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9-2 詐称のベリト

 前期試験が近づいているからか、放課後の演習場はかなり賑わいを見せていた。


 そこそこ広い施設で、室内と屋外の二つのタイプがある。今回は屋外の演習場を使うことにした。


 演習場はそれなりに自然もあり、「ピクニックしても楽しそうだね」と、ボクはなんとなく思ったことを呟く。


「バカなこと言うな。呑気なヤツめ」


「よく言われる」


「チッ。こんなトボけた野郎に俺は......」


「じゃあ、早速。エディデアとイブリスからどうぞ。私たちも勝手に進めてるから」


 とりあえず、全員で軽く模擬試合だ。一対一でさっさとやり合ったほうが、互いの理解も進むと思っての、イブリスの提案である。


「あの時のようには——」


 ギラリと戦意の漲るイブリスの瞳。この再戦を提案した彼の思惑は、なんとなく理解できる。「良い眼だ」と彼の成長に期待を示しつつ、杖を構えてイブリスの攻撃を待つ。


 そうして元勇者のボクは、そそいっと軽く彼の剣技をあしらってしまうのだった。



 ......続いてショコラルテ。彼女は弓と回復に特化しているようで、かつての仲間のエルフを思い出させる。


「当たってもすぐ治すから、遠慮なくいくよ!」


(弓の扱いも良い。色々な属性の矢を放つ。エルフそっくりだ)


 一年生という枠組みで見ればかなりの強者だろう。エルフと似た立ち回りは、まるで弓の技術の収束進化先とも思うべきか。無論、素晴らしいの一言ではあるが。


「えぇっ!? 見破られてるッ!?」


(なんか懐かしい感じだなぁ......)


 いくつかの属性の矢を避けて、突然生まれた大きな隙を見逃すはずもなく。ボクは一気に間合いを詰めて手持ちの羊飼いの杖を使って弓を弾き、エルフのような懐かしの弓術を体験するのだった。



 ......最後に戦うのはシオンだった。


 しかし、彼女は暗い表情を浮かべるだけで、何もしようとはしない。


 ボクと戦う前は、イブリスと手合わせしていたはず。チラリと彼の様子を伺うと、模擬戦の時の同じようにイラつきを隠せない様子だった。


 あの表情には心当たりがある。剣術の授業の時、負けた後にボクを面白くなさそうに睨んでいた、あの時の瞳だ。


 シオンに期待を寄せる。杖をクルッと回して、こちらから戦闘の開始の様子を醸し出す。


「戦いづらいかな。大丈夫、ボクは何されても受け止められるよ」


「......分かった」


 シオンも覚悟を決めた。彼女の眼光が鋭くなり一気に変わった。両手を胸の前に持ってきて、バッと勢いよく手のひらをボクに向けてくる。


 急速な魔力の流れを感じる。奇妙な感覚の魔力だ。少なくとも、この世界で感じたことはない。目に見えるほどの黒ずんだ魔力が彼女の手のひらに集まる。


(ボクと同じ『特殊技能(ユニークスキル)』か?)


