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六色沼で捕まった5人の集団自殺者とその陰に隠れていた男性の心を救うべく悩む多恵さん

 前回の旅を終え今は5月。あれから袋田の滝がお客様の関心を呼び、3人もの方に注文を受けている。それどころか、教授夫婦までが急がないから注文の絵が終わった後、一枚描いて欲しいと言われる始末。

大樹さんは相変わらず大学の方や教授との付き合いが楽しいらしくて何より結構だ。娘は今回は演劇部の部長になったが、今回の与えられたテーマは日本昔話らしい.。お隣の藤井家も大きな移動もなく、今年の春も引っ越ししなくても大丈夫、多恵さん胸をなで下す。

幽霊さんたちはどうしているか?

こちらも祖母を交えたあの世からの出張組は相変わらず賑やかで、幽霊の女性達を引き連れて関東近くに出来ているデズニーランドを始めとする各種ランドを遊びまわっている。

男性軍は祖父のテニスの方も順調だし、石森氏の蕎麦打ち教室も押せや押せやの賑わいを見せている。

最後に会った女性も祖母達に引き回されているから、直ぐに失恋の痛みも忘れ本来の自分を取り戻すに違いない。

今の所思い煩うことがないなんて素晴らしい。多恵さん一人クスリと笑って五色沼を見やる。五色沼も穏やかで新緑の緑に燃えているようだ。

「そうそう、この間は母親の恋人だか情夫に虐められた少年が私の噂を聞いて、わたしが公園に立ち寄るのをじっと待っていたんだっけ」

今日はそう言った輩はいないようでこうやって安心して眺めていられると多恵さんはコーヒーを飲みながら沼を見つめていた。しかし神様はそんな多恵さんをいつまでも放置させていては下さらないらしい。

今見ている景色の何かが不調和だと多恵さんの目に映る。さっきまでの穏やかな景色の中に、何か良からぬものがどうやら侵入して来たみたいだ。

「ああ、ダメダメ、せっかく穏やかな景色を眺めていたのに、嫌だわこの不吉な景色の変わりようは私の心を不安に陥れる。でもこの目に入って来たものをないということにする事には出来ない」

多恵さん残っていたコーヒーを一気に飲み干し、嫌々ながら下界へ行く事に決めた。それがその宿命を背負わされた者の任務なのだ

外は日陰にいれば丁度良い温度だが日向に出れば暫くすれば熱くなり日陰が恋しく感じられる気温だ。そんなことはどうでもいいと六色沼に足を向ける。

あの波動を感じたのは真ん中あたりだ。散策している人、ゆっくりベンチに座って本を読んだり、スマホをいじる人。7,8人の幼児を連れた保育園の人達もいる。その穏やかな人達を縫って多恵さんは只管に只管に目標とする場所に向かう。

「確かここいら当たりだったわ」

多恵さんその場所を見回した。居た居た5人も居た。男3人女2人。周りを見渡して人目がないのを確かめる。そして彼らのいる木陰へと移動する。彼らの小さな歓声が上がる。

「どうしたの?集団自殺をやったのね、あなた達」

みんなうなずく。

「本来ならわたし、集団で自殺した人達に関わりたくないんだけど、ついこの六色沼の景色に見とれていたら何やら良からぬ気配。仕方がないのでここまで降りて来たのよ」

「す、すみません。あなたの噂を聞きまして、こうしてここであなたが私達を見つけてくださるのを待っていたという話です」

5人の中で一番年長者らしい男性が声を上げた。

「そう、でも集団で自殺したということは、多分自殺するそれぞれの意味合いが違っている、もう過去のことだから違っていたと言うべきかしら?」

「はい全然知らない同士が集まって、全く知らない理由でそれぞれ遺書を書き死んでしまったのです。こうやって死んだ後でも一様顔は分かりますが、何故彼らが死ななきゃならなかったのかさっぱり分かりません」

「でも分らないなりに少しは死んだことを後悔してるのね、私に会いに来たということは」

「は、はあ、死んでしまい、でもそれからどうすればこの真っ暗な世の中歩いていけるのか、そこの所が分らないんです。だから死んでしまったんでしょうけど、俺は」

「うん、死んでどうしたかったのか分らないなんてちょっと悲しいわねえ。ほかの人達も同じなのかしらねえ、そこのお嬢さんも同じなの?」

「え、わ、わたしですか?」彼女が聞く。多恵さんうなずく。

「そう、あなたの死んだ理由を教えて頂戴」

「あ、はい・・・わたし・・生きてても何の役にも立ちそうにもなくて。仕事も人の半分出来ればいい方家の中だって片付けられないし、料理も全然、決断力もなくって服を選ぶのに何時間もかかる」

「それだけの理由で死んじゃったの?」

「は、それだけじゃありませんが、好きな人も出来ませんし、ともかくこの世の中面白くないんですもの生きていても何にも面白くないんです。でも死んでしまったらもっと面白くない、、楽しいことが少しでもあれば一所懸命やるんだけれど」

「あなたはどうなの、どう言う訳で死んじゃったの?」もう一人の女性に聞いてみた。

「わ、私ですか、わたしも仕事は出来ないし、友達も出来ない。今こうしてかりそめにも五人もの仲間が出来て少しは嬉しいです。ただそれだからと言って何が出来る訳ではないです。何もなくて虚しさは生きてた頃よりももっと空しい」

「俺も死んだからと言って何も出来る訳でもない、かと言ってどこへ行く事も出来ない、ここへ来ることさえやっとの思いで来たんです」

「そう、この刺すような明るさも人達が話す声も笑い声も、今の身には辛過ぎる、何も生きてる時にこれと言った悪さもした覚えがないのに、これはあんまりだあ」

「ただ生きてる事がつまらなくって、俺が生きてて喜ぶ人間、有難がたがってくれる人間が誰もいなくって、それでそんな仲間がスマホを通じて何となく集まって、気が付いたら死んじまおうと言う事になってこういう事になってたんだ」

全員覇気のない声でぼそぼそと語る。

「話は聞いたわ。で、これからどうしようというの?生きてる時に酷い目にあった、酷い事をしたのでどうしても謝りたい、そういう人は沢山いたし、それをどうすべきか対処する方法は結構見つけ易かったけど、あなた達自体に自殺するべき理由がなーんにもなくて死んでしまった人達をこれからどうしたら良いのか、私に結論を出せと言う方が無理な話よ」

見渡せば初夏の日は確かに明るく眩し過ぎて、楽しく喋りあう友のない人生を送ったものには唯々心に突き刺すだけかも知れない。かと言ってそれを自殺の原因にして決して良い訳がない。

「俺達一種のうつ病みたいなものでしょうか?」

「え、うつ病なの‥そう言われればうつ病に似てない事もないわね。でも大抵の人達がそれと格闘しながら生きているのよ、何もかも上手くいかない、みんなに尊敬されない、友達が出来ないなんて本当は半分以上の人が密に抱えている問題だわ。だけど大抵の人は死なないで生きて行くのよ」

「分かってます、でも俺達それが出来なかったんです、やることなすこと、全部無意味に覚えて、と言うか無意味のままになってしまうんです」

「うーん、解決できるかどうか不明だけど、うつ病でおまけに山ほど借金を作って自殺した私の友人がいるの、彼を呼び出して相談してみたら少しは何かいい光が見えるんじゃないの」

5人はまるっきり乗り気ではなさそうだったが、彼女に見捨てられたらそれこそ彼らが救われる道は全くなくなり閉ざされてしまうのだ。ここは頷くしか方法はないようだ。

彼女の呼び出しに杉山君が現れる。

「はいはい、お呼び出し待っていましたよ」

杉山君彼女の周りを取り囲む五人の男女に目が行った。

「これは沢山の相談幽霊さん達で。一体どうしたんです?」

「ここにいる人達はまあうつ病といえばうつ病みたいな人達で殆ど大した理由もなく集団自殺してしまった人達なの」

「えー、で彼等をどうしようというんですか?」

「私にもさっぱり分からなくて。うつ病はうつ病の人が一番わかるかなあと思ってあなたを呼び出したんだけど、、彼ら自身が自分らがどうすべきか分かっていなくて、私も何一つアドバイスが思いつかないの」

「兎に角、そこの一番背が高くて年も取ってそうな奴から聞いてみるか。あんたは仕事は何をしてたんだ?」

「はっ、俺ですか?俺は大学出てからスーパーに務めたんです。結構大きなスーパーです。はじめは覚えるのが大変だし、物の新鮮さも大事だから、入れる順序も大切なんです」

「うん、成程成程」

「でもある程度それに慣れて来るとぼんやりする事が多くなって来たけど、別に仕入れのために早く起きたり、あるいは遅くなって帰宅するのが翌日になる事が嫌だななんて思わなかった。それより会議に出て色々報告するのは嫌でした。段々報告する事が多くなるんですよねえ、特に売れない職場に行かされるとねえ。あれが一番俺を苦しめたやつだった。それでスーパー辞めて他の勤め先を探しました。次に大手の家族向けのレストランに勤めました。料理の材料から名前の由来とか、他にマナーや接し方、話し方等細々と注意されたり教わったりしました」

「ふむふむ、いろいろ教わったんだ。勉強になったろうが」

「はい勉強になりました。でも・・何となく詰まらないんです。どうしてか分かりません、みんな楽しそうに働いているのに、俺一人ぽつねんと突っ立ているのが何とも言えず空しいのです」

「うーん、こりゃ随分なうつ病だ。それでどうしたんだ」

「我慢したんです、作り笑いをしてじっと我慢したんです。それでも何故みんながおかしいのか、何故笑うのかさっぱり俺の心に響いてこないんです。誰か男でも女でも良いんです、話し合う友達がいればいいんでしょうが、小さい時から友達と呼べるものは一人としていないものですから」

「うんうん友達が欲しいよなあ。人間じゃなくて犬や猫でも良いんだぞ、彼等だってきっと慰めてくれると思う」

「あ、それが良かったわ、それをどうして思いつかなったのかしら。悲しい時も寂しくてたまらない時も犬猫がいれば、どれだけ助かった事か」

「わ、わたしも可愛い猫がいたらどんなに助かった事か」

女性二人が泣き出した。男性達も顔を下に向けている。

「みんな他の人から見たらとるに足りない事で悩み死んでしまったんだ」

「でもでもあのまま生きる事は本当に辛く悲しい事だったんだもの。生きてる喜びが何にも感じられない、毎日朝目が覚めて同じ事を繰り返し夜が来て寝る。次の日もまたその繰り返し」

「その中に、何かを見出す事はなんにも出来なかったの、例えば昨日まで咲いてなかった花が今日は咲いてたとか?」

多恵さんもこの5人の心に向かって叫びたくなった。

「花?みんな花を見て感動するけど、俺は何も感じない。ただ咲いてるのは分かるけどさ。もっと感動すれば良かったのかなあ」

「わ、わたしも花を見て感動する事なんて考えた事もなかった。そこがそもそもの始まりだったんだあ」

「俺もさあ、そういった事に感動するなんて頭の中に浮かんだ事がない」

「花、、言われてみれば、綺麗かも知れないわ。花の事なんて自分が生きる事と何の関係もないんですもの」

多恵さん5人の顔を見つめる。花の存在さえも気にしなかった人生って一体どんな人生だったろう。

「分かったわ、あなた方が先ずしなくてはいけない事は、あなた方を亡くして悲しんでいる人を探しだして、謝る事が初めの一歩だわ。それから全ては始まるのよ」

「そうだな、先ずは謝る事が先決だな、それからだ、次に進むのは」

杉山君も賛成する。

「まあ、今日はんな引き連れて俺達幽霊たちが集まっている所に行こう。お前達をそのまま行かしてもどうにもならないだろうし、向こうには叱咤激励する人も、優しく慰める天使のような、あ、彼は天使なのか?まあどうでも良いや、みんなで考えれば良い案も浮かぶだろう。じゃあ河原崎画伯、お名残り惜しいですがこいつらおじい様のいらしゃる所へ連れていきます」

杉山君は5人もの行き場のない集団自殺者達を引き連れて、多恵さんの祖父が君臨するテニス場のある幽霊さん達のたむろする場所へ消えていった

「やれやれだわ。杉山君には悪いけど、あの5人に共感するものが今は何も持ち合わせていないの、ここは彼のような鬱の経験者に任せるしかないわ」

「あ、あのう、あなたが幽霊界で有名な河原崎画伯だったんですね?」

ほっとした多恵さんの胸をぐさりと突く言葉。何とあの5人の後ろに隠れてもう一人ひっそり影を潜めていた男の幽霊がいたんだ。

「あ、あなた、何時からそこにいたの?全然気が付かなかったわ」

「はい、あの5人組の前からなんです。実は私の方が先でして、一昨日の夜にここに来て、これからどうしようかと思案に暮れていたところ、あの団体さんが昨夜ここにやって来たんです」

