3-4 ”だいたい72のヒツジ”
大切に育てた羊が目の前で食われてしまった......なんてことだ。
それに音がむごい。耳を塞ぎたくなるような咀嚼音と、羊を失った喪失感がダブルパンチで襲ってくる。
「やはり勇者の力を......ん?」
未知の力に頼るべきではなかったと後悔する。ゴリアテを一瞬で消し去る。再びその方向にシフトしようとすると、ドドドと、次の音が地面から。
まさかと思って見ていると、自身のすぐ横に。不自然に盛り上がった土があり。
——ズドォン。
「なっ......」
「呼ばれて参上です。我が名は『バエル』。マスター、行きましょう」
「バエル......?」
「マスターの力です。マスターに戦うための力を与えられた我ら『だいたい72のヒツジ』が、マスターのサポートをします」
「......ボクの与えた力」
二匹目の羊が。地面と同じ茶色の毛皮を持ち、ツノは岩のような形をした羊が生えてきたのだった。
ってか、羊はなぜ地面から生えてくる!? しかも今度はバエル。聞いたこともない名前だ......。
しかし、なんとなく理解が追いついてきた。この異常なまでの羊の襲来と、なぜか自分に忠誠を誓っているという点。
これはすなわち、答えは一つだろう。命のやり取りを挟むこの場にふさわしくない、あまり、いや......かなり愉快な光景で、イマイチ信じきれないが......確信した。
「これがボクの......ボクだけの『羊飼いの極意』......。そうなんだね?」
「イエス、マスター」
「よし、理解しきれてないけど、無理やり頭を縦に振るよ! この力を試す、行くよ。バエル!」
新しい力。勇者の力の大半が消えた代わりに、なぜかボクに宿った力を把握する。どうやら羊に能力を与えて呼び出すことができるらしい。
その仮説を今は信じて、バエルに命令する。右も左も分からないが、感覚に任せて......!
「バエル!」
「イエス。地面よ、揺れたまえ」
バエルの能力は地面を揺らすこと。「羊が地面を揺らすって何だそりゃ」と突っ込みたくなるがさておき。
(どうやらボクは羊を召喚する力があるらしい。でもアモンの口ぶりから察するに......)
「育てた一匹、呼ばれて参上」。つまりこの羊たちは、ボクの能力で戦う力を与えられた、手塩にかけて育ててきたあの羊たちなのだ。
予感が確信に変わる。そうと分かると一気に緊張感が走る。羊に能力が宿っても、それ以外はただの羊だ。仕組みはよく分からないが、これ以上失うわけにはいかない! ......母さんに殺される!!
目の前のゴリアテよりも、母の怒りに触れる方が百倍恐ろしい。そう思うと身が引き締まる。一瞬、身がブルリと震える。
「この、蛮人めがぁ!!」
「いやいや、蛮人はそちらでしょう」と言い返したくなる。勝手に羊を食べやがって......お金、払ってくださいよ! ......なんて嘆きたくなる、羊飼いの家の商売人らしい気持ちをグッと抑え込む。冗談が通じる相手じゃないんだ。
野蛮な姿を体現するようにゴリアテが口から炎を吐く。螺旋状の炎が、この場の全員を飲み込もうと迫ってくる。
やらせはしないとフェンリルが間に割って入り、雷で相殺。しかし押されているのは確かだ。
(バエルはそのまま!)
「イエス、マスター」
「ボクは投擲魔術で応戦しよう!」
投擲の力を込めた石をゴリアテの体に投げつける。弱い力も使い所だと、勇者の頃に学んだ。圧倒的な矛だけが武器じゃない!
バエルが地面を揺らし、ゴリアテのバランスを崩す。
ゴリアテの目に向かって、”投擲魔術の文字”を刻んだ石を投げつける。その石の威力は弱点である目を潰し、ゴリアテが悲鳴を上げた。
炎が止まる。隙を逃さずフェンリルはゴリアテの首に噛み付く。
(ここだっ!)
「グォォァア!!」
「『女神の剣』!」
杖の先に光を集める。十字架の光が横に伸び、一際大きな光が杖の先に伸びて、巨大な光の剣となる。
(魔力の扱いは難しくても、こうやって垂れ流す形にすれば、今はいい!)
「やめやえ、ぇええ!!」
やめるかっ! ゴリゴリと魔力を垂れ流しながら、ボクは跳躍。そのまま杖の剣を振り翳し、ゴリアテの首を綺麗に切断してやるのだった。
ゴリアテを殺して時間が経つと、不意に魔力の流れを感じた。
周囲の炎を「水の魔法」で消火していく。その活動が終わって戻ってみると「真っ赤に輝く花」が遺体のそばに咲いていた。
これは感覚で分かる。魔力が集まってできた、自然の花ではない。でもなぜ急に......。
「マスター。森が......」
「え? うわっ、やばい! 消火しないと!!」
家の近所の森がこのままだと山火事になる。それは避けねばという一心で、疲れた体を無理やり駆使して水魔法を扱う。
(やっぱり魔法は威力が低いのか。その分簡単だから、今のボクでも使えていいけど)
詠唱のいらない魔法は扱いやすい。頭の中で「水」をイメージするだけで、青色の魔法陣から水が飛び出ていく。
水鉄砲くらいの威力だが、無理やり魔力を垂れ流すことで小さな滝のような量の水を両手から飛ばす。
消火活動が終わったことを見届けて、怪我で動けない様子のフェンリルに近づく。
「待ってて。今、治すよ」
「......」
「『女神の癒し』。うん、使える。......思ったより”女神の力”は残ってるのか?」
警戒する様子が無いフェンリル。おとなしく治療させてくれた。
慈悲の女神から間接的に授かった能力「女神の癒し」。これは対象をじわじわと、確かに傷を治し回復する力だ。
残念ながら本物の治癒術師とは違い、時間をかけて回復するので、致命傷には意味をなさない。
「でもこの程度なら、ボクでも治せる。よかった」
器用貧乏な自分でもできることがあるとホッとする。
とりあえず死なずに済んだ。もはや敵対する様子の無いフェンリルの傷も治し、毛を優しく撫でてやる。この狼も恐るべき魔族のはずだが、不思議と愛らしく見えてくるではないか。
「無事に帰りなよ。じゃあね」
生前の自分なら考えられない行為に、呆れて肩をすくめそうになる。
しかし無事に終わってよかった。フェンリルにもお別れを告げて、生まれ変わって初めての、命をかけた戦いは幕引きを迎えた。もう二度と、こんなハラハラした戦いはごめんだよ。
そんなこんなでボクは羊を連れて、森を去る準備をしたのだった。
次回は4-1を投稿します。




