11-2 一人じゃなく全員で
ギルボアという山。そこは不毛の土地として有名だ。
花が育つどころか雑草も生えない。枯れてしまった死の大地。そこには死肉を啄む巨大なカラスが住んでいると、彼の地に行ったことがない人々は噂する。
不吉なカラスの群れとその王。呪いの蔓延る土地。死が漂う停滞した魔力の流れ。不確定な情報が交錯し、誰も寄り付かない大地は名前と噂だけが広がるのみだった。
そこを根城にするカラス。その”王”の名前は——。
(『カースオレブ』? カラスの王......グリモワールの家で読んだ本に出てくる姿にそっくりだ)
呪われた大地の住人。屍肉を啄むカラスの”王”カースオレブに似た姿が空から現れ、太く鱗の生えた凶悪な脚で男子生徒の一人の下半身を潰しているのだった。
(呪われた大地。ボクもまだ連れていってもらっていない場所の魔物。離れているのに、キツい臭いだね)
鼻を覆いたくなる死臭を放つ大きなカラス。その姿は邪悪そのもので、凶悪な両足は人間なんて掠っただけでバラバラにしそうな鋭さ。体も羽も不自然に筋肉質で、顔は目の周りを赤いラインが入っており、口ばしの中には牙がびっしりと生えている。
よく見ると片方の足首には黒い輪っかが付いており、伝書鳩がつけられるような印に似ている。さらに背中には、何やら見たことのない皮の人工物が取り付けられていた。
まるで騎乗用のサドルに似ている。勇者の時代、馬に乗って戦に参加したこともあり、その時の記憶がほんのりと蘇る。
乗馬用のモノをつけたカラス。なら誰か乗っていたってことになるが......?
「なんだ? 腕輪が光ってんぞ!」
「これは......『神聖結界』?」
空を見上げると、巨大な結界が覆っていることに気がついた。薄く暗い。まるで室内に閉じ込められたような。雨が降る直前の景色のようだ。魔術で作られた「神聖結界」に似ているが、アレと比べて随分と暗く冷たい印象を感じる。
そんな正体不明の結界に閉じ込められているらしい。その影響のせいか、銀色の腕輪が赤く光っている。
つまり五分以内にこの結界を脱出しなければ、失格扱いとなる。その事実に気がついて、四人の間には緊張が走る。なんせボクですら、結界を破るのはしんどいのだから。
「五分以内に倒せる? アレ。ってか倒したら出られる?」
「どのみちやらねぇと俺たち全員失格だ!」
「させない......潰す!」
「皆、意見は固まってるようだね。出し惜しみは無し。全力で行こうか」
学院に仕組まれたのか分からない。しかし、目の前の生物を素早く倒すほかない。
各々が臨戦態勢を取る。あのカラスが本当に「カースオレブ」なら、はっきり言って一年生の実力では叶う相手ではないだろう。
本で読んだ知識で、あのカラスがどんな攻撃をしてくるのかは、ある程度知っているつもりだ。
......その情報を共有する。すると三人は引き攣ったような表情で、それでもやるしかないという覚悟を決めて。特に前衛の二人は、冗談など気にする暇もないような、余裕のない緊張感みなぎる様子で武器を構える。
「ボクのプラン『2』で行くよ。『バエル』、あの敵に有効な能力を選択しろ」
「イエス、マスター」
ボク主体のプラン「2」。その言葉を聞いた前衛二人は、即座に突撃することはなく、ボクの準備を素直に待つ。
まずは「だいたい七十二のヒツジ」の主人格「バエル」に、プランのための最適な能力を選ばせる。数秒待って、バエルはある結論を下した。
「『マルファス』。マスター。私が設置型の魔術障壁を張ります。即座に『詐称』の準備を」
「そういう手筈ね。マルファス、時間稼ぎは任せた」
マルファス。つい最近、手懐けることに成功した人格だ。素直だが調子に乗って花をあげすぎると、甘えて要求が大きくなる性格である。好きな花は王都に生息するありふれた花だ。
羊の運動を兼ねて散歩中に、適当に食べた花で目覚めた。得意なのは設置型の魔術障壁を張ること。羊毛布は黒味がかった青色で、使うと魔術に耐性のある半透明の壁を張ることができる。
マルファスに全自動で魔術障壁を張ってもらう。その間にボクは魔力の流れを一定に保つよう、まるで心拍数を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
あの凶悪なカラスが動き出す。狙いは恐らくボクだろう。動きに気づいた仲間がチラチラと、まだかまだかと視線を送ってくる。
「問題ありません。皆様。マスターの指示をお待ちください」
「本当に羊がしゃべってやがる......」
「『マルファス・フェーズワン』、構築準備。仮装組み立て。計算終了。相手を拘束します......建設開始」