「そうだったの。でもわたし、そんなに有名じゃないのよ、何時も行き当たりばったりで出会った幽霊さん達と話し合ってるだけなの」

「ええ、ええ、でもこの頃はここに集まった幽霊の世話もやってるとか聞きました」

「まあ、別に特別な事をやってる訳じゃないわ。わたしには何の力もないし、顔が利く訳でもないの。ただ何となくそれなりに流れていってるだけよ」

「それで良いんです、私の話も聞いて下さい」

多恵さん男を見やる。30から40の間だろうか、顔もごく普通の顔立ち、体格は少し瘦せ気味でひょろりとしている。

「幽霊になったと言う事はあなたも自殺したの?」

「ええまあそんなもんです。でもあなたは優しい人ですねえ。さっき陰でと言ってもここはみんな影みたいなもんですが、ハハハ、いや本当にあのさっきに5人組に言われていたでしょう、花を美しいと思わないのかとおしゃっていたでしょう?あれを聞いてあなたは本当に相談する甲斐のある方だと思いました」

「花って今まで誰もが当然好きだと思っていたから。まあ好きにも差は当然あるし、種類や大きさなんかも違うけど、花は当然好きなものとして考えていたから、あの時は聞いてみたのよ。あなたは元花屋さんをしてたの?」

「はい、元花屋の店員です。結婚したいと思っていた人もいました」

「え、それは何よりだったじゃないの。それがどうして自殺なんて事を考えたのかな?」

「僕は幸せでした。彼女は花や観葉植物も良く勉強してましたし、生け花やフラワーアレンジメントも頑張って学びました。所が病気に、胃癌だったんです、それも末期の癌だった。いろいろ手を尽くしたんですがあっという間に酷くなって、死んでしまったんです」

「それは大変だったわねえ。でもそれが原因で亡くなちゃったという訳ではないでしょう?他にも理由があるんでしょう?」

「はい彼女とやりたいと彼女の病気が分る前から、手ごろな店を見つけ、店の改造費や手付金を僕のなけなしの貯金を叩いて・・彼女も店が出来上がるのを楽しみにしてたんです」

男性はここで一息入れるのか木々の間から見え隠れする沼のさざ波を見つめていた。

「お店はそれでどうなったの?」

「お店、僕たちの花屋になるはずだった店、間に入った不動産屋と言うのがもうとっくに潰れていたんですよ、僕たちはそれを知らないで、彼の言う事を信じていたんです」

「それでどうしたの?」

「他にも騙された人が沢山いて、みんなで彼らを訴えました。でも中々彼らも逃げ回っていて捕まらなくてどうしたものかと、相談会も開きました。僕は・・彼女を亡くし、もう、お店を開く夢も消え、これからどうしたら良いのか分かりませんでした。だからそんな会があっても黙って聞いてるだけで、何がどうなってるのか、いえ、もうどうでも良かったんです。お金が丸々戻っても、多分半分も戻っては来ないでしょう、それでどうすれば良いのか、何の喜びも沸いて来ないじゃないですか?」

多恵さんにも彼にかける言葉は何にもない。

「そんな時彼らが捕まったと言う知らせが届きました」

「それはまあ、良かったと言うべきだわね。それで少しは元気がでたの?」

「はあ、彼らは海外にいたんです。持ち金はもう僅かしか残っていなかったそうです。弁償させるにしろ1年に少しずつ、多分何年もかかるでしょうねえ」

「あなたは彼女が亡くなった後どう言う生活をしてたの?」

「はい、それまでと同じ花屋の店員やってました。仕事が終わって家に帰るんですね。スマホに残された写真を整理してもそれで気持ちが少しでも前向きになれば良いんですが・・全然です、何一つ気持ちが前向きになってくれないんです」

「あなたのご両親はどうしてらっしゃたの?心配してらしゃたでしょう、婚約者は亡くなり、お店の資金は悪徳不動産に騙されて無くなるわ、心配しない方がおかしいものねえ」

「両親は国で妹と3人暮らししてるんです。ええ余り良く話してないから詳しくは知らないんです。勿論何か良くないことが僕の身に起こってるとは知っていましたがねえ。だから僕がそんな毎日に嫌気が差して強くもない酒を飲んで、歩道橋の上から身を投げたなんて聞いて、とても驚いたと思います」

「そう、ご両親は余りご存じなかったのねえ。男の子は自分の事を自分の親に話さないというから」

「ええ、なんか照れくさくて離せないんですねえ。悪い事したなあと死んだ後思いました‥特にお袋にはすまないと詫びましたよ。少し見ぬ間にすっかり年が行ってしまって」

「それで幽霊の身になったという訳ね。でも肝心の彼女に会えない、それが辛くてわたしに会いに来たという訳ね」

「図星です。死んだら当然会えると思っていた彼女に、いくら待っても会えないなんて酷いと思いません?」

「そうね、元々病気で亡くなった人と自殺した人は一緒にはいられないんだけれど、でも病気で亡くなった人が自殺した人を好きだった場合は・・多分病死した方があの世から会いに来るのが普通だと思うけどなあ。会いに来れない何かがあるのよねえ。ここはそれを確かめてみなくちゃいけないわ」

「お願いしますよ、彼女にどんな事情があって僕の下へ来れないのか、聞いては貰えないでしょうか?」

「うーん、私にはそんな力は備わっていないの。でも一つだけ方法があるわ、かって川で溺れた子を助けようとした人が反対に自分が心臓麻痺を起こして死んだ人がいて、彼は優しい人だから又子供が溺れちゃいけないと、そこの場所から動けないでいたのを、彼の親やその救われて子供の親がお地蔵さんを建てる事を聞き出して、彼をそこから離れることが出来るようにして挙げた青年がいて、その人が今も仲間となっているのよ、その人はほんとに天使みたいな存在だから、彼なら彼女がここに直ぐ来れないのか聞き出す事が出来るわ」

「え、本当ですか?是非お願いしたいです」

「でも、彼女の顔や特徴が分らないと、探しようもない、あなたは彼女の写真は持っていないの?」

「写真ですか?スマホの中に沢山あったんですが・・ああ、一人で行かせるのは可哀想だと、母が彼女の写真を棺の中に入れてくれたのがあったんだ。あれはどうしたんだろう?」

「棺の中に入れたのね‥それなら絶対あなたの身の回りにあるはずだわ、良く探してごらんなさい」

彼は暫く考えたり探したりしていた。

「ああありました。僕の胸のあたりに張り付いていました。良かった、これで彼女を探してもらえる」

「じゃあ彼を呼び出すわ、ちょっと待っててね」

多恵さん誠君を呼び出す。相変わらずテニスウェアにラケットを手にしている。

「はい、何か又会ったんですか?さっきも5人、杉山さんが引き連れて帰って来ましたよ」

「ええ、先ほどの団体さんとは少し違っているの。ええっとあなたの名前は何と言うのかしら?彼は飯島誠君、と言う天使さんなのよ」

「は、こん、こんにちわ、ぼ、僕は鳥山和希と言います。どうぞ宜しくお願いいたします」

「はい和希さんこんにちは。一体どんなお悩み事で」

「彼の婚約者が癌で亡くなったの。それでね二人は花屋を開く予定だったのよ」と多恵さん今までの話を誠君にかいつまんで話した

「でも彼が死んでも彼女は顔も見せないんだって。幾ら自殺で死んだとしてもどうしてもう少し頑張らなかったのとか何か話すことはあるでしょうに」

「ええ、それはそうですよね、彼女は神様じゃないんですから、自殺とはけしからん、お前とは口もききたくないとは思わないですよね」

「だから悪いけど彼が一枚持ってる写真を基にして、あの世のどこかにいる彼女を探しだして、何故彼に顔を見せないのか、その理由を聞き出して欲しいの」

「はい分かりました、少し時間がかかるかも知れませんが、お待ちください、必ず真相を持って帰りますから」

「それからその間、彼をここに置いとく訳にはいかないから、悪いけど彼もみんながいる所に連れて行ってくれないかな、良介君となら話も合いそうだし」

「分かりました、僕がいない間彼を良介君に任せましょう」

誠君は和希君を連れて彼女の前から消えて行った。

これでこの公園からやっと帰ることが出来ると多恵さんはもう一度公園の茂みの中を確認して、何もいないと分かってからこの場所から立ち去った。

その日の夕方近くに電話が鳴った。電話の主は花の絵の名手柏木さんだった。

「あら柏木さん何、何かあったの?と言っても何かなければ電話してはならないという決まりはないけどね」

「うん、河原崎さんも分かって来たわね。でもさあ今日は立派な用があってかけて来たのよ」

「ふーん、立派な用って一体何かしら?まさか、近所に美味しいケーキ屋さんが出来たので、食べに来ないかと言うんじゃないわよね」

「ハハハそれはそれは、残念ながらそんな美味しい話じゃないの。あのさあ、あなた、この頃花の絵を描くのに抵抗なくなったって言ってたわよねえ」

「うん、花の絵、大いに結構。バンバン描いて柏木画伯の一角を荒らしてやろうと思ってるんだ」

「そ、そうと来たか、じゃあわたしもうかうかしておれないな。そこでどう、花の絵で勝負なんて如何でしょうかねえ」

「一体何の絵で勝負するのよ、今世の中百花繚乱、あなたその取材でお忙しいんじゃないかしら?」

「はいはい忙しいですよ、これから先もバラがこの公園、あっちの庭園、本当に笑いが止まらないわ。これを過ぎるとアジサイでしょう。ウフフフ、とここは置いといて、その過ぎる頃気になる花が新聞などで噂になるわ」

「分かった、ヒマワリでしょう。あれは元気が出て良いわよねえ」

「そうじゃないわよ、ヒマワリは早すぎんの。6月の半ばから7月にかけて咲くものよ」

「うーん、新聞にも載るのね、何だろう?」

「あなたもも少し花の勉強するのね、私に肩を並べたかったら。百合よ、それもヤマユリを描きたいと思わない?」

「ああ山百合。ええ、父に若いころ東松山近くの森林公園に連れて行ってもらって、あそこの山百合、描いたわよ。ボランテイアの人達のお陰で、山百合は絶滅しないで見事に咲いてるんだって」

「うーんわたしもそこに行こうかと思っていたのよ」

「はあ、でも他の場所ってどこか知ってる?」

「同じところは描きたくないでしょう?他の場所は調べてみないと分からないわ」

「別に同じ所だってわたしは少しも構わないわよ、全然」

「でも、あなたを誘うのよ、新鮮味が欲しいわね、大威張りで。それにどこかちょっとした旅館にでも泊まって話をしたいじゃない」

「成程。何時もは、大威張りどころか心から頭を下げ、平身低頭して出て来るんだけど、余りにも近いし新鮮味もない場所じゃ平身低頭したくらいでは、ちょっと肩身が狭すぎるって訳ね」

「でも、わたし、絶対山百合描きたいんだ。それにあなたとも話し合いたいし」

「じゃあ、良いんじゃないの、国営森林公園で。良い所だったら何回行っても誰も咎めはしないわ」

「うんまあ、それはそうだけど・・・も少し案を練り直してくるわ」

彼女は一体何を話し合いたいのだろう。別に話す事は取り分けて無いのかも知れない、でも話したい、毎日毎日絵と格闘しここまで来たけれど、ふと気が付けば愚痴の一つも吐き出す人もいない。うん寂しい、とっても寂しいに違いないのだ。彼女は犬も猫も買ってはいないし、勿論両親とも離れて暮らしている。

ま、彼女にとって私は妹みたいな存在かも知れないな。

 翌日多恵さんは昔描いた山百合の絵を引きずり出した。中々良く描けてると思う。白い花びらの上に散っている紅い点線を初めは遠慮がちに小さく描いていたが、遠慮を捨て去りこれを大きく大胆に描くことによって、花自身が生き生きとしてくるのが分かって来た。それに自信を得て山百合自身も大胆に描けるようになり、この絵で小さいながらも賞も得た。

花も良いものよねえ、どうして花にスポットライトを当てるのを止めちゃったのかしら?幾ら母が花好きであってもそれに嫉妬するなんて、本当にわたしってお馬鹿さん。そうよ、もう一度山百合に挑戦してみよう。あそこは広大な公園、山百合だって一か月もその場所を変えつつ、花を咲かせているんだもん、同じ花ではないのよ。もっともっと伸びやかに奔放なユリを描いてみたい。

うん、今度電話がかかって来たら武蔵丘陵公園で良いわ、近くには小さな湖や温泉まがいの施設もあるし山百合に描きあきた時はそのあたりの花や景色を描けば良いんじゃないと、言ってやろう。

