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妄想公園  作者: 奈屋一郎
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妄想公園 3

 季節は春の穏やかさを忘れ、例年より気温が高く夏日続きのそんな六月半ばの休日。コタツに扇風機というなんともずぼらな性格を表したDKで、汗を拭きながらプログラミング言語作りに励む人見の携帯電話が、珍しく鳴った。表示された名前を見て、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。しかし仕事だと心に鞭を入れ、通話ボタンを押した。

「久しぶりです。ええ、明日ですか。大丈夫です、兆候は十分。はい、では」

 電話を切り、大きなため息をした後、梅と遊びに出かけている友乃にメールを入れた。

「明日、一〇時から空けといてくれ」

「えー。携帯電話でお母さんと全く話せないから、山冨さんに直してもらう約束していたのに。嫌です!」

「俺がそんなの治してやるよ」

「嘘だ!」

「本当だ。明日治す、だから時間をあけておけよ」

 梅と相談しているのか、しばらく雑音だけが聞こえる。

「はーい」

 仕方なさを全開にした間延びした声で友乃は返事をした。

 

 そして次の日。

「どういうこと?」

 朝の十時、曇り空の中、男子寮の前には黒光りの外車が止められていて、それを見た友乃は戸惑った。この車を見たのは入学式以来だ。

「お父さんだよね、久しぶりだけど……なんで?」

「いいから乗れよ。着けばわかるって」

 人見にそう言われ、後部座席に乗り込む。父親はおはようとだけ言って、バックミラーで二人が乗った事を確認すると、アクセルをゆっくりと踏んだ。

 車は都市部ではなく山の方に向かって走り出す。

 黙々と運転する父親、隣の助手席には見慣れない花束が置かれ、後部座席は、腕を組みムスッとした顔で目を瞑っている人見と、どうしていいかわからず、流れる景色をぼうっと見ている友乃が座っている。

 友乃と父親の久しぶりの再会だからか、車内の空気は若干張りつめている。

 このままでは居心地が悪すぎるので、少しでも和らげようと、友乃は父親に話しかけた。

「お父さん、久しぶり、仕事はどう? 忙しい?」

 父親の返事は素っ気なく、ああ、そうだ、と口数少ないし、声も小さい。その態度に腹を立てた友乃は、少し驚かせてやろうと秘密にしていた事を口にした。

「おばあちゃんからは黙っててって言われたんだけど、言っちゃおうっと。実は村に帰ってこないかって言われてるんだよね、おばあちゃんが寂しいんだって、あと村の人も私を頼ってるって言ってたよ」

「そうか、自分で考えろ」

 面白くないと、父親が座る席をどかどかと何度も叩くも、反応がない。父親に飽きた友乃は人見に話しかけた。

「なんでこのメンバーなんですか? 全くどこ行くかわかんないんですけど。トマト狩りとかですか?」

「さあな、てかうるさい。俺は眠いんだから黙れ」

 軽くあしらわれ、膨れっ面の友乃は仕方なく、また外の景色を楽しむ事にした。こういうときお母さんに電話ができればいいのに……と思いながら。

 景色は時間が経つごとに灰色から徐々に緑に変わり、蛇のようにうねる坂道が続き、赤い弓のような形状をした橋を越え、車は止まった。

 そこは山々が囲う大きな駐車場だった。その隣には岩壁があり、鉄骨の階段がかけられている。人の姿はちらほら見られるが、皆浮かない表情をしている。曇り空の影響もあってか、ここ一帯の空気は重い。

 父親はエンジンを切り、花束を持ってドアを開ける。人見も黙って車を降る。二人は足早に岩の壁に架かった階段を上って行く。それに友乃も続いた。

 階段を上りきると遠くの山々が囲む中、目の前にあるのは無数の石の置物だった。友乃はそれが何なのかわからなかったが、直感的に悲哀を感じ、身を震わせる。

「どこ行くの? 人見さん、お父さん、ねえってば!」

 友乃の声を聞いても二人は止まらない。ため息をついてから駆け足で友乃は追いかける。すると並んだ石の端の方で父親は立ち止まり、手を合わしてから頭を下げた。人見は寂しげな表情でその石を眺める。

 それを見て友乃は足を止めた。近寄ってはいけない、そんな気がした。

 立ちすくむ友乃を見て、人見は歩み寄って手を取り、石の前まで引っ張って行く。力が強く振りほどく事が出来ない。

 その石の前にが立たされると、父親は口を開いた。

「これが誰だかわかるか、友乃」

「何言ってるの、お父さん。これはただの石だよ?」

 人の形でも動物の形でもないそれは、長方形のただの石。

「一度来た覚えがあるはずだ、忘れているだろうが……思い出せないか」

 その石には『綾家乃墓』と刻まれている。父親は持っていた花を生け、鞄から線香を取り出し、火をつける。煙を出す線香を見て、人見はそっと口を開いた。

「友乃、お前は気付けるはずだ、その為の準備をしてきた。練に狸落としが通じず、世界はたくさんあると知ったはずだ。歌織が歌声を無くしたことで、自分も何かを無くしている事に気付いただろ?」

「なんのことかわからないよ」

 そう言いつつも体は正直だ。血の気が引き、足に力が入らずその場に友乃は膝から崩れるようにして倒れた。

「どうして携帯電話でお母さんと連絡が出来ない……それが答えだ」

 感情を持たない、機械のような平坦な口調で友乃は話す。

「嘘だよね、嫌だよ、私、私、約束したもん、ブランコ一緒に乗るって。乗せてあげるって言ったもん」

 人見に力を失っている友乃に父親は柄杓で墓に水をかけながら言葉をかける。

「あの日の友乃もそう言っていた」

 あの日。

 その言葉を聴いた瞬間、友乃の頭には、初めて母親の墓参りをした記憶が、映像ではなく、写真のように断片的に巡る。

「本当に、本当にいないの」

「そうだ、母さんは亡くなってしまった。信号無視の車に轢かれて五時間後に」

 その言葉から逃げるように、友乃は霊園の出口へ駆け出した。

「友乃!」

 呼び止める父親の肩を力強く掴み、人見は呟く。その声に動揺は感じられない。

「今は好きにさせた方がいい。大丈夫、友乃が行く場所なんて限られている」

 冷静な人見とは逆に顔を紅潮させ、唾を飛ばしながら父親は言う。

「じ、自殺をしないと言い切れるのか」

「言い切れる。あいつが死んだら、俺も死ぬ」

 人見は駆けて行く友乃の背中を見つめた。


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