第8話 シオンの追跡(ストーカーです)
——放課後。
「ご主人様! シオンに見つかる前に、とっととクソ魔術師の家に行きますよ!」
授業の終わりが近づくや、眠そうな意識が飛び起きそうになる、そんな衝撃を感じるような一際大きな念話で、ライカから連絡があった。
彼女の言いつけ通り、とりあえず宿舎に真っ先に向かい、ボクはライカのことを迎えに行く。
(奴が来てます! すぐ近くです!)
「その言い方、変に緊張感を煽るね......」
(早く!)
まるで何かに追われているような。いや実際、同級生に”ストーカー”されているのだが、それがそんな悪いことなのかなと思いつつ。
ライカに急かされながら、羊を置いて学院の敷地を飛び出して行った。
「”人間体”にならなくていいの?」
(その時間すら勿体無いです! 隠れて着替えている間に、奴が来るんですよ!)
「”ヤツ”って.......。シオンはおとなしくて良い子だよ? 敵意は無かったし」
(いえ、そういう次元の話じゃないんです。良いですかご主人。『ストーカー』とは、何かしらの理由からくる粘着行為のことです。そして大体、その行動は”悪意”から来ます。もしくは、度が過ぎた感情とか!)
「ふぅん......。まあ良いけど」
走りながら”ストーカー”の説明を受ける。しかしやはり、ピンと来ない。
部分的にはそうかも知れない。しかし、シオンにその執着心の理由が当てはまるかどうかが、イマイチ引っかかるのだ。
とはいえ、自分より世間を知っているライカの発言も無視できない。なので今回は言いつけに従い、王都の中を走り続けて——。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あっはっは、それで逃げてきたのか! 無様だなぁぁ!!」
「クソ魔術師、殺しますよ」
「いやいや、悪い。しかしエディがストーカーに......。コレのことだから、実力に目をつけられた厄介ごとかと思ったのだけどなァ」
無事にグリモワールの店に、駆け込む形で避難することができたのだ。
勢いよく扉を開けて、流石のグリモワールも驚いた様子だった。
しかし話を聞くうちに、だんだんとその驚いた表情が砕けていき、やがて腹を抱えて笑い出したのである。
逃げることしかできないと罵られ、ライカはフェンリルのプライドが傷ついたのか。”裸の人型の姿”に化け、尖った牙を大きく見せて、グリモワールに飛びかかって行きそうだった。
「ステイステイ」とライカを宥めて、ボクは自らの制服の上着を脱いで、ライカに羽織らせる。裸は寒いだろうしね。
「ご主人様!」と嬉しそうに大きな尻尾を振り、袖を通してニオイを嗅ぐライカを尻目に、ボクは師匠の話に耳を傾けた。
「しかしその娘。”ブラックローズ”か」
「知ってるんです?」
「ああ。ブラックローズといえば、”血濡れた家系”として有名だ」
「血濡れた家系......響きが平和じゃないね」
「まあ過去の逸話によるモノだがな。なんでも”ブラックローズ家”の先祖が、はるか昔に大きなやらかしをしたとか。『血の力』の暴走で、国を滅亡に追い込み、その血の能力が子孫に時たま現れるんだとよ」
「血の暴走......(ボクの時代に”吸血鬼”はいたけど、聞いたことない現象だ。似て非なる存在の血筋ってことかな?)」
血濡れた家系のブラックローズ。あのシオンからは、そんな様子はとても感じられなかった。
平和な世界にも変な逸話を持った家があるのだなと、目を閉じて師匠と同じように腕を組んで、昔のことを思い出す。
かつて戦った、吸血鬼の存在を匂わせるような......。奴らは知能も高く、エルフのように尖った耳を持ち、強敵ばかりだった。
血を飲むと力が覚醒する。そして吸血鬼は、それぞれ血を共通として、独自の戦闘スタイルを取る者がいた。
「それと同じかな」と、過去に戦った時の記憶を脳裏に浮かべて、色々とイメージを巡らせている。
その様子がグリモワールには、上の空のように見えたのか。「呆けてないで聞け」と言われ耳を引っ張られて、師匠の言葉に現実に引き戻された。
「ストーカーとして追い払うのもいいが、ブラックローズなら特別な力もあるかも知れない。それこそお前のユニークスキル『羊飼いの極意・勇』のようなものが......な。追い払うのは簡単かもしれんが、仲間に引き入れるのはそれ以上に難しいぞ?」
「仲間?」
「知らんのか? ああ、まだ発表されてなかったっけ。一年生は”前期試験”で校外演習がある。四人一組でパーティーを組んで、課題をクリアするんだ」
「初めて聞いたよ」
前期試験とやらの存在を知り、ほへぇと力の抜けそうな声を漏らす。そんなの言われてたっけ?
「呑気にするところ悪いが、遠いようであっという間だ。一ヶ月くらいしたら前期試験だぞ。それまで、仲の良い学友を四人、集めないといけない。せっかくだ、そのシオンとやらを誘ってみるんだな」
「なるほど......師匠、助言感謝します」
グリモワールの言うことは、珍しく全肯定しても良いくらいには真っ当なアドバイスだと感じた。
前期試験。そのメンツを揃える。詳細は後日、また発表されるのだろうが、今のうちに誰かを誘っておいて損はない。
(そのためにも、もう少し人付き合いに精を出さないとね)
考えがまとまった。あとはいつも通り、グリモワールに教えを乞う練習に励むだけだ。
「それじゃ師匠。今日もお願いします」と言って、座っていた木の椅子から立ち上がる。
こうして師匠の「転移」を使い、また巨大な”魔物”を倒す。魔力の特訓が始まったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——逃げられた。避けられた? そんなはずは、ない。
”私”の胸に不安が、焦りが走る。染み付いて離れない負の感情が、だんだんと頭の中を支配していく。
王立学院の制服に身を包んだ青髪の彼女は、道の端っこで立ち尽くす。
必死に後ろ姿を追って、見失った。まるで明確な意思を持って、置いて行かれたそんな思い込みが、考えが、頭から離れなかった。
(......今日は調子が悪かった。そうだよ、ね。エディデア)
両手を握りしめる。また悪い癖だと理性で言い聞かせ、踵を返す。
そして誰も待っていない、一人ぼっちの寮に戻る。彼のいない色褪せた一日に、しばしの間、戻るだけだ。
なんてことない。今までずっと、そうだったのだから。
昔の思い出が。通りすがりのあの子に、彼は似ているだけなのだから。




