第7話 シオン・ブラックローズ
王立学院で過ごす最初の週、最終日。
今日、登校したら、翌日はお休みの日である。気づけば時間も経ち、それなりに過ごしていた。
(それは平和だからなのか。まあ、誰かの訃報を日常で聞くくらいに比べたら......)
「アレが羊飼いの?」「いきなり魔術の多重詠唱をやったらしいぞ」
「あんな田舎野郎が......」「へぇ。アレが......」
だから、時間の流れに従い、このような噂が広がるのも当然といえよう。王立学院は噂が広がるのが早い。
......ボクが誰かのそば通り過ぎると、ボクの姿と名前を知る者から噂が飛び出てくる。
人を横切るたびに言われるので「まるでダンジョントラップだな」と、心の中で苦笑いだ。
(噂が流れようが、何されようが、正直なところ精神には響かないけど。単純に厄介ごとを増やしたくないんだよなぁ)
「......」
「ん?」
過去の怒涛の勇者時代に比べれば、死ぬ以外のことは大したことではないというか。そういったモノには鈍いという自覚はある。
とはいえ悩みを増やすのはどうかと考えながら渡り廊下を進み、ライカたちの世話をするためにいつも使う通路を歩いていると。
——自分を待ち伏せするように、誰かの気配を正面で感じた。
顔を上げる。視界に飛び込んできた人物の顔を見て、「どこかで見たような?」と思い出すように首を傾げる。
「......あっ」
「!」
「ごめんね。通るよ」
「ぇ......」
そしてサッと素早く、その子の横を通り過ぎていく。
視線に気づく。手を伸ばそうとしているのにも。それをあえて、ボクは無視した。
(紺色の......いや、青髪か? それに、真っ白な肌。最近、よく待ち伏せされてる気がするな)
学院での日々を過ごすうちに、何かとあの子を目にする機会が多くなった。
全体的な雰囲気で言うなら、おとなしめで幸の薄そうな女の子。紺色に近い青色の髪は、触らずともサラサラとしているのが見てわかる。
左の胸には黒い薔薇を象ったブローチのようなものをつけている。とても華奢な子で、赤い膨張色の制服が与える印象からは想像できないほど細い。
顔立ちもよく見ると、人形のように綺麗で、じっと見ていると吸い込まれそうな。少し危なっかしさも予感させる雰囲気を持っている。
”無視すると気づかないような子”だが、ライカに存在を気付かされてからは変わった。一見すると見失いそうでも、注目を寄せると独特な雰囲気が頭に刷り込まれ、記憶から離れることがなくなってしまった。
「不思議な子だ」と思いながら、ボクはここ数回、こうして彼女の姿を目撃している。
ただ、眼前に立ち尽くすように現れたのは、今回が初めてだった。
——その日の授業が終わり、荷物をまとめて寮に戻る準備をする。
(今日は......ライカを連れて、師匠に会いにいくか。また魔力の調整でも——)
「......」
「?」
また、視線を感じた。
日中浴びるような、有象無象の興味と疑惑の視線ではない。
ここ数日で感じた、”特定の人物からの視線”だ。それを教室の外で感じた。
荷物をまとめる手を止めて、振り向く。
(ドア塞いでる......)
