第1話 少年の目覚め
——体がとても熱い。全身が痛い。苦痛で魂が悲鳴をあげそうだった。
「しっかりしろ、がんばれエディー!」
「大丈夫だからね! お母さんとお父さんが——」
ぎゅっと、小さな手を大人の大きな手が握りしめる。
その手は、自分が感じる熱よりも冷たく、心地よかった。
しかし苦しい。息苦しい。なんだこれは。悪夢か?
手足でもがく。目がうまく開かない。視界はずっと、ぐにゃぐにゃしてまともに機能していない。
そんな状態のままもがき続ける。闇の中で沈まぬよう、ただひたすら足掻くように。
かつて戦った時のように、ひたすら意志を強く持って、ボクは抗い続け——。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「......?」
パチリと目が開いた。あれだけ苦しかったのが嘘のように、体が軽く感じた。
......なんだこれは。夢?
しかし気になったのはそこじゃない。視界に飛び込んできたのは、全く見たことのない屋根。木製の屋根で、何かおもちゃのような物が吊るされていた。
「おお、母さん! "エディデア"が目を覚ましたぞ!」
「大丈夫!? よかった......本当にっ!」
......誰だろうか、この人たち。ボクの体に何をして......体......ん?
手足がなんだか妙な感覚だった。それどころか、他の部位も同じだ。老人の肉体が感じる、動くだけで痛むアレとか、くしゃみしただけで手足が折れそうになるアレとか。そういったモノじゃない。
力を込めて動かしてみる。なんだか、小さい?
それに体が熱い。苦痛に感じるほどではなく、単純に体温が高いのだ。
「あぎゃ、うぅぅ」と言葉にならない声が......待て、今のは......ボクの声なのか?
「じっとしててね。熱がまだ引いていないのよ」
「うぅぅ、ばぁぁ(熱? いや、そんなレベルでは——)」
体が濡れたタオルで拭かれる。それがひんやりしてて気持ち良い。
いや、そうじゃない。現実を見ろ。何がどうなっているか把握するんだと、ボクは自分に言い聞かせる。
手足を動かす。奇妙な感覚だ。小さくて、自分の前に持ってきて、確認して——。
(......子供!!!???)
ぴたりと体が固まった。ような気がした。
そして理解した。
いや、これはもう、そうとしか思えなかったから。状況的証拠、ボクの心配と世話をする見たことない男女、そしての手足。
(まさかボクは......生まれ変わったのか!?)
元勇者はここに。なぜか意識をハッキリと保ったまま、子供の肉体に生まれ変わってしまったようだった。
——意識が目覚めてしばらくして。
(とりあえずボクの状況は理解した。名前は『エディデア』。父と母は......何してるか知らないが、仲がいいのは分かった)
意識はハッキリとある。元勇者としての人格が、なぜか見ず知らずの赤子に宿ってしまった。
とはいえまだ乳児のようで、ボクはひたすらベッドの上に寝かされ続ける。動けない体でひたすら寝かされるのは、ある意味で修行とも言えるだろう。う〜ん、とっても辛い。ある意味で拷問だ。
「ご飯ですよ〜」
「ん!!」
「あら。今日も乳は嫌なの? 参ったわねぇ。粉の方で——」
そして尊厳破壊の拷問は続く。どうやら”元勇者”こと”エディデア”のご飯の時間らしい。
母が世話しにやってくる。しかし、”彼女の施し”を受けることを、ボクは激しく抵抗してやる。
......いくら今が赤ん坊とはいえ、それだけは勘弁だ! 想像してみろ、矮小な老人だったボクが、母の......いや、やめておこう。
「ほーら遊びましょうねー」
遊ぶだって? そのオモチャで? いくら赤ちゃんでもそんなものでボクの機嫌は......わーい楽しい何これー!
「はいっ」
「うぶっ!!」
ボクの口に何かを突っ込まれる。おもちゃを見た途端、意識がホワホワと溶けていくような愉快な気持ちに身を襲われた。
(ハッ! うっ......どうやら時々、意識が肉体に引っ張られるらしい)
哺乳瓶の中身をゴクゴクと飲みながら、ボクは自分の身に起こったことを冷静に判断する。仕方ない。歩けるようになるまで、流れる時のまま。ゆっくりと身を任せていよう......。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——そうしてその日の夜。
元勇者、そして赤ん坊のボクは、むくりと起き上がる。
四つん這いの状態でベッドの上を動き回り、部屋の中の気配を探る。
(よし、寝てるな)
両親が近くで寝ている。寝息が聞こえてくるのを理解して、ボクは体の中にある魔力の流れを知覚し、操っていく。
(これを応用して......よし、少しだけ”浮遊”できそうだ。家の中の探索ができる!)
勇者の頃は空を飛ぶ技術を身につけていた。その感覚を思い起こしながら、いざ赤ん坊の体にて実行する。
するとお尻がふわりと浮く感じがあった。完全に浮き上がりはしないが、この調子で柵を掴んで外に出ようと、頑張って手を伸ばす。
「んん、ん〜!」
力んだ声を漏らしながら、頑張る。しかし、赤ん坊の体でやるのは無理があったのか、スルッと手が滑り、五センチくらいの高さから勢いよく落ちていく。
「あぶっ!」
衝撃で大きな声が漏れる。両手が柵から離れ、天井を向いた。
......次の瞬間。
——ズドォン。とんでもない破壊音が家の中に響き渡った。
「.........(えぇ?)」
普通の赤ん坊は一人でトイレに行けない。だから、うっかり漏れ出てしまうことがある。
しかし、ボクは普通の赤ん坊ではない、元勇者の魂が宿った”エディデア”の体は、両手から「魔力の塊」を漏らしてしまった。
浮遊する体を維持していた魔力が、衝撃でビームとなって手から放たれ、天井に大きく穴を開けてしまった......って、父さんたちが起きてきたぞ!!
「な、なんだ!? 母さん起きて!」
「んん......」
「うわっ、天井が!? 穴が空いて......うわ〜、エディ! 大丈夫か!?」
起きてしまった父親に抱っこされる。母は眠そうな目をうっすらと開けて、寝ぼけた様子で武器である刀を握り、半分寝ているというのにただならぬ”殺気”を周囲に放ち始める。
なんだあの殺気は!? こ、怖い!! 普通じゃないぞ!?
「......ば、バブゥ(もう、下手なことはしないでおこう)」
魔力の扱いに失敗し、家の天井に穴を開けた。その犯人が自分だと知られたら、想像するだけでとんでもない。
ボクはしばらくの間、おとなしく赤ん坊でいることを決意する。冷や汗をかきながら父の腕の中でグッと目を瞑り、逃げるように眠ろうとするのだった。
明日の夜19~21時の間に1-2~1-4を投稿します。