐ろしく、まだ幼い私は震えて動くことができなかった。
そうして座して待つだけだった私の元に、洞窟の外から大きな足音が聞こえてきた。
複数の足音が背後から迫ってくる。ゆっくりと振り返ると、その主は大きな二足歩行の獣。洞窟に住むクマ型の魔物だった。
奴らは私を見つけ、獣の本能に従って警戒する。このままじゃ死ぬ、けど何をしたらいいのか分からない。
恐怖でおぼつかない体を、私のほんの一握りの生存本能が動かした。カタカタと震えながら立ち上がり、一、二と幼児の一歩に劣るような歩幅で、私は短剣を拾って立ち向かう。
(大丈夫、大......じょうぶ、だいじょ......思い出して、いつも、みたいに......)
手元には、人の肉なら簡単に切り裂ける短剣。獣に通用するのか分からないが、いつもの修練の動きを思い出せばいい。痛いだけの鍛錬の成果は今、この時に発揮しなければ意味がない。
私は自分の意思に鞭を打つ。自分はできる。でなければ、死ぬ。
「はぁぁぁ!」
ゆっくりと溜めた決意を爆発させる。感情を振り切って地面を蹴り上げる。
短剣でクマを攻撃する。効果はあるはずだと言い聞かせて......それはクマに届く前に、気付けば私の体は壁に打ち付けられていた。
「かはっ!! ......ぅぅ、ぁぁぁぁ!」
痛みで声が出ない。苦い味がする。起き上がれない。
獣の唸る声が聞こえてくる。クマは大きな咆哮を上げて、私という敵対者を殺すべく、無慈悲にも私の何倍もある大きな手で襲いかかってきた。
(この洞窟に連れてこられた理由が、分かった。死ぬためだったんだ)
壁にぶつかった時、頭と鼻を強く打った。どこかが怪我をして、血が顔面を覆い尽くすほど流れてきた。
その瞬間、私は自分の命運とやらを、幼いながらに悟った気がした。
(私が生まれた理由が、分かった。無意味に生きて、死ぬために生まれてきたんだ)
記憶に無い両親からは何も貰えていない。気付けば自分は恐れられ、身内に蔑むように見られ、誰とも触れ合うことの許されない屋敷に閉じ込められていた。
そんな命がどうして生きる意味を持っているのか。いや、あるはずがないだろう。私がいてもいなくても、世界は変わらない。
ただこの世から「呪いを背負った少女が消える」だけだから。そう考えると、私は自分を取り囲む全てがどうでもよくなって、「早く消えてしまいたい」と願うようになった。
(いや、違う。ずっと前から、私は『消えたい』んだ。気づいてて、気づかないフリをしていたんだ......)
奥歯を強く噛み締める。不思議と僅かな怒りが湧き上がり、歯に籠る力が緩む。
次第に口の力が緩み、喉の奥からするりと出てきた「あはは」と小さく儚い笑い声が、洞窟の壁を跳ね返って響いてくる。
クマ型の魔物が命を狙ってくる僅かな時間に、自分という存在の理由を振り返った。それだけで終わり。シオン・ブラックローズは、ここで役割を果たして消えるんだと、自他共に認めていただろう。
「こんなところに女の子が一人? 大丈夫?」
「......?」
すると不思議なことに、耳元で誰かの声が聞こえてきた。
血が目に染みて、目が開かない。「拭いてあげる」と言って、見知らぬ声の主に顔の血を拭ってもらう。
そして目を開けると、そこにはふっくらとした肌に、もこもこの衣服に身を包む、まるで何かの妖精のような少年がいた。
瞳は薄い緑色。髪はツンツンと癖毛が目立つクリーム色で、私と同い年......? なんでこんなところに子供がいるのかと思って、ボーッとする頭を働かせたけど、答えは見つからない。
「くま......の......」
「ああ、この魔獣? のことかな。それなら心配しないで、今は倒れてるから」
「たおれ......ぇ!?」
「石を投げるだけなのに、魔力の調整が難しくって。あの人に教えてもらったやり方と同じはずなのになぁ」
少年が立ち上がり、悩ましそうに腕を組む。私は目線だけでその姿を追うと、いつの間にかクマ型の魔物が一匹、体に焦げたような傷跡をつけて倒れていた。近くに大きな”岩”が転がっているが......?
現場の状況が理解できずにいると、もう一匹が少年のことを睨みつけ、今にも襲いかかりそうな唸り声を上げていることに気づいて、私はビクッと体が震える。
(殺される!)
「ボクの練習相手になってくれないかな? 嫌?」
「ウゥゥ!!」
「ありがとう、付き合ってくれるんだね。じゃあ今度は......剣術で!」
少年が地面に落ちていた私の短剣を拾う。そして慣れたような手つきで構え、剣に魔力を纏わせようとする。
しかし「うわっ!」と驚くような声を上げたと思えば、短剣が灰になるように崩れ、バラバラになっていくのだった。
彼も怪訝な表情で手元を見つめていて「仕方ない」と言って、光の剣を二本、手元に出現させる。
(光?)
「っ、この程度で魔力が暴れ回っている......。決着は早々に付けさせてもらうよ!」
少年が勢いよく地面を蹴って駆け出した。
二本の短剣を両手に構えて、クマ型の魔物の正面に向かっていく。
向こうもただの獣じゃない。魔力を持つ獣だ。両手を地面にズダンッと、衝撃を響かせるように落とした後、地面が割れて棘のようなものが生えてきた。
獣が得意とする無詠唱の魔力行使。その広範囲攻撃だ。一撃に特化した技であろうが、人体を軽く貫く。
それを少年は知っていたのか。華麗に避けて、一部の棘は短剣で切り裂いて、懐に潜り込む。
クマは少年を踏み潰そうと片手をあげる。対して少年も右手の剣を振り、スパッと獣の腕を切断。悲鳴をあげるクマに、続けて少年はもう片方の剣で顎の下から体を貫いた。
「よし! えっと、確か......『エクスプロード』!」
そして少年は一歩離れて、両手を合わせて何かを唱える。
すると彼は自分すら巻き添えにする、豪快な爆発と粉塵に飲み込まれてしまうのだった。