「......『サイレンスナイト』」


「おぉ。凄い、暗闇だ」


 ボクとシオンの周囲を取り囲むように闇が覆っていく。それは空からの光を通さない、完全な密室を作り上げていく。


 避けようと思えば避けられたのか。色々と気になる点はあるが、さらに面白いことに、シオンの気配が全く聞こえなくなった。


 そして......心を惑わすように、闇の中に足音と、彼女の息遣いが響いていく。


 まるで、これは......夜の闇にうろつく愚か者をいただく、狩りの再現.......”捕食上位者の行い”だ。


「......ハァッ!!」


「なるほど。気配を消してノイズで心を乱し、音もなく忍び寄る。イブリスが苛立っていた理由が分かったよ」


 暗闇から現れたシオンは、両手に短剣を握っていた。その剣で首を正確に狙い、刃先は皮膚と密接している。少し動かすと、血が流れてしまうだろう。


 彼女の鋭い眼光に、空気を切り裂くような攻撃は、完全に予測不可能だった。いくら元勇者とて、羊飼いに生まれ変わった今のボクには対策なしには避けきれない。


「終わりで......っ!?」


「いい技だ、気に入ったよ。シオン」


 だから、ボクはユニークスキルを発動し——。


「手応えが......」


 驚くシオンの様子を、()()()()()()()()()()()()()。シオンの眼にはボクの首元を刈り取る寸前の光景が眼に映っているだろう。


 では、どうやって奇襲を避けたのか。


 勇者の力? 確かに確実に避けられる一つの方法だが違う。


 答えは——「羊飼い」だ。


「羊......? (どこから?)」


「『ベリト・フェーズワン』。よくやった」


 ()()()()()を持つベリト。彼を地面から呼び出し、「詐称」でシオンを欺いていたのだった。


 シオンが短剣を下ろす。頭の中で見せられていた幻影が消えたのだろう。


 再びボクの方を向いて、短剣を構える。彼女がすぐに向かってこないのには、疑っているからだ。ボクの動きや、ボクの隣で怪しく佇む羊に警戒している。


「君の頭の働き。『認識』を騙させてもらった」


「っ......」


「今、君が見ているボクは本物か。さっきみたいな偽物か、分からない。羊の能力を使っている間は、他の羊の能力は使えないけど......ボクは君の首を刎ねれば勝てる。それでもやるかな?」


「ベリト」の力は「詐称」。そして一段階目の能力「フェーズワン」は、体から「詐称の霧」を散布すること。これに触れるか吸い込むと、頭の認識が歪んでしまう。これを”羊毛布”として織り込むと、対象のモノや人物に限定して効果を絞ることもできる。


 この力で入学試験の時、色々と手を加えたのだ。


(ある意味では『毒』とも言える。ただ実戦だと、使い所は限られるけどね。”羊毛布”にした方がまだ使い道はあるし)


 霧は見ただけで「近づいてはいけない」と悟られてしまう。なので、使い方は今回のように視界が悪い時など、限定されてしまうのだ。


 もしくはトラップのように配置するのも面白いだろう。霧を吸い込めば、相手の認識を歪めて、擬似的に姿を消すことだってできるのだから。



 ——模擬戦闘を終えて、修練場の地面の上に四人で座り会議を始める。


 全員の能力や戦い方が、模擬戦で大体明らかになった。


 全員、それぞれの特徴を持っている。これほどの強者の可能性を秘めているなら、申し分ない。


「ジャックに感謝だ」と、坊主頭の情報屋の姿を思い浮かべて、腕を組んでひとりでに頷く。


「本当に噂通りというか、なんというか......」


「?」


「本当に羊飼い?」


 すると気づけば、この場の全員に疑惑の目が向けられていた。


 何を勘違いしているのか。ボクは羊飼いでしかない。


 その証明が欲しいなら、ここでハッキリいうのみ。「羊は基本的に草を食べて悠々自適に——」と、その生態を語りだすと、イブリスが「いや、そういう話じゃない」と真顔で冷静に否定する。


「悔しいけど、この中で一番の知識と実力があるのはエディデア。アンタだ」


「それが役目なら、喜んで受け入れるよ」


「なんか騎士みたいな言い方を......。まあ彼の意見を中心に、改善点を探していこう。私たちはチームだから」


 チームだから。ショコラルテが自ら引っ張って、チームをまとめてくれている。彼女の役割は戦力として求められる以上のモノだ。


「それで羊飼いサン。文句あるなら言えよ」と、イブリスはいけすかない様子であるものの、感情的な彼にしては素直に意見を受け入れようとしているのだろう。その魂胆には、彼の強さへの渇望を僅かに感じられる。


 相変わらずシオンは無口だ。口元を隠すように膝を折って三角座りをし、ジッと視線を送ってくる。


「文句は無いよ。みんな、伸び代がある」


「世辞はいらねぇぞ」


「嘘じゃない。君たちはまだ、芽吹く前の花みたいなモノだ。茎すら伸びていない花を、世話しない者などいると思うかな?」


「......」


「ボクは水や栄養を与えるだけ。伸びるかどうかは自分次第だってことは、覚えておいてね」


 不貞腐れていたようなイブリスが口を閉じる。ボクの目から逃れるように視線を逸らし、不機嫌な表情が和らいでいるような気がした。


(さて。ボクの感覚をどうやって意見として砕いて伝えようか......)


 感覚的なアドバイス。しっかりとした知識。それをどう伝えようかと、ボクはしばし考えるのだった。

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