プロローグ:勇者の幕下ろし
こんにちは、こんばんわ。
今回の話は今まで書いたものとは違って、世界観重視でストーリーを広げていき、徐々に謎を明らかにしていく物語となっています。
多少の粗は目を瞑って、楽しんで読んでいただけると幸いです。
感想は全て目を通して、できるだけ返答します。評価などをいただけると励みになるので、よろしくお願いします。
——聖歴7000年。勇者は世界を救った。
長年続いていた人間と魔族の戦いが終わったのだ。魔王は勇気ある一撃によって倒され、世界は平和を享受する準備が整った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——それから七十年の月日が流れた。
勇者が生まれたとされる辺境の村。そこで一人の矮小な老人が、リンゴの木の下でどっしりと腰を下ろす。
「......」
平和な世界が続き、子供たちが怯えることなく、楽しそうに野原を駆け回っている姿が目に映る。
草原の草を撫でる風は優しく、花の香りは心地よい。余生の趣味でガーデニングをしたことがあるからか、匂いを嗅ぐだけでどの品種か分かってしまう。
「今のは......”ダンデライオンの香り”か。ははは」
鼻を優しく刺激する。太陽を意味する花が、新緑生い茂る草原の中で力強く咲いている。「野原を駆け回る人間の子供には負けない」と、植物の声が聞こえてくるような気がした。
リンゴの木に背中を預ける。この木は確か、自分が旅に出るときに植えた物。それが今では立派な大木に育ち、大地の恵みを受け続けている。
ピタリと背中越しに木に触れる。分厚い皮で覆われた木の幹の表面は冷たく、まるで熱を失いつつあるボクの体と同じような。触るには硬く、しかし芯は力強い。
それはこの老体にも共通している。ボクはどれだけ歳を取っても、不思議なことに少しだけの力強さを保っていた。
”見た目だけでも美しくあれ”と、誰かの願いを受け続けたような。言うまでも無い、誰のイタズラなのかは分かっている。「お前の仕業なんだな。フレイヤ」と、隣にいる気配の主に、ボクは確かめるように尋ねた。
「......ええ。だって、私の愛した人は、美しいままでいて欲しかったの」
やはり、思った通り。イタズラ好きの女神は、このおいぼれの体に似合わない願いを注ぎ続けていたらしい。
「まるでエルフの呪いだなぁ。はっはっは」と、大地と豊穣の女神の力で、少しだけ力強く維持できた肉体が乾き切る前の、わずかに湿った笑い声を絞り出す。
ボクの頭のどこかが、まるで鈍ったような、重たい感覚がじわじわと広がっていく。
「エルフの呪いも、ドワーフの加護も、この世界にはもう必要ないのですよ」
「そうだったなぁ」
古い体。もうまともに動くのもやっとの肉体が、小刻みに震える。
何かを察した様子の友は立ち上がり、ボクの視界に映り込むように草原に向かって歩いていく。
後ろで両手を組んで、野原を駆け巡る子供達を見ながら、くるりとこちらに振り向いて。
「あなたが守った世界。どう?」
精一杯の笑顔と、緩むと一気に崩れてしまいそうな、儚く優しい表情で問いかけてきた。
「......綺麗になった。それだけ、だよ」
勇者の力に覚醒してからずっと、世界を脅かす恐怖と戦い続けた。それはもう毎日、繰り返される日々の連続だった。勇者が生きていた頃は、安寧などあり得なかった。
やがて全てを正し、平和をもたらすまで、男は戦い続けた。親の顔も声も忘れ、まともに友と呼べる関係の者は少なく、世の中の”普通”を彼は享受できなかった。
そんな世界がどう見えるか。そう問われて、うまく答えられなかった。
「無論、人並みに達成感を......感じたよ」
だが、それだけ。美しくなった世界を喜びはするが、その事実が与えてくれたのは”達成感”くらいだった。
掠れた声でボクは、胸の内に秘めた最後の想いを吐き出した。老人の友は、口元を隠すように覆って、やがて取り繕ったような笑みを浮かべて、彼と手と手が触れ合う距離まで近づいて座り込む。
「結局、ボク......は......」
「眠たいの?」
「............そう、らしい。あぁ、フレイヤ......まだ、いるか?」
「ええ。......えぇ、いますとも。イタズラ好きの女神は、ここに」
「な......ら......いい。......」
強烈な眠気が襲ってくる。背中に感じる冷たさが、どこか恐ろしい。
「いつ、も......ねむ......け......」
「いつもの眠気ですものね。分かりました。私の膝でお休みください」
ガサッと音を拾う。弱くなった聴覚は、徐々に風の音、草木の流れる音、それらを遠ざけていく。唯一頼りになる視界には、目尻に涙を浮かべた”フレイヤ”の美貌のみを映している。
これはいつもの眠気だ。老人の肉体が休息を求めているだけだ。
ああ、だと言うのに、どんどんと体の内側から熱が引いていく。なんだか寒い......陽の光はどこにいった?
「手......を......」
「っ......今まで、本当にありがとう。私の勇者様」
......何を言ってる。ボクは”勇者”だった。当たり前に礼などいらないよ。
「あなたは私たち神に、与えてくれたのですよ」
頭を撫でる感覚が、囁く女神の声が聞こえてくる。焦点が合わずぼやけて見える視界は、徐々に光すら消えていく。最後に瞳が力を失う前に、友が手を握って頬に寄せている映像を映してくれる。
干からびた手を涙が伝う。女神の温かな体温が、わずかに手の甲に伝わっていく。その感覚だけが、眠くなる意識の中でもずっと、不思議と残り続けていた。
ひたすらずっと。闇が視界を覆っても、完全に外の音が聞こえなくなっても、自らの体の熱が感じられなくなっても、その優しさだけを頼りに彼は安心を得ていた。
なんと心地よいのか。そして、名残惜しいと感じてしまうのか。その理由は、分からないまま。
「だから、ありがとう。またいつか会いましょう。おやすみなさい......良い夢を」
使命を与えられ、世界を救った勇者は、故郷の村でひっそりと。文献にも、伝説にも名を残した彼は、その行方を隠したまま、この世を去ったのだった。
——聖歴7070年。世界を救った勇者は、波乱万丈に満ちた、戦いの人生に幕を閉じた......はずだった。
「真実の眼は伝える。傲慢な刃も、嘘を塗りつぶす温情も」
遠く、遠く、旅立っていく”幽玄の足跡”に追いつくように声が聞こえてきた。
......聞き覚えがあって、とても懐かしい。そんな声だった。
いかがでしたか?
プロローグ〜4話は、主人公の周りの設定の開示となっています。
前作の短編とは違って、加速度的に盛り上げる構成にしております。読み進めていくと面白くなると思いますので、連続投稿で1話を含めて、そちらもどうぞ!
少しでも「面白い!」と感じていただけたら、ブックマークのご登録などしていただけると嬉しいです。
下にある「☆☆☆☆☆」で評価していただけると、さらに嬉しいです!
↓↓↓