第12話 羊飼いの力
「よくも......やってくれましたわね」
「あれはさっきの女子生徒? ってか何その姿!? ムキムキ!?」
「『パワースカーレット』! その脚、へし折って差し上げますわ!!」
イブリスたちの攻撃に参加するように、吹き飛ばされていた”オレンジゴールドの髪”を持つ女子生徒が戻ってきた。
どこからか聞こえてきた物音の主は彼女のようで、こめかみをひくつかせ、怒りに支配されているような。好戦的な態度を露わにしている。
無事だったことに後方支援の二人は安堵するが、その姿の変わりように目を丸くして驚く。
ショコラルテの反応も最もだ。ボクも危うく、スキルの維持が出来なくなるくらいの衝撃だった。
あの少女は確かに、先ほどまで文字通り淑女のような佇まいと、優雅に刺突剣を扱っていた。それが今では、制服が悲鳴をあげそうなくらい、膨れ上がった筋肉に耐えている。いや、本当にどうしたんだろう、アレ?
これが彼女の”技能”なのかはさておき、”レイピア”よりも二回りほど大きな刺突剣を握るのではなく、拳一筋で彼女はカラスに殴り込みに行く。見たところほぼ無傷なのも恐ろしい......。
「えらい強敵がいたものだ」と思っていると、隙を見てライカが負傷者の生徒を運んできてくれた。彼女には引き続き、戦闘の支援を頼むことにする。
(ご主人様。時間が足りないと思ったら、全力を出す許可を)
(それは最後の最後に。前線の皆を頼んだよ)
負傷者を運び終え、ライカも戦線に復帰する。力を抑制した状態で、フェンリルの片鱗を醸し出さない程度だが。
彼女が全力を出せば、周囲一体が吹き飛ぶ可能性もある。それに、戦闘を通して生徒のレベルを上げておきたい学院の思惑がある以上、たとえ今がイレギュラーでもその方針は崩せない。
「応急処置だけど、歩いて移動するくらいなら問題ないはずっ。くっ、魔力が......」
ショコラルテが負傷者を治療する。幸い、負傷した生徒は生きていて、体は潰されていたが、回復の魔術で治るレベルの範囲だったようだ。
「ふぅ、やっと脳が魔力の運用に慣れてきたよ。早めにカタをつけないと、時間も無くなるからね」
不思議なことに、時間が経つと辛い物も慣れてくる。油断はならないが、魔力の運用がうまくいきそうだ。
あと少し経験と時間があれば、この緻密な操作を続けたまま動けるようになるだろう。ボクの経験値が上がるのも嬉しいが。
......時間はかけていられない。五分以内に倒さないといけないのだ。すでに二分は経過している。体感時間的には十分のように感じているが。
(やっぱり、結界を壊すくらいの仕事はしないとダメかな......)
チラリと空を見上げる。陽の光を遮って、外との隔りを作る魔術の結界。これはボクの魔力障壁をそのまま大きくしたようなモノだろう。
加えて外の方向に魔力探知もできず、ライカも鼻を動かしているが「外のニオイが感じられません」と、結界の存在を視認した時に報告を受けていた。
何がしたいのか、結界を張った術師はどこなのか。検討もつかず、目的も見えてこない。
「そもそもあのカラス、なんで飛んできた?」
「......教師の仕業じゃない。悪意ある外部の犯行かもね」
同じ疑問を感じていた顔色の悪いショコラルテが、魔術の杖を片手に握りしめながら、残り少ない回復の魔術の準備を続けながら呟く。
時間はまだ残っている。焦らず、できる限り”エディデア”の力でこの場を切り抜けていきたいところだ。
幸い、レベル差のあるカラスといえど、動けない状態で殴り続けられていれば、ダメージは通るらしい。前線の三人とライカの攻撃で、片翼は穴が開き、足の爪もほとんどが割れている。このまま押し切れば、とりあえずこの場は切り抜けられる。
楽観的な余裕か。戦況を甘く見すぎていたのか。正直、ボクは勝ちを確信していた。
この状況を覆すカラスの手札は封じている。屍肉を啄む王は、無抵抗に殺されるだけ。そのはずだった。
「っ!? (なんだ。どこからの攻撃が——)」
ボクの腕に弾けるような強い衝撃が走り、鋭い痛みが体を襲う。
その痛みが、ボクの集中力を乱してしまった。
「ぐはっ!! うぅ......」
「イブリス! 『ストライクアロー』!」
体勢が崩れてしまった。幻惑の溶けたカラスが瞬時に敵を補足し前衛のイブリスを脚で蹴り飛ばす。
大剣で防いだものの、今度は足を使って掴み、投げ飛ばそうとしている。そうはさせまいとショコラルテの横槍を喰らうが、あのカラスの体表を少し抉る程度だった。
カラスは暴れ、前衛を二人、吹き飛ばす。残された縦巻きロールの......名前が分からないので仮称”ドリル髪の女子生徒”はなんとか耐えているが、体を鋭い爪で切り刻まれ、酷い出血を繰り返しながらでは限界が近かったようだ。
「ライカ! 助けに!」
(了解! 世話が焼ける子供どもですねッ!)