キィィィンと魔力が擦り合わさる音が空気に響き渡り、カラスの周囲に”青白い光のうねり”が漂い始める。
マルファスの能力「魔術障壁」が発動した。これは対象や場所を指定し、守りの一手や拘束技として使える。
今回はカラスの動きを封じるため、魔術障壁を二重に展開。”青白い光のうねり”が急激に形を変えて、カラスを四角形の箱のようなモノに閉じ込める。
”半透明の青いガラスのような物”に阻まれ、カラスは動けなくなる。自分が閉じ込められていると理解すると、羽を忙しなく動かし、クチバシを使って窮屈な壁を破壊しようと試みだしたようだ。
第一の準備はできた。奴が外に出る前に......。
「エディデア、まだ!?」
「......もう、少しっ」
ボクは第二段階に移る。しかし、魔力の流れの調整が思ったよりも難しい。
血管の中で暴れそうな脈動を無理やり抑えつけて、体の体温を意図的に調整するように、魔力の流れを自由自在に操るというのは人並み外れた技だ。
加えてボクの魔力量は多いので、その分調整技術も高度になってしまう。
そんな技をグリモワールは、さも当然のようにできて当たり前だと口にする。「この極限の魔力運用ができて初めて、真の意味で魔術は完成する」と彼女は言っていた。
「マイマスター。障壁が破壊されます。『詐称』の発動を推奨」
「っ、少し心許ないけど......ギリギリ行けそうだ!」
鼻から血が流れてくる感覚がある。するとなぜか、シオンに凝視されて、不思議に思って視線を送り返すと、慌てて目を逸らして前方を向く。
妙な様子を見せる彼女に対し、いつもなら余裕があるので「どうしたの?」と聞いてみるくらいはする。
しかし今のボクは、思考の片隅に余白など何一つ存在しない。数秒後には、シオンの視線を感じたことすら覚えていないだろう。
全ては一つのスキルの行使と維持のため。仲間のために、調整した体を使って「ベリト」の能力を使うためだ。
「ベリト!」
「イエス、『ベリト・フェーズワン』。要望通り『詐称』を開始......騙して欺いてあららビックリショー。幻惑の霧をご覧あれ」
ベリトの名前を叫ぶ。鼻の血液が器官の妙なところに流れたのか、息苦しくなり、喉の奥から微かに血の味がする。
その違和感を全く無視し、全ての集中力をかけて「詐称」の霧を広範囲にわたって張り巡らせる。
「ある友人の言葉を借りるなら『罠を張る相手の一挙手一投足を見逃すなよ。気づいたら一歩も動けなくなる』って言いたいところだが......ボクにはまだ早いみたいだ」
「対象限定、展開完了」
「行け、皆!」
「詐称」の霧をカラスの周辺に振り撒く。対象を限定し、カラス相手に効果を絞る。
これで味方を巻き込むことなく、かつ強力な幻惑を見せることで、カラスの攻撃が絶対に味方に当たることは無くなった。
これがプラン「2」だ。今までの「1」は後方支援型で、対して「2」ではボクの「詐称」頼りの無敵の布陣を作ることである。
なんとか能力は発動した。合図を受けて、前衛の二人はカラスに向かって飛び出していく。
(相手を限定する『詐称』を発動中は下手に動けない。集中力を乱すな。魔力の流れを一定に、水面のように耐え続けろ)
少しでも意識を傾けると、その瞬間に「詐称」の効果は弾け飛ぶ。対象を限定して気付かれないように罠を張り、好きなタイミングで表に出すのは想像以上の集中を必要にする。
つまりその間、ボクは一歩も動くことを許されない。「詐称」が解けてしまうと、前衛の二人に危険が及ぶのみならず、反動で動けなくなる自分に攻撃が飛び込んでくるのだ。
......回りくどくても、ボク一人が暴れて敵を倒すのはダメだ。その生き方は封印すると決めている。今は、共に戦う仲間に信用を預けるんだ。
「おいなんだこの獣は! これも合成獣だっていうのか!?」
「この感じ......違う! 多分、本物!」
「『剛剣術 ストライクバッシュ』! くそっ、硬すぎだろ、なんだこの野郎!」
「斬れ、ないッ......」
回避行動の必要がない前衛の二人は攻撃に全力の集中ができるようになる。この布陣なら、前期試験の敵などあっという間に倒せるだろう。
しかし、相手が悪い。やはり文献で見た通りのカラスの王なら、一年生たちのレベルではどうやっても敵うとは思えない。
何か策を講じなければならない。「詐称」の能力を維持したまま、ボクは少しづつ、ゆっくりと戦況を眺めながら、亀の歩みのような速度で思考を回していく。
すると近くで何やら気配を感じ、ライカが主人を守るようにそばに寄ってくるのだった。
少し間を空けてしまい申し訳ないです。
仕事が忙しすぎて執筆活動が遅れました。
次回は12話を投稿します。