「お母さん、何をにこにこしてるの、何かいいことあったんでしょう?」と学校から帰った真理ちゃんに言われた。

「ううん。なんにも良い事なんてなかったわ。それ処か自分が何で生きてんのか分からない人に五人も出会ったわ、まだ年は若いのに」

「年が若いから、自分が何故生きてるのかわからないのよ。分からないから悩んで悩んで苦しんでいるんじゃないの?」

「うんそうだね、悩んで悩んで苦しんでいるんだね。そうそれならば大丈夫、彼らもきっと何時か答えを出すわ。あ、お中空いた?シュークリームがあるわよ、さっき来たお客さんから頂いたの」

「本当?冷蔵庫に入ってるの?」

「ええ、まだ明けてないから箱に入ったままなの。私がシュークリームが好きなの知ってて持って来て下さったの、絵の進行具合が気になって見に来た人だけど、私の絵の具にまみれた姿見て、あわてて帰って行かれたので、自分のは口に入らず仕舞いでお気の毒」

「時に散らかってるのも良いかも知れないわね、お母さん。あ、これ凄く美味しいわ、お母さんも食べる?」

「そうね、ここの所塗ってから食べるわ。あなたは塾あるんでしょう、冷蔵庫にチャーハンとわかめと豆腐のスープが入ってれからレンジで温めて食べて行ってね」

「はーい、そうします。シュークリームは又冷蔵庫にしまっとくわ」

真理ちゃんは簡単な食事でお仲を満たすと、さっさと塾用のバックを片手に出て行った・

 次の週、あの青年の事が気になった。あの鳥山和希と言う青年の方だ。でも呼び出すとしても、杉山君で良いのだろうか、彼は彼で5人もの自殺者を押し付けられて、その尻拭いをさせられているのだ。

うーんと六色沼まで来て頭を抱え込む多恵さん。しようがないここは良介君を呼び出そう。彼と和希君は年もくっついているし、人の良さそうな所も似ているじゃないか、仲良くやっているだろう。

この間の木の茂みの所が幽霊さん達には好都合、という訳でそこまで行って呼び出すことにした。

「はい、良介です、珍しいですね、僕一人を呼び出すなんて」

「ええ、本当にあなた一人を呼び出すなんて、ほとんどなかったわね。でも、今は杉山君には5人もの若者の後始末に頑張ってもらっているし、誠君には天使としての仕事をお願いしてるの。だから和希君と年齢が近いあなたに、その後どうなってるかなあと聞くのには一番適してるんじゃないかと考えたのよ」

「はいはい、良くわかりました。先ずは呼び出してもらってありがとうございました、とてもうれしかったです。とりあえず杉山さんはこの所あの5人にかかり切りで、テニスも野球も何も出来ない状態です」

「あらあ、彼、野球も出来るようになったのね」

「ええ、蕎麦教室が許されるんだったら、野球教室だって良いんじゃないのかなあと、恐る恐るおじいさまに申し出た所、ああそれも面白いとすぐオーケイが出たんですよ。野球なら直ぐ出来ると大人気です」

「じゃあ彼は張り切っていたのね、ちょっと悪いことしたかな?」

「いえいえ大丈夫ですよ、僕達には時間だけはたっぷりありますから」

「まあそれはそうだけど、でも好きな事は特別よ、きっと今だってやりたいに違いないわ。所で誠君はあっちの世界に飛んで行ったまま、連絡はないのかしら?」

「ええ、はい、連絡は今の所ありません。和希さんポツンと寂しそうです」

「そうね、彼はスポーツは全然ダメなのかしら、卓球なんか出来るかもよ」

「ええ、そうですね、何か出来る事あったら聞いときましょう」

「彼はとても寂しいと思うのよ。あなたは彼と年代も近いんだから、きっといい友達になれるわ。彼の心の友になって欲しい」

「分かりました、僕も同じ年頃の友達が欲しいと思っていたんです、その申し出、喜んで引き受けましょう」

良介君はにっこり笑って、消えて行った。

その日の内に柏木さんからも電話があった。

「あ、柏木さん、わたしあれから昔描いた山百合の絵を引っ張りだして見てみたのよ。で、決心したの国営森林公園で良いんじゃないの、とね」

「は、ああ、そうよねえ何も近くに素晴らしい山百合の自生地があるのに、わざわざ遠い自生地を求めて行く事はないわよねえ。旅館に泊まりたければ、近くの小さな湖のある温泉地があるから、そこに泊まれば良いし、絵だって描けるわ。と言ってもわたしは行った事ないけどハハハ」

「知らない所に行くってどんな景色が待っているんだろうってドキドキするわ、楽しみよ」

「あなたのそういう所って好きよ、みんながそうだと良いけどさ。うん、調べておくわ、あなた忙しそうだから」

「ありがとう、頼りにしてるわ、綺麗な花、山百合だけじゃなく色々見つかると良いわね。私も花に興味が湧いてるの、今度のスケッチとても楽しみ」

 それから二日後のお昼過ぎ、六色沼を覗くと、何と誠君が良介君を引き連れて彼女に向かって手を振っている。彼女も手を振り返し慌ててマンションを後にした。

「彼女の呼び出しに随分時間取られたのねえ、彼女見つかったんでしょう?」

「はい見つかりました。癌で亡くなったので、随分容姿が変わってしまっていました。髪は全部抜け落ちていましたし、すっかり痩せこけていたんです」

「まあ、彼女生前の姿のままでいたのね、早くあの写真の時の様になれば良いのに」

「ええ、僕もそう言ったんですが、やり方が分らないと言ってまして」

「あら簡単に出来るんじゃないの?おばあちゃん達は何の苦労もなく、しかも自由自在に変えていたわ」

「こんな姿じゃ和希さんに会う訳に行かないとあの世からこっちの世界に来ようとしないんです。姿形はどう変わっても愛する心に変わりはないと幾ら説明しても理解しないんです」

「分かったわ、おばあちゃん達を呼んで彼女の切なる願い叶えさせてあげましょうか、そうでなければ何時までも、この問題は解決しないわねえ」

多恵さん、祖母達の行ってるらしい遊園地に霊を飛ばす。どうもキティランドにいるらしい。

「はい多恵ちゃん、お呼び、又どこかに出かけるの?」

「ねえお願いがあるの、癌で亡くなった人の婚約者が自殺したんだけど、その亡くなった婚約者が死ぬ間際の姿のままでいるの。その人におばあちゃん達が若返ったりする方を彼女に教えて欲しいんだけど、どうこの誠君とあの世に行って彼女にその方法を教えてくれない?」

「え、うちがその女の人に教えるの?うーん。方法は簡単よ、難しくも何もなかと。でも少し恥ずかしかねえ、うちの仲間も連れて行ってよかやろか?」

と言う訳で真田さんと小川さんも一緒にあの世に出かける事に。

翌日約束の10時に先ず誠君が現れ、その後から彼女らしき女性を連れて賑やかな長崎弁の祖母達三人組が現れた。

「えーと、この人が和希さんが会いたがってる小夏さんです。この方が亡くなった人もちゃんと見える画家をしてる河原崎多恵さんで、こちらの依子さんの孫にあたる人です。ハハ、そのおばあさまのお陰で髪の毛も体型も元通りですよ」

「なあんの苦労もいらんとよ、単になりたいと思えばよかと。それだけばい」

「はいありがとうございました。もう永遠に髪の毛も顔も体型もこのままだと思い込んでいましたので、もう誰にも会わないでいようと決めてました。和希さんが亡くなったのは知っていましたが、絶対にこんな姿で会えるものかと・・・でも会いたいとは心の底では思っていましたよ。昨日ですか、おばあさん達と言ってもとても若くって楽しそうで、そんな方々から説得されて髪の毛も体型も昔に帰りました。こんな肩ひじ張ってるから、髪も姿もそのまんまなんですね、身に沁みました」

「兎も角意地を張ってなくて良かったわ。そうね良介さんに和希さんを連れて来てもらいましょう。それから二人のこれからを考えましょうか」

多恵さんと誠君が二人して良介君に念を飛ばす。直ぐに良介君が和希君を連れて現れる。

「お待ちどうさま、彼女も本当は会いたいと思っていたんだけど、女性の本能がそれを阻止してたの。分かってあげて」

「はあ?何だか良く分かりませんが、兎も角会えて良かった、もう僕が嫌になってしまったんじゃないかと心配になっていたんだ」

「あなたを嫌になる事なんてある訳がないわ、ただ死んだ時のそのままの姿では恥ずかしかったの。でもこの婦人達のお陰でこうしてあなたと巡り合えて嬉しいわ」

手を取り合う二人だが、このままほっとく訳にもいかない。

「そこでこれからあなた方、これからどうするか、方針を立てないといけないのよ。手を握り合ったから分かったと思うけど、和希さんの手は凄く冷たいの。つまり和希さんはあの世には行けないのよ。行きたかったらうんと善行を重ねて認められなくちゃあだめなの」

「えー、まあ、死ぬ前にあんな酷い目にあったのに、死んだ後沢山善行をしなくちゃいけないなんて」

小夏さん泣き出した。

「でも、小夏さん、あなたは自由に行き来できるの、だから二人して善行に励むと良いわ。幽霊さん達に生け花を教えたり、花を・・そうね二人で花屋さんやれば良いわ」

「ででも、僕には資金もないし、この世界で知り合いなんて誰もいない」

「大丈夫よ、死後の世界ではお金なんて要らないの、あなたの思いと知性があればきっと素晴らしい花屋さんが出来るわ。詳しい話は良介君や石森さんに聞けば良いわ、親切に教えてくれると思うわよ」

「ええそうですよ、石森さんはお蕎麦が専門だけど、そう言ったお店を待つ事やどうしたら良いかを知ってると思います。もう死んじゃったんだからお金の心配も仕入れの心配も全然いりません。自分がやりたいようにやれば良いんです」良介さんが口を入れる。

「良く分かりませんが、兎も角花屋を目指して、その石森さんに聞いてこの小夏ちゃんと二人で頑張ります。ねえ、小夏ちゃんも一緒にやってくれるんだろう?」

「ええ、もしそれが許される事ならば喜んで」小夏さんが多恵さんを見る。

「勿論そう言う事は許されているのよ、何も心配する事はないわ」

「花屋さんて面白そう、うち達も手伝ってよかやろうか?」

長崎から来たお婆さん連も口を挟みだした。

「ええ勿論です、あのまま彼と永遠に会えないでいたかも知れなかった所を、助けていただいて本当に嬉しく思っているんです。一緒に仕事ができるなんて夢のよう」

「話は石森さんも交えて相談して決めてちょうだい。では後は誠君に良介君、宜しくね」

一行は彼女の前から消え去って行った。やれやれこれで一つは片付いたけど、もう一つの大荷物は残っているんだ。でも彼らは杉山君にまかせるしかない、今の私には手も足も出はしないのだから、と多恵さんは思う。ゆっくりと六色沼を見回して何の異常も起こっていないのを確かめると絵を描くために自分のマンションへと引き上げた。

 次の週の日に柏木さんから電話が。

「色々迷ってるんだ、これは名案だ、ここにしよう、なんてとこが見つからなくて」

「良いわよ、適当な場所で良いんじゃなくて。まあ近くに湖があって静かでさ、二人で語り合いながら絵が描ければ最高としなけりゃ、神様怒るかも知れない」

「まあ私が欲張り過ぎるのか・・・ちらりと見た地図に小さな湖と温泉が載ってたみたいだから、そこを探しているんだけれど、そこが全然見つからないの。不思議よねえ」

「そんな事も良くあるわ、縁がなっかったと諦めて次を探す。それしかない」

「諦めるのね。良かったあなたがそういう考えの人で、じゃあすぐ近くにある吉見の百穴の近くにある湖にするわ。へへへ、ここなら大した物もないけど、期待して大外れって事もないわ」

「うーん、まるで私の絵を言われたみたい」

「飛んでもないあなたの絵もついでに言わせてもらえれば私の絵も想像以上にすんばらしいわよ。そうね、ここもさあ、結構いい所かも知れないわよ。乞う、ご期待ってとこよ」

重荷が下りたせいか柏木さんの声は明るい。こりゃ吉見の百穴から抜け出られそうもない。

「そうと決まったらどこか良さそうなホテルか旅館探さなくちゃ」

ウキウキ声で電話は切れた。

となると、7月の初め頃の近くはあるが一泊のスケッチ旅行と言う事だが、杉山君に一言断っておかねばなるまい。あの5人を押し付けて、自分だけスケッチ旅行に出かけるなんてそれはあんまり卑怯と言うものだ。

覚悟は決めた。心静かに彼を呼び出そう。

もう六色沼は夏の暑さだ。日陰にはお年寄りがパラパラっと見かける程度で、この間のようなも少し若年層のような者を求めても無理にようだ。

公園の中頃、樹木が重なり合う辺りが幽霊さんたちのお気に召す所だ。ここいらで彼を呼び出すことにした。

「こんにちは、あのう、まだ彼らの第一目標は目標半ばと言う所でして、すみません。彼らは一応反省してることはしてるんですよ。でもはっきりけじめをつけようと言う意思の強固さは皆無ですからねえ。はあ、困ったものです」

