妄想公園 4
霊園に停まっていたバスに友乃は乗り込み、駅前に向かった。バスに乗ったのはいつ以来だろう、と考えていると、母親と買い物に行った頃の事を思い出し、涙を流す。乗客が心配して声をかけるも、ひたすら無視をした。
それから電車に乗り一時間。和泉ヶ丘駅に着くと、友乃は女子寮に向かって駆け出した。ただの故障なのだと祈るように携帯電話を握りしめながら。
友乃は練の部屋に着くとチャイムも押さず、扉を開けDKに向かった。
タブレット型デバイスで読書をしながらくつろいでいた梅は、いきなり友乃が現れたので驚く。
「どうしたのよ綾。来るんなら連絡してよ」
息を切らして部屋を見渡す友乃の目は、いつもとは違っていた。殺人犯に追われいてるような、そんな追いつめられた目をしていた。
「梅、山冨さんは? 山冨さん」
瞳は充血し、声も落ち着きがなく、震えている。
「ああ、えっと、どうかしたの?」
「山富さんはどこ!」
「何よ、こっわー。部屋でプログラミング中よ。人見が昨日依頼したモノを作成――って聞いてるの?」
部屋でプログラミング中、と耳に届いた辺りで、友乃は練の部屋に向かい扉を叩いた。ドンドンと力強く何度も叩く。
「山冨さん、携帯電話を直して下さい! 故障ですよね、故障なんですよね」
部屋でプログラミングをしていた練は手を止めて嘆息し、ゆっくりと扉を開けた。
「少し落ち着きなさい、綾さん。何があったのか、落ち着いて話してくれる?」
友乃は握っていた携帯電話を勢い良く練の目の前にかざす。
「お母さんと話せないのは故障なんですよね、山冨さん。人見さんは違うって言ってたけど、嘘ですよね。ね、ねえ」
音量の調節が壊れたスピーカーのような、部屋で出すには大きすぎる声が聞こえ、気になった梅はデバイスを机に置いて立ち上がり、リビングの扉から二人の様子を覗いた。二人の間には緊張の糸が張り巡らされていて、間に割って入ろうとは思えない。
「人見が言っていた事は事実よ。彼はそのような嘘をつかないわ」
「でも言ったじゃないですか! 練さんは故障だって」
「それは、貝口さんの時と一緒。自分で知った方がいいと思ったから、嘘をついたのよ……ごめんなさい」
友乃は平手で練の頬を打つと、扉から首を出す梅に問い掛けた。
「梅も気付いてたの」
「えっと、携帯が変だって事はずっと思ってたけど……」
たどたどしく言う梅に友乃は携帯電話を投げつけ、部屋を出て行った。投げた携帯電話は速度が遅く、梅は軽く片手で受け止める。そしてすぐに練に駆け寄り赤く腫れた頬を見て、あのアホウと呟き、玄関を睨みつける。
「ちょっと、練さん大丈夫ですか?」
「私の事はいいわ。それよりまず連絡を取らないと」
そう言うと練は部屋に戻って携帯電話を持ち出し人見にかける。
「どうした練。友乃でも来たのか」
電話から聞こえた人見の声はいつも通り、いや、いつも以上に落ち着いているように感じた。
「来たわ、あの子全然冷静じゃなかったわよ。大丈夫なの?」
「ああ、ここに来たんなら心配ないだろうな。あいつは今どこに向かってる?」
「わからない。携帯電話を私の部屋に置いて行ったのよ」
「それは好都合だ。俺もあと少ししたら行く。それまでにプログラムを完成させておいてくれ」
じゃあ、と電話を切ろうとする人見を練は引き止める。
「待って。人見は何を隠しているの? もう教えてくれてもいいでしょう? もし答えないのなら、プログラムは完成させないわよ」
ちょっと待て、と人見は言い、誰かと相談していたのか、しばらくするとわかった、と返事をした。
「誰に確認していたの?」
「友乃のお父さん、高校の理事長だ」
「もしかして、理事長が依頼主?」
そうだ、と肯定し人見は理事長との繋がりを話しはじめた。