その視線の先にいたのは、並列に並ぶ教室の扉を塞ぐように立っている、あの青髪の少女だった。
彼女が、二つある扉の一つを塞いでいるから、他の生徒は迷惑そうな顔で別の扉から出ていく。
これはもしや......と、嫌な予感を覚えて一筋の汗が頬を伝う。妙な緊迫感だ。
明らかに交差する二人の視線。ボクは気づかないフリをすることにし、荷物の入った鞄を片手にもう一つの出口から出て行こうとした。
(きっと思い違いだ。誰かを待ってるんだろ——)
「っ、ぁ!」
「うわぁ!!」
......そして目論見は外れた。
もう一つの出口を、あの青髪の少女が先回りして塞いできたのだった。しかも「絶対に通さない」という強い意志を感じる。
扉を掴む力が桁違いというか。ボクの顔を真っ直ぐと見つめて、何かを言いたげな表情だった。
「っ......んっ、まっ......」
途切れそうな声色で必死に繋ぐのは、普段なら見過ごせないのだが......。
「ごめん急いでるので!」
「!」
これはいよいよ、厄介ごとの予感を感じ、他の生徒をかき分けてダッシュ! もう一つの扉に向かって駆け出す。
すると、青髪の彼女もボクの考えに気付き、廊下の向こうから急いでもう一つの扉に......。
しかし、気づいた時にはボクより早く先回りして、少し息を切らしながら扉の前で待ち構えていた。
「......あの」
「待って、くだ、さい!」
「あぁ......うん。分かった観念するよ」
これは逃げ場がない。この少女はとんでもなく強い”執着心”で、ボクをつけまわしているようだ。
その確信を得た今。もはや、ボクは逃げることを諦めて、両手を上げて無抵抗のポーズを取るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「君の名前は?」
話しやすいよう、中庭に出てくる。
庭園のベンチではどうかと提案するが、彼女は目立つ場所は控えたいらしく、宿舎近くの木陰の下に移動する。
「シオン・ブラックローズ......です」
「一年生?」
「......」
シオン・ブラックローズは無言でこくりと頷く。どうやら同じ一年生らしい。
「ボクはエディデア・ホフマー。よろしくね」
「よろしくお願い、します」
軽く自己紹介を済ませる。木の影に同化するように、シオンは闇色に気配を溶かしている。
これが自分の意思か、意図的か。気配の隠し方は面白いと関心を寄せつつ。
「なんでボクのことを?」と、率直に彼女の目的について尋ねてみる。
「......とっ」
「?」
「友達に。なって、ください」
「ん? .............なるほど」
「............」
「オッケー。いいよ」
(ご主人様!?)
宿舎近くなので、二人の会話がライカにも聞こえる位置にいる。
なので、ボクの何も考えていないような軽い返答に、親愛なる従魔は驚き「反対です! こんな得体の知れないヤツと!」と、念話で絶対拒否の意を示す。まあ、分からんでもないが......。
(いいじゃないか。少女の勇気ある一声。愛おしいと思わない?)
(ご主人様......)
(心配する気持ちは分かるよ。でもボクは、ただの羊飼いだ。そんなボクに悪意を持って、友達になろうなんて言わないさ)
そうだ。この世界に、ましてやこのような平和な学園で「悪意を持って近づく輩」などいるはずがない。
だから、ボクは声には応じるし、線引きはしっかりとした上で、できることはなんでもしようと思っている。
(ライカは心配なのです。ご主人様はどこか、感覚がずれていますし)
(あはは、それは否定しないけど......)
従魔の心配の声も最もだ。胸をズボッと貫くような衝撃に心の中で苦笑いをする。
すると、念話に耽っていたボクに向かって、シオンが小さく手を伸ばして「あ、あの」と呼びかけてきた。
「おっと、ごめんね。えっと、友達か。それはいいけど、何をするのかな?」
「......分かり、ません」
「うぅん......?」
「わからない」という言葉。これが少し引っかかり、首を傾げる。
それに本来なら休日、ライカや羊の餌の調達、グリモワールとの特訓も控えていたのだが......。
「なら明日は休みだし、せっかくだから何かをしよう。また明日の朝に、ここで集まろうか」
それらはいつでもできるので、快く承諾する。......念話で文句を言ってくるライカに「いつか埋め合わせするから」と返事して、とりあえずの予定を立ててからシオンと別れたのだった。
今回からついにこの章のヒロインが登場です。
これからじっくりと内面を描写しお届けする予定となっています。
主人公との関わりや物語がどう進むのか。ご期待ください。
次回は7-2です。