”女子生徒”が片膝をついた。その隙を最速で埋めるように、利口なカラスはクチバシで、少女の体を貫こうとする。
そうはさせないと、ライカに命じてカラスに雷の攻撃と、牙による攻撃の二種類を同時に浴びせる。一瞬、怯んだものの、全力の姿ではないフェンリルの攻撃はカラスを怯ませる程度だった。
しかし、それで十分。ボクは後方支援を諦めて、カラスに接近して真下から突き上げるように「女神の剣」で喉を突き刺す。
(やはり効果は薄いか! 魔族ではない以上、特効の力は......)
「っ、助かります......なのだわ」
「ごめん、ボクのミスだ。だから気にしな——『ディフェンシオ』!!」
杖を引き抜いて光の剣を構えたまま、地面に着地。”女子生徒”が呆気に取られた様子でボクを見つめてくる。
助けられると思っていなかったのだろうか。とりあえず彼女に微笑んで余裕のある振る舞いを見せようとすると、カラスの猛攻が迫りつつあった。
口詠唱で魔力障壁を作り出す。ギリギリのところで間に合い、カラスの脚の攻撃を封じることに成功する。
......ボクだってただ指を咥えて見ているわけじゃない。師匠のもとで猛特訓してきたんだ。それに——。
「カースオレグは炎に弱い。それが本当かどうか、試すとしよう。『アモン』!」
「イエス。突進しますか?」
「また食べられちゃうよ。距離をとって炎を!」
「了解しました。固定砲台、アモン。対象をこんがり焼いて、滅却します」
言うことが物騒な羊を使役し、ボクは杖に特別な光の力「女神の剣」をまとわせて近接戦闘を。ここからは時短攻略だ。
初めて見せるボクの力と近接の立ち振る舞いは、ぐったりしているイブリスや肩を抑えて立ち上がるシオン、その他の明らかな注目を集めていた。
杖を剣にして戦う羊飼いなど、仮に自分が同じ立場なら、珍しい物を見る目をする気持ちもわかる。
(少しだけ力を!)
「剣豪」スキル。主に抜刀技が多く、鞘の中で加速させた魔力の描く軌跡は鮮やかな光となって相手を一太刀で切断する。
残念ながらボクに剣は使えない。刀も同様で、真剣を握った状態での抜刀術の再現は難しい。
しかし、”刀を出した状態で使える技”なら別だ。
カラスの攻撃......ヤツは怪我をしている方の羽を使って真上から潰しにかかり、同時に「腐食の毒」と呼ばれる唾液を口から吐き出してくる。触れたら溶かされ、胃のなかで屍肉の仲間となるだろう。
その攻撃を避ける。”刀身のない光の剣”で切断する。残りをアモンが燃やし、カラスの視界を遮るような広範囲の炎を吐き出す。
(マスター。アモン、活動限界。『だいたい七十二のヒツジ』はスリープモードに移行します)
(ありがとう、皆!)
ヒツジに与えた魔力が底を尽きた。最後の連絡を受け取り、感謝の言葉を口にする。
杖を構えたまま飛び上がる。炎が視界を遮り、向こうからはボクの姿は視認できない。
気配で察知されても構わない。これはむしろ、向かってくる敵に有効な相殺技だ。
杖を低く構える。カラスが炎を振り払う。気配で気づいて、ボクに対し、死の臭いが充満するクチバシを開けて飲み込もうとかかってくる。
(一刀両断......『抜刀術 大回天』!)
母の技は地面を蹴り上げ、刀を半月の形に振って対象を切断する技。それを真似ただけの、似て非なる素人の技。いうなれば「ただ速いだけの剣」で、こんなもの抜刀術ですらない。
しかしそんな物でも、魔力調整で圧縮された高密度の光の刃は、鋼鉄並みの強度を誇るクチバシを砕き、半月の軌跡を描いて——。
「フゥゥ......」
すっぱりとキレイに、カラスの王の頭部を切断するのだった。
(起き上がってはこないか......)
ピクピクと痙攣する”本物の死骸”の様子をしばらく観察する。普通の生物じゃない、未知の特徴を持っているに違いないが......流石に一目見るだけじゃ分からない。
それでも警戒は怠らないで、”女神の剣”は解除しつつ気を緩めず、天を見上げて結界の様子を探る。
「まだ破れない。自力で打ち破るしかないのかな」
結界は森の木々の高さよりも高く、今いる場所を取り囲む大きさで、脱出のために端に辿り着いても出られる保証はない。
何か条件でもあるのか。腕を組んで顎に指を当てて考えを巡らせていると、ショコラルテがうっすらと苦笑いを浮かべてやれやれと首を振って”噂”の話をしてきた。
「剣術の授業に出られないって噂。その本当の理由を間近で見られたような気がするね〜」
「見様見真似の偽物だよ。......とりあえず死なずに済んだ。あとは結界を破って——」
腕輪が赤く光る。時間が迫っていると思い、皆が焦る様子を見せる。
しかし突然、失格の警告を知らせる光は鳴りを顰めた。腕輪の反応がなくなり、皆が困惑していると。
「なっ......どういうわけだ!?」
イブリスが驚くのも無理はない。
完全に倒したはずのカラスの王が、首がもげた状態で立ち上がったのだから。
ゴリアテ戦でも使った「女神の剣」は魔族特攻の力を持っていました。また、単純にどんなものにも纏わせて使える、便利な光の刃でもあります。