杉山君の困惑し疲れた顔色。

「あの5人には困ったものよねえ。あと一月ちょっとあれば少しは目鼻がつくかしら?」

「そうですねえ、全くの悪人じゃないんですから、優しさや物分かりの良さも元々あります、そこを何とかつついて、自分の親や兄弟に合わせてみようかと考えているんですが」

「そう、頑張ってね。そしてそこの所に目鼻がついた頃、山百合を描きに武蔵丘陵森林公園に出掛けるから、一応報告しておくわ。連れは柏木さんなの、吉見の百穴の近くの湖にも行ってスケッチするから一泊する事になるわ」

「そうですか・・・うーん、頑張らないといけないんですね」

「少し誰かに手伝ってもらったらどうかしら?輝美ちゃんなんか女性3人ばっかりに」

「それは良いですね、、女性の声で優しく言われた方が利くかもしれませんねえ」

「指揮はあなたが取って、それに従って彼女らが動く、どうそうしてみたら」

「そうですね、少し目の前の霧も晴れてきました。これから帰ってみんなを集めてやってみます」

少し元気の出た杉山君、顔に笑みもこぼれ多恵さんの前から消えて行った。

 それまで晴天が続いたが5月の半ばを過ぎる頃から雨の日が多くなって、まるで梅雨に入ったような天気になった。

「お母さん、今日も雨よ、やになっちゃうわ」

「雨だったらあなた方、傘をさして運動場一周するの?」

「え、まさかよ。でもその代わり体育館の中を走り部室に戻って腹筋を何時もより多めにやるのよ」

「そうか・・傘さして走るのも見る方は楽しいのにねえ」

「ぬん、山岡先生なら思いつくかもねえ」

娘の真理と多恵さんとの学校に出掛ける前の本の短い会話だ。

「今度は日本昔話をやるんだって」

「ええ、そうなの。今度の回から一年の新人さんに台本作りに参加してもらわなければならないのだけど、初めは無理とかで今の所、何の力にもなっていないんだ」

そう言って真理さんは出掛けて行った。

多恵さんは滝の絵だけでなく梅の絵も欲しいとおっしゃって下さる方にも、勿論喜んで描いている。滝の絵と梅の絵、合わせると相当の数になる。自動車ならばえいやと皆積んで女の細腕(?)でも平気で運べるだろうが、今回は少し無理なようなので、絵の具の乾き具合を見て、大樹さんの力も借りて、輝美さんの両親が引き受けて下すってる絵の引き取り中継場所まで運ばねばならない。

そう思いつつ雨の降りしきる六色沼を横目に感じながら絵の制作に取り掛かる。

「はーい、多恵ちゃんあんまり元気なかとねえ。そう思ってさほらこんなに見事かバラの花束ば持って来てあげたばい」

祖母の声と共に例の3人組が現れた。

「あ、おばあちゃん、わたし今からお仕事なのよ。でもバラの花は嬉しいわ。そこいらに飾っておいてくれないかな?」

「今から仕事ねえ、仕方ん中ねえ、丁度よか時ってなかやろうかねえ、真田さん?」

三人は台所に消えた。

「あったよーこれに水ば入れてバラば生くっかねえ」

バラも器も幻だ。だが良くしたもので香りは本物とは行かなくても、微かと言えどちゃんとした匂いが漂って来る。

「あ、良い匂い。バラは幻であっても、その気品と香りは残っているのねえ」

「多恵ちゃんはこの間の水戸の梅ば描きよっと?」

「へえ、梅は良かねえ、日本人の心のごた、まるでうちみたいよ」

「何ば言よっとね、そいは小川さんには当てはまらんばい。うーん、どっちかと言うと真田さんかうちみたいなもんに言うて欲しかね」

「ねえ、用が済んだら悪いけど、この部屋から出て、リビングにでも行って好きなものでも食べたり、飲んでいて欲しいわ」

「あ、ごめん。何か美味しいもんでもある?」

「うん、冷蔵庫の中に昨日いただいたケーキが入ってるはずよ、結構有名な所のだから美味しいわよ」

「そりゃ美味しかやろ、ごちそうになろうかね」

そういうと3人組は出て行った。

バラは美しく香りも素晴らしいが、今は梅だ。あの水戸偕楽園に咲いていた凛とした梅の花を描かねばならないのだ。

暫くの間描いていたが、コーヒーでも飲もうと、筆を休めてリビングに行くと、まだ3人組はそこにたむろしていた。

「この間の和希さんと小夏さんの花屋は上手く行ってるのかしら?」

「あの二人ねえ、石森さんの知恵を借りてさあ、あっという間に立派なお店を手に入れてさあ、毎朝花市場に出掛けて、そりゃ見事な花を持って来るとよ」

「なんしろ店はもう出来てる店を、あ、ここの店が良かあと言って手に入れたし、花も一番良かもんを沢山仕入れる、いや、お金は要らないんだから、持って来るとよね」

「もう花好きの幽霊達で何時も満員」

「それはそれはめでたいわねえ、羨ましい限り。そのうちお花の教室もやるかもねえ」

「ああそうねえ、そう言えばそんげん事、言い寄らしたね、彼女やったらそれも直ぐ実現するかもねえ」

「へえ、彼女は中々のやり手だわ、なんであの世でめそめそしてたのか、全然分かりませーん」

「処であの時一緒にと言うか、少し前に相談に来た5人の幽霊さんがいたでしょう?あの人たちはどうしてる?」

「5人組の皆さんねえ・・あん人達この頃すこうしばっかり明るうなってきたとじゃなかろうか、とうちは思うとやけど、おうち達はどう思う?」

「へえさ、うちもそう思うよ。前は声ばかけてもなーんも返事せんやったけど、この頃は少しばっかし薄笑いばするようになったもんねえ」

「そうそう、このバラばあの二人の店からここに来る時にあの5人組に会った時さ、バラの花ばえらくキレかキレかと褒めてたもん」

「そうだったの、もしかしたら綺麗な花には心を癒す作用があるのかも知れないわねえ、生前には感じられなくても、死後の世界では強く感じられるのかも知れないわ」

窓の外に目をやった。まだ雨は降り注いでいる。こんな雨よりも明るく晴れた方が幾ら幽霊さんだって好いのかも知れない。

「ねえ、あの5人組に今日みたいに綺麗なバラを沢山、ビックリする程のバラを上げてみたらどうかしら。杉山さんに私がそう言ってたと、話してみてくれない」

「多恵ちゃんもあっちこっちの幽霊さんの悩みを解決しなくちゃならないから大変だあ」

「仕方がないわ、こんな特殊な人間、本当に少ししかいないから、幽霊になった人が聞きつけてやって来るのよ。特に自殺なんてした人にはどうしてこの世に留まらなきゃならないのか解らなくて、その訳や解決法を知りたくて、人によっては必至で、噂を聞いてここまでやって来るんだから、無下に追い返すわけにも行かないわ」

「そうね、分かった。杉山さんには伝えておくよ。じゃうち達はこれで消えるわ、後はゆっくり絵の制作に取り掛かってよかばい」

祖母達3人組は多恵さんの目の前から消えて行った。

それから一週間もしない内にベランダの下を覗き込んだ多恵さんの目の中に、六色沼の真ん中当たりで杉山君が大きく手を振ってるのが見えた。

「あの手の振りようからすると何か良い知らせかも知れないわねえ」と一人語ちて多恵さん飛び出す。外は曇っているが雨ではないようだ。

「はいお待たせ、何の御用かな?」

「すみません、急いで来たんですね、そんなに急がなくても大丈夫だったのに」

「あなたの手の振り方が大きくて何か良い事があったと言う、そんな感じを受け取ったものだから」

「へへへ、そう見えました。公園の真ん中で河原崎さんをこうして呼び出すなんて、滅多にない事ですからそりゃ嬉しくなりますよ。まあ特別良い事ではないですが、かと言って悪い話ではありません。俺にとっては勿論良い話ですよ、取り分けね」

「あなたにとって良い話って、幸恵さんに何か良い事があったのかなあ、どこかの展覧会で賞を取ったとか?」

「そ、そんな事は全然ありません。たとえあったとしても別に知らせるような事でもありませんし。それよか、あの5人組、バラ、効きましたよ。おばあさん達から聞きまして、小夏さんにも協力してもらい明るくて香りの良い特別に可愛いものをどっさり、みんなであの5人組がたむろしてる所に持って行ったんです。暫らくの間5人の声は上がりませんでしたが、そのうち女性の方から、なんて素晴らしい花なんでしょう、私達生きている時こんな感動を味わった事が全然ない、色も香りも心の奥に染み渡っていくみたい、と言う声が上がりました。すると男性達も、本当に花に感動するなんて事があるなんて思いもしなかった、一体こんなに沢山の素晴らしい花を一度に集められたのですか、と聞いたので、あんたたちと同じ時期に自殺した和希と言う男性とその前に癌で亡くなってあの世暮らしをしていた彼の婚約者が、商売に詳しい男に教わって、死ぬ前の夢だった花屋をやりだしたんだ。で、彼らと俺の仲間がみんなで手分けしてバラの花をかき集めたと言ってやったら、そしたら私達もこんな花を扱う仕事をしてみたい、と声がみんなから上がったんですよ。まだ何の役にも立たないだろうけど是非手伝わせてくれと頼まれまして、彼らと一緒に花屋をやることになりました」

「そう、そんなに効果があったの、良かったわ、働くというか美しい物に感動する感情を持てたなんて、これはあの5人にとって大きな曲がり角へ来たと言えるわ」

杉山君の顔も嬉しさにあふれ、明るさに彩られている。もしかしたらもう彼は幽霊の域を脱して、一歩

守護霊に近づいているのかも知れない。でもそう言うことは今は内緒、億尾にも出さないでおこう。

「もしかしたら暫くすると彼らの内に飽きるものが出てくるかもしれないわ、でもそういう時は無理強いしないで彼らの好きにさせなさいよ。無理は今の所まだ禁句だわ」

「はい、分かってますよ、何しろうつ病は俺様の専門ですからね。じゃあも少し話をしていたいけど河原崎さんにも嫌われたくないし、向こうの連中も待ってますからね、もう行きます。あ、旅行の時はちゃんと知らせてくださいよ、では、失礼します」

彼は多分これから野球をみんなで始めるのだろう。静かに消えて行った。

 6月を中旬を過ぎると晴れた日が多くなり、まるで真夏が来たように感じられる。その点、このマンションは窓を開け放せば風が吹き抜けて、絵を描くのに丁度適した温度と言えよう。

電話が鳴った。柏木さんだろうと思って受話器を取る。

「あ、もしもし島田ですが」

「はーい、お待ちかねの柏木でーす」

「そうだと思ったわ。スケッチ旅行の予定、決まったの?」

「はい勘の鋭い河原崎さん、旅行計画はばっちりですよ。まあさ、人数は二人だけだし、回る所は一日目は国営武蔵丘陵森林公園のみ、泊る所は東松山市のホテル。次に吉見に行って八丁湖の良い所を探して描くと言う、単純明快な旅だから、迷うこともない。まああなたがそれ以外にここは絶対に、描きたい、外せないと言う所があれば別問題だけど。何しろ河原崎さんは地元なんだから」

「その地元の人間が全然知らないのよ、頼るのはあなた一人なの」

「フフフ、じゃあ私のこの案に不満はないわね」

「意義ありません、画伯の計画通りに進めて下さい」

と言う訳で計画は実行される事に相成った。勿論杉山君に直ぐ報告され、それはいつもの連中に知らされた。

 7月はまだ上旬だったが良く晴れてお花見日和と言いたい程だったが、花は花でも桜でなくて山百合なのだ。

「良く晴れたわね、時期的に丁度梅雨の頃だからいくら晴れ女の異名を誇る河原崎さんでも、もしかしたら今度ばかりはダメかなあって思っていたのよ」

「この頃梅雨の時期がおかしいの、5月の半ばが梅雨みたいだったでしょう?」

「うーん、そう言えばそうだったかな?まそんな事はどうでも良いわ、晴れてるのに超すことはないわ。園内の地図をもらって、それにどこいらが見ごろか聞いておくのも忘れないようにしましょうね」

土日祭日とは違ってお客さんも少ないから、係の人も新設に教えてくれる。

「今はピークとは言えないけれだ、絵を描くんだったら丁度好い頃と言えるのかなあ。この南の所とこの中央のこの辺りが今一番綺麗です 。この北の周縁はあることはあるんですが遅咲きでして、も少ししてからじゃ無理だと思います。でも今話した所だけなく、結構行く先々で見かけますよ、請け負います、ハハハ」