人見が心理士の資格を取った高校二年生の丁度今頃、理事長から娘の精神異常を治して欲しいと依頼された。その娘は、母親を亡くした現実を受け入れられず、携帯電話で母親の幻想を眺め、精神的、身体的にも成長しないで時を止めているのだという。
いつもならすぐに返事をする人見だが、この件は迷った。
彼女が狸憑きだったからだ。
一般的に憑き物筋は裕福な家が多く、それを妬む対象として、そのような考えや言葉が生まれたとされている。あの家がツキを持っていく、だから他の者が貧乏なのだ、と言う具合に。けれど、綾家の場合は本当に村の人達の精神病を治してきた、本物の憑き物筋。言わば本物であり、希有な存在だった。
その存在には女性が多いと言うのが特徴だ。理由として、憑き物筋は精神病で、この病は遺伝と環境が多いに影響し、男性よりも女性の方が発病率は高いとされている。
この精神病が憑き物筋として、村の人々の憑き物を落とせた理由は、村の言い伝えによりプラスプラシーボ効果が働いた、という点。それと、もう一つ。憑き物筋が幻覚や幻聴を起こし、意味不明な言葉を発すると、それを勝手に憑き物の言葉と解釈し、落とす方法を探したということが考えられる。
この後者、幻聴と幻覚を見やすいと言う点で人見は悩んだ。元からそういう傾向に陥りやすいのに、何年間もその状態を継続して暮らしている。そんな状態の友乃を治せる自信が無かった。
しかし人見は身内の死を受け入れられない友乃の気持ちを理解していた。
人見は未だに小学校の頃に亡くした祖母に心を捕われてきた。だから、救わなくてはならないと思った。後ろ指を刺されようとも。
覚悟を決めた人見は、友乃と同室になり、日々の会話の中で彼女の心の傷を知り、今日に至った。
「友乃の気持ちはわかる。変な話しだけど、婆さんが死んだ日に、婆さんからの着信が俺の携帯にあったんだ。でも婆さんは病院にいたはずだ、携帯は自宅に置いたままなのに。不思議だろ? だから俺は婆さんが最後に何か言い残した事があるんじゃないかって気になった。それを知らないと死んだ事を納得できない自分がいたんだ。で、どうすればいいかって考えたとき、携帯電話の心を知れば良いんじゃないかって馬鹿みたいな事を考えた。だからプログラミング言語に手を出したんだ。でも言葉は作れても、文法がなければ話しにならない」
「もしかして今プログラミングしているアプリケーションはその為の物?」
「そうだ。携帯電話の持つ微弱な電磁波が、人の無意識を留めるんじゃないかと思ったのがきっかけだ」
人見が練に依頼したアプリケーション、それは携帯電話から通常の電磁波とは違う波が発していれば、その電磁波を摘出するアプリケーションだった。
「でも、それでは電磁波を抜き取るだけじゃないの?」
「大丈夫だ。あいつが憑き物筋ならな。それから理事長からセンリガンとジュンプウジを受け取ったから、それにもダウンロードできる準備をしといて」
梅はじっと人見と電話をする練を見て、漏れる声から何が起きたのかを知ろうとしたが要領を得れず、イライラが積もり、わかったわ、と電話を切ろうとする練の動作を見て、その手から携帯電話を奪い、人見に怒声を浴びせた。
「どうなってんのよいったい! 友乃はどうしちゃったのよ!」
「うるさい、声を落とせ。友乃なら歌織の所だろう。同じ傷を持った人なら舐めあってくれるとでも思ってんだろう」
そうじゃないと梅は地団駄を踏む。
「もういいわ、どうせ友乃を混乱させてるのはあんたなんでしょ! 我慢の限界よ。もうあの子と関わらないで」
そんなことは第三者が決めれるはずがなく、理由も無く当てずっぽうで言っていいわけがない。しかし人見は反論しなかった。
「そうだな。友乃も田舎に帰るって言ってたし」
それだけ言うと電話を切られ梅は呆然とした。言い返されると思っていたのに……肩すかしを食らった気分だ。
梅は隣で様子を見ていた練に携帯電話を奪った事を謝ってから、友乃の事を訊ねた。




