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妄想公園  作者: 奈屋一郎
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妄想公園 5

 昼間が過ぎ、暑さのピークを迎えた合唱部室で、わずかに窓から通る風を受け、汗を流し、歌う事の喜びをかみしめている歌織がいた。一人きりで。

 そんな部室の扉が開かれ、少女は何も言わずに入って座り込み、歌織が歌う姿を見つめていた。

 歌い終わった歌織は、その姿に気付き、いつもの天真爛漫な雰囲気を消し去った彼女にどうしたんだいと声をかける。

「歌織さんはどうして歌ってるんですか?」

 唐突な質問返し驚く歌織だが、微笑みがらその問いに答えた。

「どうしてって、僕だけずっと歌えてなかったんだよ。他の部員の足をひっぱらない為に休日練習しているわけ」

 そう言う意味じゃない、と声を押し殺し、涙まじりに彼女は言う。

 なぜ休みなのに練習しているという事ではなく、歌そのものの意味を問うていた事に歌織は気付く。

「僕を皆に知ってもらう方法として、一番歌が伝わるんじゃないかと思ったからさ」

 友乃は不快感をまとった表情で、じっと歌織を見つめた。

「わたしはそういう方法をなくしてしまいました。そしてお母さんがいないってことにも気付きました。もうわたしには何もないんです」

「何もないわけないだろう? 綾さんには」

「わからないです。じゃあ、わたしに何があるか教えて下さい?」

 友乃は更に涙を浮かべる。それを見て歌織は優しく頭を撫でる。

「君が泣くならそれを止める為に良い歌を歌うよ。ちょっと聴いて」

 その言葉を無視し、友乃は歌織を睨みつけ、いらないと言って部室からを出て行った。やれやれといった表情で歌織はジュンプウジで人見に連絡を取る。

「人見が言った通り本当に来たよ」

「ああ、予想が当たってよかった。あとは俺に任せろ」


 陽が赤みを増し、空が橙に近づいた頃、児童公園で一人の少女がベンチに座り、ひたすら涙を流していた。そんな少女に一人の青年が近づく。

「いつまでピーピー泣いてんだ友乃」

 涙を腕で拭い、鼻が詰まった声で友乃は言い返す。

「うるさいです。お父さんはどこ行ったんですか?」

「理事長ならお前が田舎に帰ったと思って連れ帰しにいってるよ」

 人見を信用できない父親は、友乃を霊園から見失ってから彼女の携帯電話からの電波で位置情報を探り、動きを追っていた。しかし女子寮から動きが見られないので、行き先を知られないために携帯電話を置いたままどこかに行ったのだと考えると気が動転し、仕事そっちのけで友乃の故郷に車を走らせたのだった。

「そうですか、わたしも明日には田舎に帰ります。もうみんなの顔も見たくないんですから。嘘つきばかりで嫌いです。信用できません!」

 人見はその言葉を無視して、手提げ袋から眼鏡型のセンリガンを取り出し友乃にかけようとする。しかし気が立っているので人見が伸ばした手をすぐに弾く。

 それならばと、大事にしていた母親の形見である携帯電話を差し出した。

「もういらないです、そんな物」

「いいから言う事を訊け。一生のお願いだから」

 それならしかたない、と携帯電話を受け取り、大人しくセンリガンとジュンプウジを装着し、人見はタブレット型デバイスのディスプレイを友乃に向ける。

 そして人見がタブレット型デバイスのアプリを起動させるボタンを押した瞬間、友乃は全身の毛が逆立った様な感覚に陥り、頭がぼうっとした。

 そして一つの言葉が脳内を巡った。

「との、ありがとう。ごめんね」

 しっかりとそう聞こえた。

 嬉しい、という感情よりも、先に疑問が浮かび、友乃は事実を受け入れられない。

「みーかは死んだのに、どうしてとのって呼ぶ声が聴こえたの?」

「みーか? との? って、おい、本当に聞こえたのか!」

 その呼び名は誰も知らない。親子の絆の様な物。

 人見はその携帯電話にインストールしたアプリの説明をした。

「じゃあ、本当に聞こえたんだな、母親の声が」

「はい……間違いないです」

「そしたら姿も見えるようになる可能性が高い。しっかりとイメージしろよ、母親を」

 説明する人見を横切り、友乃は無表情でブランコに向かった。

「どうした? 友乃」

「お母さんはもうすぐいなくなるんでしょう? だから今のうちに約束を叶えようと思って」

 友乃は慎重にブランコに足を乗せ、大きく屈伸する。ブランコはゆっくりと動き始めた。何年も乗っていなかったのに、自然と体が動き、勢いを増していく。

 温かい風が体に当たり、清々しい気分になっていく。

 公園の入り口で様子を伺っていた練と梅は、人見に近づき問い掛ける。

「どうしたの、あの子。ブランコなんかに乗って。しかもめっちゃ笑ってるし」

「人見も笑っているわね。もしかしてあのアプリは成功したの?」

 ブランコを漕ぐ友乃を見つめ、人見は涙をこらえながら頷いた。

「ありがとう。成功した」

 友乃は三人を見つめて、つい笑顔がこぼす。耳をすませば高校の方から歌声が聞こえた。足の間には母親が座っている。きっとこれは人見が見せてくれた、たった一度の奇跡なのかもしれない。そう思いこれが最後だと話しかける。

「みーか、今までありがとう。もう大丈夫。今映ってるのがわたしの世界だよ」


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