「先ず午前中は南側を見て、それから描く事に当てましょうか?」

「そうしましょうか。でも小さなヒマワリの壇園や赤や黄色のケイトウの花の花壇もこれから先楽しみよねえ」

「子供を連れた家族向けにはそう言った花が人気あるのよ。山百合はそりゃ綺麗だけれど、時期的にも限られているし手を伸ばして遊べる花じゃないから」

「でも少しは描きたい気持ちはあるうんじゃない,ヒマワリやケイトウの花?」

多恵さん、柏木さんの顔を見る。

「そうねえ、今は山百合で胸が一杯だから・・でもさあ、多分描くわよ、ついでだもの。それにけして嫌いじゃないし」

多恵さんに付いて来た幽霊さん達は日がサンサンと当たるヒマワリ畑やケイトウの色鮮やかなパッチワークのような花壇をじっと見ている。日差しなんかへとも思わぬあの世からの出張組はさっさとヒマワリの花の中へ入り込んで、中でも二人の子供達は徳別嬉しそうな色を見せて戯れている。

「子供達はヒマワリの花が本当に好きだわねえ、自分達もまるで花の仲間みたい」

多恵さんのその言葉に柏木さんは驚いて多恵さんの顔を見る。

「今日は普通の日で殆ど子供の姿を見かけないので吃驚したわ。あなたの見えないお連れさんの中にきっと子供たちがいるのね」

「あ、ごめんなさい。今回は大人数で来ちゃった。あなたがもし彼らを見ることが出来たら吃驚するでしょうね。でも気にしないで彼らは彼らで楽しむでしょうから。ここは広いし遊ぶものも沢山あるわ、何しろ国営と名が付いているんですもの」

「うーむ、成程ね。私達もあやかって早く山百合を拝みに行きましょう」

多恵さん達幽霊さん等をほったらかし、南の方へ登って行く。

[天気が良すぎて暑くなるわ、水分の補給は気を付けないとね」

「ええ本当、一応水筒にはお茶を入れて来たし、紅茶もペットボトルで入れて来たわ」

「わたしも同じ感じ。わたしはお茶の代わりにウーロン茶だけど」

笑いながら二人は歩く。

「あ、ほら山百合よ咲いてる」

「本当、咲いてる咲いてる、あっちにもこっちにも」

「も少し歩いて、適当なとこで場所決めましょうか?」

「ええ、も少し歩いて迫力のある花を見つけたらそこで一描きしましょうかねえ」

丁度木々も茂っているのでそれ程の暑さは感じない。

「ボランティアの人達のお陰かしら、ユリの周りには本当に雑草さえ生えていないわ。ちょっとした雑草ぐらい生えていて、花でも付けてると思ったけど、まるっきり雑草の花を見る事がないわねえ」

「ボランテイアさんに感謝の気持ちを捧げなくちゃいけないわ、笹の葉は結構見えるけど普通の雑草類は皆無みたい」

「山百合は他の草から病気や虫、特に青虫が移りやすくて全滅する事も多いんですってよ」

「あ、あれ、あの花、花数も多いしつぼみも多いわ」

「そうね、ここいらが好いみたいね、あそこの花も花つきが良いわ、ここいらが先ず最初のスケッチポイントと言った所ね」

二人は自分達の一番お気に入りの場所を見つけてそこにスケッチ道具を広げる。

花の重みで傾いたユリだがその気品のある美しさは他の花の追随を許さない。

「うん高値の百合のそれよりも、紅匂うアザミに深き我が想いとは言うけれど、こうして向き合えば山百合に適うものなし、ね、山百合さん」と一人語ちてキャンバスに向かう。

そこを描き終わると一つ咲いているのも、2,3個花を付けてるものも気になるので、別の紙に描きつける。花数が少ないと言っても、山百合は豪華そのものだ。鼻歌交じりで描いて行く。それに背景の赤松の樹林も捨てがたい、これも手を抜かず描いておこう。

「あーら、随分描いたのねえ。うんうんこういう小さいのが後から欲しくなるのよねえ、それに百合を守るようにでんと控える赤松も重要と見たな」

「そう言う柏木さんだってちゃんと描いていたでしょう。さっきちらりと見たけど、キチンと描いて

あったわよ。それに赤松が生えていなかったらここは何の起伏もない面白みのない所になってしまうわ。赤松があって山百合がある。日差しは守ってくれるし風よけにもなるわ」

「そうね、特にあなたのように風景画家にすれば赤松は重要よね、わたしみたいな何がなんでも花が重要と言う人間には後ろのバックはさほど気にしない、空気じゃ描けないからあって助かったという気持ち、でもあなたが言う通り赤松と山百合、特に山百合はこの木の恩恵を受けて咲いているのよね、もっと感謝を込めて描かなくちゃいけないわわ。」

そこはもう十分とみて、次のスケッチポイントに移動する事に決めた。

「あ、ここが好いわ、花、数は少ないけど全体的にまとまってるし、、道が小道になって描きやすいわ」

「なるほどね、風景画家さんの好むところだわ。うーん、わたしはも少し花つきの好いのを探すわ。もうちょっと先に進んで行くわね」

ここで二人は別れてスケッチする事にする。

「やっと彼女と離れてスケッチですか?」

杉山君が現れた。

「同じ花を描くにも彼女はあくまでも花が主人公なの、わたしは確かに山百合が主人公なのは変わらないけれど、あくまでも景色の中の一つだから。彼女はポートレート、わたしは風景写真と言う所かしら」

「成程ねここいらの花はポートレート向きじゃないのか?まあそうかも知れないねえ、花が少し小振りで

花数も少ない感じだ」

彼の背後に気配を感じる。

「誰か来てるの?」

「ええ、まあ。花屋の小夏ちゃんが自分も山百合見たいと言って付いて来たんです」

「まあそうだったの、もっと早く言えばいいのに。さっきの場所の所が豪華に咲いて良かったのに」

小夏ちゃんが恥ずかしそうに姿を現した。

「こ、こんにちわ、絵を描くのにお邪魔にはならないでしょうか、それが心配で出てくるのを躊躇してたんです」

蚊の鳴くような小さな声で彼女はしゃべる

「大丈夫よ、あなたの一人や二人傍にいたって全然平気。あ、あなた、もしかして絵もやるの?癌になる前に色々やってたとか和希さんが話してたけど」

「一応お花を生けるのに必要なものですから、生けた花なんかは描いてはいましたけど、こういった自然に生えて花が咲いてるのは、そうですね、小学校の時以来ですね」

「でも書きたいと思っていたでしょう?」

「ええ、思っていましたが、全然チャンスがなくて死んでしまいました」

「分かったわ、じゃあ一緒に描きましょう。ほらスケッチブックも鉛筆もあなたが欲しいものはここにあるもの全部使っていいのよ。それでここに場所を決めて描いても良いし、あなたは花の傍に行っても誰も咎めないから、うんと傍によって描いても良いわ」

「は、はい初めは先生と一緒に並んで描きます。そ、それに描き方分からないから先生の真似して描いても良いですか?」

「良いわよ、でも花に対する気持ちはあなたの物なの。それを忘れちゃいけないわ」

「気持ちは私だけのもの?あ、何となく分かります、それを忘れないで先生の絵を参考に描いて行けば好いんですね」

「ま、そういうこと。では始める事にしましょうか」

多恵さんはスケッチブックにむかう。

少し描いてから小夏さんが描いたスケッチブックを覗き込む。

「うん、ま、中々ね。あなたがいる所から見える景色とわたしのいる所から見える景色は少し違っているの。だから絵の描き方は似ていても良いけど、景色そのものは違っているはず。そこの所をよーく考えて描きなさい」

「は、はい、そこが中々難しいんです」

「ま最初はそんなもんよ、だれもが初めからうまくさらさらと描けるようには行かないわ」

シックハックしながらも小夏さんは格闘している。でも元々絵の素養はあるらしく中々のもんだ。

「うん、十分に素質はあるわ、その調子で頑張って行けば直ぐに上達する、わたし、保証する」

他の幽霊さん達も集まって来た。

「あ、小夏ちゃん、絵を習っているのね」

「中々初めにしては上手いものねえ、隠れた才能を見つけ出したんだ」

「生け花なんかで小夏ちゃん絵を描いて教えているけど、それとはまた違っているからこれは別口と考えなくちゃあね」

「子供達にも絵を描かせてみたいけど、まずはもっと近くて簡単なものを描かせなくちゃいけないわ」

そうこうしている内に多恵さんは2枚の絵を描き上げた。

「わたし、友達の事が気になるから、少し様子を伺って来るわ。みんなは小夏さんの傍にいてやって」

道具をかき集めると多恵さん、柏木さんが行った方へと立ち上がる。

暫く行くと山百合と格闘中の彼女を見つけた。

「花の名手としては少し遅いんじゃないの?」と多恵さん声をかける。

「ああ、河原崎さん。うーんほらここの百合、沢山咲いてて凄いでしょう、だれもがそう思うのよ」

「先約がいたのね」

「ええ、アベックとか写真の愛好家とか、3,4人はいたの」

「成程。確かにここの百合は見事ねえ、これは待つ甲斐があるわ、わたしもお相伴して良いかしら?」

「良いわよ、沢山の人に見られ愛されてこそ咲いた甲斐があったと言うものよ」

多恵さんも並んで描き始める。

「そろそろお昼の時間ねえ、ここのレストランで食べるでしょう?」

柏木さんが聞く。

「ええ、まあそう言う事になりそうね。それともあなたが魔法を使って出してくれるとか?」

「そんな事が出来るなら苦労はしないわね、どんなに不味くてもここのレストランで食べるか、持ってきたパンやお菓子、お茶で我慢するしかないわ」

「ここのレストラン、そんなに不味いの?」

「いいや、食べたことないもん。ま、カレーぐらいだったらあまりそんなにうまい、不味いなんて差はないんじゃないの」

「まあそんなとこねえ。それにここは国営なのよ、そんなに不味いもの出さないんじゃないの」

「甘い、甘い。それは考えが甘すぎるぞ。昔東北の観光地で国営の旅館に泊まったけど、出て来た料理のまずかった事と言ったら、そりゃ酷い物だったわ。それ以来国営、国立と言う名の被さったレストラン、ホテルなんてこれぽっちも期待していないんだ」

その時の印象が相当悪かったみたいで、柏木さん山百合の絵を描きながらその時の料理の話をぶちまける。

「でさ、ふと目を別の所にやると、なんと我々が食べてるものよりは数段好いもの食べてる人たちがいるじゃないの。それはないよーと文句言おうと思ったけど、多分お金を出してありついた夕食かと文句言うのをひっこめたんだけど、やはり文句を言うときはちゃんと言わなきゃダメなのよねえ」

「まあそういうもんよねえ。きっとお金を出したから料理は違っていたんでしょうが何となくすっきりしないわね」

柏木さんの豪華なユリが描き終わる。

多恵さんも急いで自分の絵を終わらせるために鉛筆をはしらせる。

「良いわよ焦らなくっても。山百合の美しさをじっくりと受け止めてあげて頂だい。あなたも今まで誰か幽霊さんに捕まっていたんでしょうから」

「まあね、彼女は幽霊じゃなくて、幽霊になった元婚約者のためにあの世から彼があの世に行けるように花屋を一緒にやり始めたの。その彼女が山百合を描きたいと言ってたから少し教えてやったわ。元々生け花やフラワーアレンジメントで花の絵を描いていたから、周りの景色や花の配置、割合を差し引けば彼女の絵は立派なもんよ」

そうこうしている内に多恵さんのスケッチも出来上がった。

「さあて、柏木さんご推奨の国営のレストランに参りましょうか」

二人は立ち上がり荷物をしょい、元来た道を引き返す。

一時はとっくに過ぎてもう半も超えようとする頃中央に位置するレストランにたどり着いた。

「じゃあ無難な所でカレーライスを頼もうかな」

「わたしもそれにするわ」

二人並んでカレーを食す。まあ十分歩いておなかも空いてる二人にはそれはとても美味しく感じられた。

「わたしはとても美味しくいただいたわ」

「うんまあまあね、こんな山の中で頂くですもんねえ、あの新鮮な海の幸が目の前にでんと控えるホテルとは違うわ。何しろ刺身一つ出ないんだもん。ああ今考えただけでも腹が立つわ」

「じゃあ午後は北の方角を目指して歩いて行くのね」

柏木さんの話を逸らすべくこれからのプランを一言。

多恵さん日曜祭日は家族連れで一杯になるであろうこのレストランの今は広くあいた席を占領した幽霊御一行様をじっと眺める。客と言っても我々だけだ。せめて何か飲み物を、特に子供が好きな物を頼んであげなきゃ悪いだろう。

「わたしアイスクリームソーダーを頼んでくるわ」

「え?またまた子供っぽいものを!あ、そうかこれは幽霊のお子様用なんだ。じゃあ、わたしも・・まさかお子様ランチを頼むわけにいかないわね、じゃあアイスクリームにしようかな、そしたらその保護者御一行も食べられるわ」

柏木さんの耳には届かなかったが、その御一行様から割れるような拍手が起こった。多恵さんくすりと笑う。

「なになに、何かおかしい事あったの?」

「いえいえ、あなたのアイスクリームに対して盛大な拍手が起こったのよ。それで笑ったの」

「ふうん、成程ね」

よって柏木さんと幽霊御一行はアイスを食べ、多恵さんとお子様二人はクリームソーダを食した。

「わたし折角来たんだから、ヒマワリ畑と言うか、小型のヒマワリを描いて行こうかな」

「ええ、夏はヒマワリよ、描きましょうよ。それに小型ケイトウの畑もあるし・・・ケイトウは赤だけでなく黄色やオレンジもあって綺麗みたい」

「うん、今は植えたばっかりで、少し見ごろになるのにはもう2,3週欲しかったわ」

「でもわざわざ植えてあるのよ、描いて行きましょうよ」

「ではそうしましょうか、ヒマワリとケイトウ。二つともこれからの花なのよねえ」

確かに二つとも若く少し絵にするのをはばかられるもんだろう、只肩の力を抜くのには十分その役目を果たしてくれる。

ここからは北への道が上の方へ向かって延びているようだ。少し行くとここにも山百合が咲いている。

「あ、咲いてる。ここのも綺麗よ」

「本当ね、何だか新鮮味を感じるわ。ここで描く?」

「ええ描きましょう、先客が来ない内にね」

「この花どうしても写真に撮りたいと言う人がいたら、その時はどうぞ写真は構いません、と許してあげましょう」

「そうしましょうそうしましょう、私達心優しい画家なんです」

小夏さんもならんだ。

「あ、一応柏木さん紹介するわ、姿は全然見えないけど、ここに小夏さんと言う人がいるの。ねえ、小夏さん、ここにいる柏木さんは花を描かせたら名手の中でもトップを争う名手なの。だからよーく見て彼女の手法を盗みなさい。わたしとは又描き方が違っているの」

「は、はい。わたし、頑張って少しでも、か、柏木先生に近づけるように努力いたします」

「ここに彼女いるの、全く影も形もない人を認識するのは難しいわ」

「そうね、どうすればここにいると認識させられるかあなたのために考えなきゃねえ。まあそれはそれとして今は分からないままに挨拶だけしたら、私たちの目標であるスケッチを始めましょう」

この世の住人と、本来はあの世の住人の挨拶が取り行われスケッチが始まった。

柏木さんと多恵さんの1枚目が描き終わり2枚目に映る。

多恵さんは今度は周りの景色を入れてのスケッチになり、柏木さんは百合の花の大きさは変わらないが角度を変えてのスケッチだ。

「わたしねえ、景色を得意とするものはヒマワリ畑よりケイトウの詰め合わせの方が、幾らまだ時期的には早いと言っても絵には凄く描きやすいわ」

「うんなるほど。わたしとしてはヒマワリ畑を描くんじゃなくて、花そのものを描くんだから、未熟なケイトウを描くより一応一人前の顔した花の方が好いわ」

「花そのものを描くとなるとそうかも知れないわねえ」

「ここのスケッチが終わったら行ってみましょう」

「ええ、彼女のスケッチが終わり次第だなあ」

「わ、わたし頑張ります」

「良いのよ、私たちが先に行ってもさ、描いていれば好いんだから」

「彼女焦ってるの?初めなんだからゆっくりゆっくりよ、焦るとろくなことないわ。一人で居残っても自分の絵を描き上げなきゃね」

暫くしてから多恵さんと柏木さんの絵を描きあがった。

「そうね、小夏さんの絵も大体描きあがる寸前ね。私達はこの先にあるヒマワリやケイトウの花壇の所にいるわ。あなたはもう少しここで百合の絵を完成させたら来てね」

小夏さんを残して二人は花壇のある方へ向かった。

ヒマワリ畑もケイトウパッチワーク花壇も勿論だが周りには木などなくて午後の日差しがカンカン射して幽霊さん達にはちと辛い場所になっている。だがそれを取り巻くところは今までと変わらず木々が茂る森林公園だ。柏木さんは花を描く画家として日の当たる中へいそいそと(?)腰を据え一番元気そうで大きな花が咲いてるやつと格闘する事に決めたようだ。多恵さんは1,2歩引いて、いやもっと引いて木の茂った葉っぱの下でヒマワリ畑を描く事に決めた。

「柏木先生,暑くはないんでしょうか?」

百合を描き終えたらしい小夏さんがやって来る。

「そうね、暑い事は暑いのよ。でも彼女は地面に生えてる花を描いてる者として暑いとは言ってられないのよ。日焼け止めは一応塗っているでしょうが、少々の色黒もシミやしわが多くなるのも職業病と思って諦めてるのよ」

「はあ、そうですか」彼女、多恵さんを見つめる。

「わ、わたしは風景画家だから必要以外に暑い所や日の射す所は避けてるわねえ。勿論室内で描いてる人よりかは、環境に強いかな」

「成程、じゃあわたしも風景画家を目指してここからヒマワリ畑を描かせてもらいましょうか?」

「あなたは幽霊さんじゃないから、少々日差しがあっても大丈夫なんじゃないの?」

「ええ、それはそうなんですけど、ヒマワリ畑なんて花屋じゃ売っていないですから」

「ま、それはそうね。じゃあ風景画家として、このヒマワリ畑を心行くまで描いて下さいな」

ヒマワリ畑が終われば今度はケイトウ畑だ。まだまだ花の大きさも色の鮮やかさも足りないが、これはこれで何かの絵の一部として使えるかもしれない。多恵さん柏木さんを見る。

「あなたはここよりも他の山百合を探して描いてた方が好いんじゃないの?」

「ううん、せっかくここに芽を出してつぼみを付け大きくなったんだもの、ちゃんと花の画家として向き合い描かせてもらいます」

「枯れた花や虫食いの花にも滅びゆく美しさがあると言ってた柏木画伯、その反対も又言える、と言う訳ね。その通りだわね、じゃあ描きましょう、わたし達の若すぎるケイトウを」

二人してケイトウを書く。ここは柏木さんも多恵さんと並んで描く事にしたらしい。

「こんな遠くから好いの?」と一応聞いてみる。

「大丈夫よ背景に使うつもりだから心配無用よ」

「成程、まだこの若い花を生かす方法は見つかっていない、柏木さんの絵の歴史の中では」

笑いながらここは素早く描き終わり次への北の方角を目差して歩き出す。

「北の公園にはまだ咲いていないようだと係の人は言ってたわよね」

「そうね、山百合にも早咲き遅咲きって種類があるのね。それだから花を見る期間が長く続いて、画家も少しぐらい描くのがずれていても大丈夫と言う事になるのね」

「そうね。山百合って中々のやり手だわ」

「でも、世話が焼けるとか聞いたわ、ここもボランティアさんが随分入って病気や虫に食べられないように気を配ってるって聞いたわ」

「美しいものを美しく維持するのって何でも大変なのよ」

二人は公園の北部を歩いて行く。ここには本当にまだ咲いていないのだろうか?

「うーん,咲いてない事もないけど,つぼみがまだ小さくてモデルさんになるのは速すぎるわ」

「でもここは木が沢山あって涼しいわ。それに風景画家としてはここはちょっとばかりスケッチしたくなるわね」

「そうね少しスケッチしていくか。わたしだって時には風景にほだされて描きたくなる事もあるわ」

「それに明日は山百合は皆無だし、あって水連か蓮の花ぐらい。あとは道端のキンセンカやマリーゴールドぐらいだから、ここでちょっと風景画家にチェンジしてみたら?」

そこで二人は場所を決めて森に囲まれた静かな公園の姿を描き始める。しかし多恵さんには静かな時間はほんの少しの間だけだった。

「あーら、多恵ちゃんここで描いてたと」

「ここもなかなかの景色やかね」

「うちは山百合も好きばってん、こんげんいかにも森の小道と言うような風景も好き」

「3人だけなの、ほかのみんなは?」

「ああ、みんなバラバラ。子供連れは遊園地になってるとこにいるし、他の連中は花畑の花や百合をつんで、自分を飾ったりしてるし、男性達は木に登ったり、木から木へ飛んでみたり、まあ猿真似みたいな事して喜んでいるよ」

「ふーん、まあ猿のように出来るのも死んでいるからよねえ」

野次馬のにぎやかさに負けず多恵さん只管にスケッチする。

「ここからのこの景色よかよか、うちも大好きばい、よーこんげんとこ描こうって考え付いたねえ」

「へえさ、景色の見ゆっとこやったら、ここの景色はよか景色やっけん、一つ描いてやろうと思うもんやろけど、こんげん木ばっかりのとこさ、一つ描いてみようなんてさ,描く気になったよねえ」

「でも絵にすればこんな風景の絵の方がずうっとよかと思う人がよけいいたりして。うちもこの風景が好きばい」

「うちもこんげん風景が好き、まして多恵ちゃんが一生懸命に描いてるとこ見てるから,余計好きばい」

「この緑の濃かとこがいかにも涼しげでよかあ」

「うちはこの間を通っている小道が何とも言えず好きやもんね」

他の人には全く聞こえないが多恵さんの耳にはごちゃごちゃうるさく聞こえる。

「ねえも少し静かにしてくれない静かな静かな森の小道を描いてるのに、これじゃおしゃべりな小道になっちゃうわ」

堪り兼ねた多恵さんおばあさん連中に口を出す。

「あ、ごめん、うち達少ししゃべりすぎたかな。じゃ、うち達向こうに行くけんで」

やっと、おばあ様方が遠のく。その後に小夏さんが現れる。

「あのう、お邪魔じゃなかったでしょうか?」

「あら小夏さん、、大丈夫よ。彼女らが絵の事で横からあれこれ言ってとても煩かったので、文句を言ったら自分達が絵の邪魔をしてると分かったらしく向こうの方へ消えて行ったの」

「そうでしたか。あの3方は本当はとても先生を尊敬していらしゃるのですよ,何時も先生の話になると夢中になって話していらっしゃいます。ただ話の内容は難しくて分かりませんが」

「成程、長崎弁は時間をかけて習得して頂だい。あの3人に標準語を喋ってくれと頼む方が無理なんだから、ハハハ」

「いえいえ、あのかた達の話を聞いてると、内容は3分のⅠくらいしか分かりませんが、何だか楽しい気持ちになります。だからその内聞き取れるようになるのを楽しみにしています。和希さんもそう言ってます」

「ありがとう、和希さんもそう言ってくれるなんてとっても嬉しいわ。ところであなたもここ描きたい?ここには小さな白や黄色の雑草の花しかないけど、そこが好きなのよ」

「ええ、とても良く分かります。わたしが病院でベッドで横たわっていた時、こんな風景の中を歩いて行きたいなあと考えていました」

「じゃあ一緒に描きましょう。先ずは構図を決めて‥大きな木があるでしょう?あれをどこへ持って行くか、先ずはそれによって道の配置も決まるわ。そしたら他の小ぶりの木の位置も決まる。そしたら小道を縁取る草を描けるわね」

「はいとても楽しいです。絵の中ではどんな大木も絵を描く者の手中の中にあるんですもの」

二人は寄り添うようにして描いて行く。

「あら素敵。矢張りあなたは風景画家なのね、完全にこう言った景色はわたしの負け。同じ景色を描いてるんだけどあなたの絵には見るものをその中に引きずり込む力があるわ」

傍に柏木さんが立っている。

「あーら柏木さんもう描き終わったのね、わたし、いろいろ手間取っちゃって、少し時間かかちゃった」

「良いの、良いの。あなたの傍には小夏さんがいるんでしょう」

「ええまあ今はそうなんだけど、その前には祖母達がいて、そりゃ賑やかだったの。でももう直ぐわたしの方は終わるわ。うーん、小夏さんはまだだな」

「わたしは構いませんから、どうぞお好きな所へ二人で行って下さい」

「うん、そうするか。あなたは仲間がいることだし、私達も少し先まで行ってここの公園を終了させなくちゃいけないんだ。生きてる者は時間に縛られているからね」

こうしてここを描き終えた二人は小夏ちゃんを残し、あと少し残った森林公園を再び目指して歩き出した。

結局それ以上描く者もなく二人は又電車に乗り、今日の宿泊先の東松山へ戻って来た。

「今日のホテルは一応温泉もあるし、結構人気のあるホテルらしいよ。でも田舎のホテルだからそうは期待していないんだけどさ」

「うん。決して期待はしてないんだけど、まあ居心地が良ければ満点の評価を上げても良いわ」

「そうね、廊下をさ子供がバタバタ走ったり、酔払った男が大きな声で怒鳴ったりするのが聞こえるのは勘弁してほしいね」

ホテルの前に着く。中々の構えだ。田舎のホテルと先程まで馬鹿にしていた柏木さんも少し驚いた。

「見かけはまあまあよねえ」

「ええ、中身が大切よ」

部屋に通された。部屋も割と広い。

「も、もしかしたら、ここ当たりーかも知れない」

「そ、そうね当たりかも知れないわ。係の人が言ってたけどそんなに大きくはないらしいけど、一応温泉の浴場があるって、入りに行く?」

「うん、行こ行こ。散々歩いたからゆっくり浸かって疲れを取らなくちゃあね」

確かにそれ程大きな浴場とは言えないが二人しかいないから十分過ぎる広さを感じる。

「ああ気持ちがいい、寿命が10年は伸びる」

「うん、柏木さんなら130歳まで生きれるわ」

「夕食はホテルの洋食を頼んだわ、良い?」

「ええ、良いわよ。疲れているからもうどこにも出たくないもの」

互いの背中を洗いあってもう一度湯舟に浸かり大浴場なるものを後にした。

食堂に入ると結構お客さんがいる。みんな彼女らより早く着いたのか、お風呂は、あの大浴場は後にするのか二人には見当もつかない。

ホテルのディナーはどれも良く調理されていて美味しいものだった。

「ここのホテルが人気なのはよーくわかったわ。田舎田舎と馬鹿にしちゃいけないとこれでよおく分かったわ」

柏木さん反省しきりだ。

部屋に戻ると疲れは残っていたが、品評会は欠かせない。しかし余程疲れていたのか何時もより手短に済ませ床に着いた

翌日も良く晴れていて梅雨の気配もない。

「今日もいい天気よ、雨の心配は全然いらないはねえ。わたし、今まで吉見の百穴て聞いた事あるけど今まで見たことないのよ」

「あらわたしも全くないわ。写真は見たことあるけど」

「大昔のお墓だったんでしょう?ちょっと気持ち悪い感じしない?」

「人骨はどうなったのかしら?それで人の住居だったという説もあったらしいわ」

「そうね、人骨のないお墓なんて変よねえ」

「だけど今日わたし達が描きたいのは百穴ではなくて、八丁湖と言う所なんでしょう?」

「うんまあそうなんだけど、湖と言っても元々は田畑のための溜池みたいなもんで、その中でも一番大きいのを整備して作り直したものらしいわ。だから他にも似たような池みたいな、沼みたいな所が点在するらしいわ。この先のその吉見の百穴の直ぐ傍にも、大沼と言われたり百穴湖と言われたりする所があるらしいわ」

「じゃあそこも見て行きましょう、何か面白いものが見つかるかもね」

あまり風景に興味のない柏木さんを奮い立たせようと多恵さん必至。

ホテルの朝食をしっかり平らげて先ずはその大沼へ向かう。多恵さんの目には今日もしっかり幽霊軍団がが映っている。

「昨日は随分早くお休みだったようですね」

杉山君が傍にやってきてしゃべりかける。

「ええ、昨日は沢山丘みたいな所を歩き回ったから、幽霊さん達なんかと違って疲れちゃったのよ」

「え、だれと?ああ幽霊さん達と話してるのね。あなたは良いわよね、こうやって何時も話し相手がいるんだものね。少し羨ましいかな」

「あのう、俺達宜しかったら毎晩、いや夜は忙しいから、朝でもお昼でもお伺いしてお話させていただいても良いですが」

「あのねえ柏木さん、彼が言うには朝でも昼でもあなたの所に来て話をしても良いと言ってるけど、でも話は一方通行でしょうがねえ」

「ええっ、幾ら来てもいいと言ったって、顔も声も分からない人で、しかも話している事はこっちは全然分からないんでしょう。この案却下するわ」

大沼に着く。

「まあ大きな池と言った方がいいかな?」

「そうね、でもほらちゃんと花が植えられているわ、昨日話した通りにマリーゴールドね、黄色にオレンジ、赤までそろっているわ」

「じゃあ、あなたはここいらを描いて。わたしはもう少し見て回って、一番いい所を描くから」

「景色の好い所よね」と柏木さん多恵さんのy言葉を言い直す。

「はーい、おしゃる通り。も少し視点を変えて、わたしの絵になりやすい所を探すわ」

そんなにも広くないところだから場所は直ぐ見つかった。ここなら彼女が描いてる花壇の風景の様子も沼の向こうの山の情景も淡い水色の沼の風景に良くマッチしている。

「私も描かせてください」小夏さんが座り込む。

「じゃあ俺たちは百穴の見物にみんなで行ってるから」杉山君がみんなを引き連れ、ちょっと離れた有名な吉見の百穴へと移動する。

小夏さん昨日よりは鉛筆の使い方がうまくなってる。

「たった一晩で鉛筆の使い方がうまくなってるのは珍しいわよ。この調子で練習すれば素晴らしく上手になるわ。楽しみ楽しみ」

朝の光を受けて沼が光る。

「こういう情景も描けたら素晴らしいでしょうね」

「そうね、どうやったら描けるか努力して御覧なさい」

「む、難しそうですが頑張ります」

「白い色は鉛筆では書けないから周りの色で浮き立たせるの」

「あ、成程ねえ。でも頭では理解しても自分の体は理解してくれないんです」

「それはそうね、頭の方が一歩先に進んでいるのよ,大抵はね」

そう言いながら二人の絵は進んで行く。昨日より描くスピードも上がっているようだ。

「鉛筆の扱い方が大分慣れてきたのね、描くスピードもついて来たみたいだわ」

「ありがとうございます。昨日まで鉛筆の描き方を忘れてました。あれこれ描いてる内に何とか思い出しまして晴れて今日の日に先生からお褒めの言葉を頂けるようになれて嬉しいです」

暫くすると柏木さんもやって来た。

「あ、成程ねえ、ここから見る方が山の角度も沼の曲がり方、おまけにわたしが今まで描いていた花壇も良く見えるのね」

「まあそんな所よ。でもあなたは花がメインだから、向かいあって描いた方がずーと当たりよ。で、ここにもう一人描いてるお嬢さんがいるの、小夏さん」

「ああそうだったの。そうじゃないかと思っていたんだ。先ずは朝のご挨拶からね、おはようございます小夏さん、今日も宜しくお願いします」

「おはようございます柏木先生、こちらこそ宜しくお願いします」

多恵さんが小夏さんの言葉を伝えて朝のセレモニーは静かに終わった。

「これからメインとなる八丁湖に向かうんだけど、ま、途中に百穴を通るからちょっと覗いて行かない?あなたにもわたしにも全然関係ないけどさ」

「ええ、良いわよ。傍を通ったのに見てもいかないなんて、なんて人だろうと思われるわ」

「そうよねえ傍を通っていながら目も向けないなんて人にあるまじき行為だわねえ。行きましょう、行きましょう吉見の百穴」

「わたしも聞いた事はあるんですが、行ったことありません。ご一緒して宜しいですか?」

「勿論よ。もう他の人達は行ってるはずよ。ああ、柏木さん、小夏さんもご一緒したいが良いかと聞いたから好いわよと答えたの」

「ええ、勿論良いわよ、良いに決まってるじゃないの。小夏さんて遠慮深いのね、そんなんじゃいい商売人にはなれないわよ」

「す、すみません、わ、わたし生きてる時にも良く言われたんです、そんな風では商売はできないって」恥ずかしそうに下を向く小夏さん。

「小夏さん生きてる時にも言われたって、下を向いちゃったわ」

「あら御免なさい、只さあ、もう姿も声もあってないようなものだからさあ、もっと遠慮しないで自分の好きにすれば好いのよ。前を見て正々堂々とね」

「は、はい。これからもっと前を見ても少し胸を張って歩いて行きたいと思います」

「本人反省してます。これからもっと前向きに歩いて行くと言ってますが、これからどうなる事やらわたしも楽しみにしてるわ」

多恵さんは恋人である和希さんが自殺に追い込まれたのに、自分が病死した時の情けない姿を見られたくないと姿を現さなかった小夏さんの心を知ってる者として、本当に彼女が前向きに正々堂々と歩いてくれる事を心より願っていたのだ。

小夏さんのスケッチも描き終えたようだ。

「では次の百穴へ向かいましょうか」

多恵さんの合図で柏木さんも立ち上がる。

「ふーん、ここが百穴かあ」

「少しスケッチして行く?白い名前は知らないけど花も咲いてるし」

多恵さん柏木さんの心を察して声をかける。

「うんそうするか」

柏木さん少し嬉し気にその花の傍まで行ってスケッチを始める。多恵さんも彼女よりもかなり遠ざかって百穴の全体像を捉える。

ここは簡単に終わった。

近場とっても八尺湖まではかなりある。それに時計は12時を過ぎているから一先ずお昼にしよう。

近くにお蕎麦屋さんがあるのでそこに入ることにした。

「わたしは蕎麦を頂く事にするわ」

「あ、わたしも盛蕎麦、それに冷ややっこ」

「ずるい、わたしも同じものもらうわ」

お店のおかみさんが笑っている。

「姉ちゃん達えらい恰好だな、一体何しに来たんだい?」

「昨日森林公園に行って山百合などを描き、ついでに今日はこちらの方も描こうと来たんですけど。これから八丁湖に行って描こうと思ってるんです。うーんそこに未だ行ったことなくて、遠いんですか?」

「車なら本の少しだが」

「歩いて行くんですが・・」

「歩いて?そりゃ随分かかるよ。そうだな、良かったら食事の後で俺が車で送ってやるよ、まあ農作業用の車だけどさ」

「えっ本当ですか、嬉しい」

「ありがとうございます。最初からバスに乗って八丁湖目指せば良かったんですが、ついあれも描きたいこれも描きたいと欲を出してしまいまして」

「道具から見て只の趣味の絵描きさんじゃないねえ、仕事かい?」

「はい、絵描きをしています。売れない貧乏絵描きです」

「ハハハ、まあそこそこの絵描きと見たねえ、俺の目に狂いはない」

その男性の言葉に下を向く二人。蕎麦と冷奴を平らげてその男性の車の乗客となる。

「ほらここがそのあまり有名ではない八丁湖だよ」

にこにこと男性がそう言って車を止めた。

「ありがとうございます」

二人は丁寧にお礼を言い彼に別れを告げた。

目の前に静かに佇むこじんまりした湖と言うには少し恥ずかし気な湖がこちらを見ている。

「あら、あんな所にグラジオラスが植えてあるわ」

目ざとく柏木さんが見つけて指し示す。成程黄色とオレンジのグラジオラスが夏の日差しを浴びて湖のヘリの一端を彩っている。

「水も綺麗で風景も中々の物だわ」多恵さんも負けずに風景を褒める。

「この湖を一周すると一時間ちょっとですって。わたしはこの花のある情景を描いてから向かうわ。あなたは先に行ってて頂だい」と柏木さんは花の傍に行きさっさとスケッチを始めた。

花のある湖も又格別の味があると多恵さんも思う。少し離れた所からそれを入れてスケッチした。

「もっとグッとくる景色を探そう」とそこは簡単に済ませると再び歩き出す。

十五分ぐらい歩いた所で丘の角度も湖の出入りも申し分ない所に出会えたので描くと決めて荷物を下ろす。しかもおあつらえ向きに木陰になっていて、スケッチするには持って来いだ。

「ここが河原崎先生のスケッチポイントですね」

「ああ小夏さん、他の人達はどうしたの?」

「はいみんなはボートに乗るとか言ってましたが、幽霊さん達は大丈夫でしょうか?」

「そうねえ、古い人たちはもう殆ど日に当たっても大丈夫だから何とかするでしょうよ。それよりあなたもここの景色、とっても好い景色だから描いてみたら?」

「はい、とても素晴らしい所ですね。ぜひ描かせてもらいます」

小夏さんにこにこしてスケッチを始めた。

「あなた達、どこかに入って何か頂いたのでしょう?あの人達がなんにも食べないで遊んでいるとは考え憎いわ」

「ええご名答です。あの百穴の傍に喫茶店があって、そこでケーキと紅茶を沢山頂きました」

「フフフ、やっぱりね。じゃあわたし達ここを描きましょう」

彼女はてきぱきとスケッチの準備をし描き始める。とても初心者とは思えない素早さである。

「ここの曲がっている所が好いですね、それにこの陰になってる所も濃い緑になって涼し気ですし神秘的でもあります」

「そうねそれは十分いえるわ。反対に日の当たっている所は光り輝いているし、自然て素敵だわねえ」

そこを描き終わった二人は次のスケッチポイントを探すべく立ち上がり歩き出す。

日陰になっている所に草が茂り白い小さな花が咲いている。せり科の花に違いない。

「あのせり科か良く分からないけど白い花がとっても爽やかでほっとするわねえ。あそにスポットライトを当てて描きましょうか?」

「ええ、あそこは又別の趣があってとても素敵なスケッチポイントだと思います」

二人はその草むらに出来るだけ近づいて描きは決める。

「ここは遠景より近景よね。これを遠景にしたら折角の花が霞んでしまうもの」

「そうですね、それでちらりと湖も見える。心憎いですね先生の構図は」

「ハハハ、中々うまいこと言うのね小夏さん。折角湖の絵を描いているんだから湖も少しは見えなくちゃあ、花も寂しいじゃない?」

その時後ろに人の気配を感じる。柏木さんだ。

「あら柏木さん、少し遅かったんじゃないの?」

「うんまあ、グラジオラスをね何枚も描いてたもんだから。お陰で今年の夏はもうグラジオラスは描かなくて大丈夫よ、ハハハ」

「そう、わたしはここで3ヶ所目。初めのはあなたを入れたグラジオラスの見える湖を描いたから大した時間はかからなかったの、次に見つけたのがここから少し先のビューテーポイントの所。3枚目がこの白いせり科の植物を入れたスケッチ。わたしの隣には小夏さんんもいるわ」

「まあそうでしょうね、一人で嬉しそうにブツブツ言って絵を描いてる人は滅多にいないもの」

「まあそうだわねえ、人が通る時は注意してるんだけどここ余り人が通らないもんだから油断してたかな

うん、油断大敵」

「そんなの平気平気。それよりそのあなたが見つけた芹の花って・・あああれねえ。好いわねえ、わたしも描こう。ふむふむ中々好いじゃないの。これはグラジオラスより数倍この湖に相応しいわ」

柏木さん前に出ている多恵さんのそのまた1歩も2歩も前に踏み込むとそこにスケッチブックを構えて描き始めた。

「水辺に咲く白いせり科の花はまるでそこに住む妖精さんのようね。華麗ではないけれどパッとそこを引き締めてくれるし、見るものをその清涼な世界に引きこんでくれる。白、白い色だから余計に好いのよ、うーんこれが他の色だったらどうかしら、勿論綺麗と思う、思うけど別の感情が涌くでしょうねえ」

「まあそうでしょうね、黄色だったら、春先だったらアッ春が来たんだと感じるし、赤い花だったらどうしてそこに咲いてるのが不思議に先ず思うでしょうね。やはり夏の水辺には白いせり科の花が一番似合っているのよ」

「でもここは木陰で助かるわ。さっきの所全然木陰がなくて、もう少しでスルメになる所だったわ。あなたは何時も日陰を選んで描いてて好いわよね」

「ええ、そうね、大体日陰を選ぶ、と言うか、日陰の所でモデルを探すのよ」

「わたしはまず描きたいものがあったら、そこの傍に行く、そこが日陰かそうでないかは神のみが知ると言う所なの。神が与えた場所だから文句は言えないんだけど、も少し神様わたしに優しくしてくれないかなあ」

ぺちゃくちゃ話をしているが、その描くスピードは少しも緩む所がない。あっというまに一枚仕上げた・2枚目に取り掛かる。

「早いわねえ。私はさっきから描いててやっと2枚目だけど、あなたは描き始めたばかりよ。私ももう少しスピードアップを考えなくちゃいけないわ」

「ついさあここが日陰で嬉しくって夢中になちゃたのよ。あなたは風景画家だから風景もなるべく良く描こううとと欲ばるでしょう、わたしは風景はバックだからぼかしても良いし、相応しい色で塗っても好いと思っているから、背景の事考えず描いてるの。その違いかな?」

「そうね、わたしはつい全体的な事考えちゃうなあ、例え。今メインの物を描いていても常に全体の事を考えているの。それを取っ払わなければもっと大胆な絵は描けないわ」

「ふうむ、大胆さねえ、それも重要な事かも知れないけど、全体的調和も又大事だと思うわ。大胆さと全体的調和、両方とも欲しいわね。でもわたしはそれよりあなたの絵が醸し出す、何とも知れない神秘的な雰囲気をどうしたら描き込めるのか、それを知りたいし、掴みたい」

「わたし、別に変なものを描き込んだりしてないわよ。見たものをより良く描くために努力しているだけよ。何故みんなが秘密があるように言うのかしら」

多恵さん傍らの小夏さんを見やる。一枚目が描き終えたみたいだ。

「小夏さんの絵、出来上がったわ。うん、とても涼し気に良く描けてるわ。あなたは水の上でも例え垣根があっても関係なく描けるんだから、も少し近寄って描いてみたら。柏木さんのように大胆に書いてみると良いわ」

「そ、そうか、ここにもう一人絵描きさんがいるんだ。そうよねえ折角霊だけになっているんだから、わたし達に遠慮する事なんてなーんにもない。どんと踏み出してごらんなさい。わたしもふわりと飛べたら、いや姿が見えないならあの花の傍に行きたいわ」

「柏木さんはそこで十分迫力のある絵が描けてるじゃないの。それ以上前に行く必用はないと思うけど」

「飛んでもない、世の中には花をもっと大きく描きたいと思う画家は沢山いるわ」

「ええ、それはいるでしょうけど、彼らが描くものは天然自然に生えてるものじゃなくて、摘み取ったものや切り取って来たものを描くか、そばに寄れるものを描くんじゃないの?」

「まあそう言われればそうだけど‥実際にさ傍にいるものが、その近場に行って描けるとなると羨ましくなるじゃないのフフフ」

「良いの、柏木さんを気にしなくて良いの、あなたは早く行ってスケッチしてらっしゃい」

多恵さん、二人の話で行くのを躊躇している小夏さんに声をかけ急かせた。

そんなこんなしてここのスケッチは終わった。

「あーお腹空いたわねえ。でもここにはアイスもかき氷も売ってないから、持ってきたお菓子とドリンク缶で我慢してもう一か所スケッチしたら帰路ににつきましょうか?」

もう一か所反対側を回って見つけた場所は、明るいもう反対側の山並みが見える所。岸辺にはやはり花壇が作られていて大きく伸びている途中のヒマワリを中心に日日草やポーチュラカなどが彩りよく植えられている。

「もう少しすると夾竹桃が咲くんだろうけど、これはまだつぼみが固いわ、残念無念」

柏木さんが花壇の傍の木を見て呟く。

「ああ、これは夾竹桃なのね。これが咲いたら一遍にみんなの目を引き付けるわね」

「それよりか花画家の心を掴むわよ」

「それは言えるわね。花画家でなくてもこの湖に、この湖の岸を彩る夾竹桃の赤い色、赤と言うより緋色かな、、その花が咲いていたら、そりゃ必死で描くわよ、この湖を」

「一、二輪なら大きいのを選んで膨らませられますよ」

杉山さんの声に吃驚して振り向くと彼がにこやかに立っている。

「でも、余計なお世話かなあ・・」

「ちょっと待って今彼女に聞いてみるから」

柏木さんの方を見ると彼女も驚いて多恵さんの方を見ている。

「あ、急に横を向いて喋り出して驚いた?今ねえわたしの親友杉山君が来てこういうの、この夾竹桃の花の一番か二番目に大きいのを咲かせましょうかって」

「ええっ、そんなそんな事出来るの」

「もちろん全部咲かせるのは無理よ。ちょっと力を加えれば咲きそうなものだけを咲かせるの」

「ふうーん、そう。どの花を咲かすのか指定するのはダメなのよね」

「やめとく?やはり自然に任せる?」

「いえいえ、トーンでもない、こんな素晴らしい話を断るなんて。やってもらいましょ、いえお願いいたします、この夾竹桃の花、咲かせてください、どんな変な所でも咲いてくれたら文句は決して言いませんから」

「俺一人の力では無理かもしれないので誠君と良介の力を借りよう」

直ぐ誠君と良介君もやってきて三人は夾竹桃に静かに念力を送る。

「まあ、何だかわたしの方まで力が湧いて来るみたい」

柏木さんがその姿は見えずとも三人の念力を感じたらしくそう言った.

やがて暫くすると日差しを受けている花の所々が膨らみ始めた。

「つ、蕾がさっきより大きくなったわ。ほんとにもう少しで咲きそうよ」

やがて所々に花の蕾の赤い色が見え始める。

「咲いて来たわ、感動するわ。あ、ありがとう・・」

大分花や蕾が見え始めた。

「このくらいまでかなあ、これでも大分木に負担かけちゃったから」

「ええありがとう、このくらい咲いていれば柏木さんも大満足すると思うわ」

多恵さん、柏木さんを見る。

「このくらいでいいかしら?」

「も勿論よ、大満足よ。みんなにお礼言ってて頂だい。いえ、直接言うわ、みんな本当に本当にありがとう。日も傾いてきたところだから丁度いいわ、わたし、一生懸命描かせてもらいます」

柏木さんも多恵さんも、そして小夏さんも夢中になって描いていく。柏木さんは夾竹桃を中心に、多恵さんと小夏さんは湖の風景と合わせたものを描いていった。

「丁度良かったわ夕方近い時間で。花の色がより赤く鮮明に見えるでしょう。本当にあなたのお友達には感謝しても足りないくらいよ」

湖を抜けて丁度あった喫茶店の中で柏木さんは改めて感謝の言葉を述べた。

「彼が絵を描く時に手を貸してこんなに感謝される事って初めてじゃないかしら。何時も面倒がられたり、余計な事しないでと叱られたりするの」

アイスクリームを食べながら多恵さんは言う。

「面倒くさいなんてそれはひどいわ、彼は親切心から言ってるのに」

「ええ、それは分かってるけど、大抵がしてはならない事ばかりよ」

「そうか、でもこんな時って助かるじゃないの。私はどんどん出てきてもらって力貸してほしいわ」

柏木さんも同じアイスクリームを頼んだ。

「フフ、彼もあなたと友達になりたいんじゃないの。ほら、彼も頷いているわ」

「あら彼いるの?」

「いるわよ、特に喫茶店みたいな所わね。料理とかお酒なんか出す所だとまあお店を選ぶ事が多いけど喫茶店は良いみたいね」

帰りはまずバスに乗り東松山まで行き、電車に乗り換えだ。

「今日はどうもありがとう。気に入ったとこ、そうでもなかったとこ色々だったわねえ。近場にも色んな所があるってことが分かった事でも大収穫よ」

「まああなたがそう言ってくれるだけでも嬉しいわ。これに懲りず、これからもどんどん付き合ってほしいわ、お天気のことは勿論抜きにしてよ」

「そうね、お天気抜きにしてもらったら嬉しいわ」

電車を降りてマンションの近く、六色沼近くまで幽霊軍団もついてきた。

「じゃあわたし、これで失礼させてもらうわ。あ、小夏さん、あなたは絵描きの素質十分よ、これからも色んなものをスケッチして練習すれば、きっと見違えるように絵が上手くなること間違いわ。楽しみにしてる、本当よ」

 それから2,3日の夜の事、真理さんがひょっこり言い出す。

「あのう、今度の劇にね、ばっちゃんが出るの」

「え?今なんて言ったの、母が劇に出るって言ったの?どうしてそう言う飛んでもない事になったの?」

「うーん、わたしが先生に恩を着せたからかなあ」

「恩を着せたって、それがどうしてっ母が劇に出る事につながるのよ」

「わたし、前にばっちゃんに言われたの、どんな役でも良いから真理の書いた劇に出てみたいなあって。この台本を書いてる時はそんな事思い出しもしなかったんだけど、色々あってさ女の鬼が一匹足りなくなっちゃの。まあ、セリフは殆どないし、いないならまあいいかなあと思っていたんだけど、この時ばっちゃんの顔と言葉がわたしに蘇って来たの。そこで先生に受験の事で相当恩を売ってるじゃないの、だからどうせお面かぶってるしセリフもあってないようなものだから出してくださいとお願いしたの。先生、暫く考えていたけど恩義の事山ほどあるから遂にオーケイ出したのよ」

「で、で母は出演することにしたの?」

「モチよ。ばっちゃんすっごく喜んだわよ。部員のみんなは初めどこか偉い先生か何かと思っていたけどそうじゃなくて安心したんじゃない?稽古はたまにしか出てこれないけどバッチシだって」

多恵さん大きくため息をつく。あの母が劇をやりたい、劇に出るのを喜んでいるだなんて多恵さんには想像すら出来なかった。

夏休みに入ると真理さんに多恵さんは恐々その後の状況を聞いてみた。

「あ、ばっちゃん?旨いもんだよ、ばっちゃんのアドリブのお陰で辻褄の合わないとこもきちんとあって助かったよ」

そうか、人には知らない特技があるんだ、と多恵さんはは隠された母の一面を娘を通して垣間見た瞬間だった。

暑い夏はもう始まっているらしい。

          続く  お楽しみに














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